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決断

 彼が部屋を出てしばらくしてエガリテはアカトリエルの後ろに居るヴェントとクラージュに目を移した。

「それでは…一体何を話すためにこの場を設けた? 彼らは?」

 その言葉を待ってましたと言わんが如くヴェントが歩み出た。

「ヴェント・エグリーズ。四日前身に覚えの無い罪状で拘束されたんですけど…俺は何もやってない! ただ自分の仕事をこなしてただけだ」

 エガリテの隣に見覚えのある男が座っていた。

 あのウェディングドレスとブーケの事を何度もしつこく聞いてきた人物だ。

「あぁ!!!! テメェ!!!! しつっこく何度も何度も……」

 ひっと短い声を上げると男は領主の影に身を潜めた。

「知り合いか?」

「知り合いも何も俺は何の落ち度も無かったって言ってんのに、そいつらまるで俺が黒魔道師を怒らせたかのように接してきやがって!!!」

 しばらくしてエガリテが何かに気付いたかのように「ああ」と言った。

「ヴェントって君の事だったのか…」

「はい?」

「いやぁ…四日前から金の髪の警団の青年が何度も私の所に訪れてね。悪い事をする人間じゃないって必死で訴えて来ていたよ」

 コンデュイールだ。

 何の音沙汰も無いと思ったらそんな事をしていたなんて……

「一緒に女の子も来ていたな。ヴェントを返せ返せってね…フライパンとフライ返しを両手にそれはものすごい剣幕で、私の秘書ももうたじたじでね。金の髪の青年も彼女を止めるのに必死だったよ。しまいにはその子の父親まで駆り出されて(にぎ)やかだった」

 ははは・・・と笑うエガリテの姿にヴェントの顔が引きつった。

「あぁ……オランジュだ。超恥ずかしー……」

「しかし私は教会が拘束した者達への権限は持っていないから。いや、申し訳ない。それでアカトリエル騎士団長……彼を拘束したのは君の部下らしいが…何故」

「そうだよ!! 女神の意向とか魔を招く異教徒とか何を根拠にそんな事!! 女神様が捕らえろって言ったのかよ!!」

 周りから短い悲鳴が上がった。

 アカトリエルにそんな口の利き方をする一般市民は何処にも居ない。

 しばらくヴェントを見下ろしていたアカトリエルはエガリテに本題を切り出した。

「明日……我々はあの魔城へ行こうと思っている」

 穏やかだった領主の顔から笑みが消え去った。

「その為の情報が必要だ。あの魔神のどんな些細な事でも知りたい。魔神と対峙したお前達の意見を聞きたかったのだが………少々手荒だった」

「アカトリエル騎士団長本気か?」

「何もせずに女神の国を潰すわけにはいかない。我らが最愛の女神ベアトリーチェを守護する事が双剣徒としての使命だ」

「しかし、無謀だとは思わないのか! 人間が太刀打ちできる相手だとは……」

「生き残る可能性がゼロだとしてもやらねばならぬのだ。せめて城にたどり着き魔神を操っているとされる黒魔道師と対峙する事が出来たのならば………」


「無駄です」


 アカトリエルの会話にクラージュが首を振った。

「黒魔道師は…居ません」

 部屋中が騒然となった。

 ヴェントとしても初耳だ。

 城に女が居るのではないかというのは牢で聞いていたが、黒魔道師の事に関しては何も言っていなかった彼が今になっていきなりそんな事を言い出したのだから驚きを隠せない。

「何を知っている」

 アカトリエルの言葉にクラージュは重い口を開いた。

 あの教皇が目の前で殺された夜の事を再び思い出しながら自分の見た全てを、教皇の最後の言葉を伝えた。


 クラージュの話を一言一句逃さぬように誰もが耳を(そばだ)てた。

 やがて彼の話が終えると周囲の人間が深いため息を付く。

「その話が事実ならば黒魔道師が何かを境に魔神と化した事になるな」

「それでは止められる者は誰も居ないという事か………」

 絶望の中クラージュは「それでも…」と切り出す。

「その魔城に住まう花嫁ならば………」

「馬鹿を言え! お前の話だと女神が魔神と婚姻の儀を交わしたという事になるのだぞ!! この私達を裏切って……それではお亡くなりになったザグンザキエル教皇はどうなる? あの方も婚姻の儀を交わした! それなのに食い殺されたのだぞ!! それに…………」

 教会の者たちの視線がアカトリエルに注がれる。

「アカトリエル様を含めた双剣徒たちも………女神の夫としての儀式を交わしておるのに…」

 頭を抱える男達を眺めながらヴェントは頭を掻き毟った。

「何かさ…女神とか儀式とか言ってるけど、実際はそういうもんじゃないんじゃねぇ? お偉方は型に(はま)り過ぎてるんだよ。大体もし本当に女神が居るんだとして、その婚姻の儀って誰が考えたんだよ。女にも男選ぶ権利はあるよなぁ。女神様が逆ハーレム作りたいと思ってるわけ? 選び放題選()り取り見取りって」

「ヴェントさん! あなた何という事を……」

「だってよ人間に当てはめて見るとそうなるじゃんか。勝手に貴方の旦那ですよー。結婚式しましたよーって来られてもなぁ? その女にはもっと他に好きな男が居たりしたらそっちに行くだろーよ」

「それでも相手は女神です。私達とは……」

「ほらそれ!!! 何で分けちまうわけ? 大体あんた達女神見た事あるのかよ。そっちのアカトリエルさんも実体の無い女を妻にして何か楽しい事でもある? 石造の奥さんは何もしてくれないだろう? 所詮自己満足じゃん。それ考えるとあのヨエルとかいうおっさんの方が人間臭くていいと思ってるんだけど……まぁ権力を盾にってのはどうかと思うけど…………俺は聖職者のそれが分かんねぇんだよな」


 不意にヴェントの目の前に鋭い切っ先が出現した。


「それ以上は言うな」

 無機質な声が響き渡る。

 ヴェントはため息を付くとその横目でアカトリエルを見上げた。

「あんた勿体無(もったいな)いよ。そんなに恵まれた体してて顔も悪くないのに。そこでその血を途絶えさせちまうわけ? 人の幸せを願う女神様がそれで喜ぶかな」

 剣がヴェントの頬に押し当てられる。

 緊迫した空気が流れる中エガリテの手が二回パンパンと叩かれた。

「世界観の違いだな。君とアカトリエル騎士団長の考えは対極に位置するものだ」

「まぁ…それを言われちゃおしまいだけど」

 ヴェントがはは……と笑いながら頬に当てられた剣を軽く押しのけた。

「だけど魔城に乗り込むって話は悪くないと思う。クラージュ司祭が女の声に救われたって言うなら黒魔道師の花嫁の方は友好的だって事だろう? それなら旦那を止めてもらわねぇとな。俺が見てきた限りじゃ結婚した女ってのは男より遥かに強いぜ?」

「ふふ……確かにな。君はまだ若いのによく知っている」

 エガリテも笑みを零した。

「いいだろう。双剣徒の出陣に反対する者は?」

 誰の手も上がる事はなかった。

 それもそのはず、エテルニテの最終兵器と言える女神の騎士団に今の全てを賭けるしかない事は誰もが思っている事だ。

 しかも彼らが自ら志願して来たのだから妨害する事など出来ない。

 今は魔神の出現が何かで抑えられているが再びアレが現れた時……

 エテルニテは滅びてしまうかもしれない……

「よし、満場一致か……この権に関してはアカトリエル騎士団長、貴方に全ての権限がある。私は領主として何をすればいい」

「何も………ただ、もし失敗した時は……この国を捨て民を率いてもらいたい」

「俺も付いて行くんだろ? あんたがさっき言ってたけど、同行してもらうって言葉が今になって分かったぜ………あぁ…くそ」

 言葉に反してヴェントの顔はやけに爽やかだった。

「樹海での知識は影商人が最も詳しい」

「私も同行させて下さい」

 クラージュが歩み出た。

「お前は司祭として教会に戻れ。全くの落ち度が無かったというわけではないが……教皇の死因はお前でも無い」

「罪滅ぼしの為に言っているのではありません。……私は、あの歌声の主を知りたいのです。私が忘れている大切な記憶が取り戻せる気がするんです」

 その顔は真剣だった。

「………命の保障はしない………」

 その言葉に彼は大きく頷いた。


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