教会追放
部屋の中には大きなテーブルを囲む男達の姿があった。
少し豪勢な椅子が奥と手前に置かれており手前の方に三十代後半を思わせる整った顔立ちの男が座っている。
領主エガリテだ。
奥の方の椅子は空だった。
本来なら教皇がそこに座していたはずだが、今そこの席に座る事を許された者は居ない。
隣には肥えた腹を突き出しながらふんぞり返るヨエルの姿も認められる。
真ん中から教会関係と政界関係の重鎮が座る椅子がきっぱりと分かれており、彼らを取り囲むように白いローブを羽織った双剣徒たちが佇んでいた。
「三門会」
クラージュが呟いた。
「三門?」
「エテルニテを動かしてる人たちが集まった重要な会議の事です。双剣徒の方々も招集されているのは…とても珍しい」
クラージュを見るなりヨエルが罵声を浴びせた。
「アカトリエル!! 教皇殺しの司祭を何ゆえこの場に連れて来た!! さも真面目そうな顔をしておりながらそいつは教皇を誑かし、人食いの化け物に与えた重罪人だぞ!! お前達のその腰にぶら下げた剣は何の為にある!! 制裁を持って叱るべきであろう!!!」
「ヨエル司祭長落ち着いて…。彼らに殺人の真意を問うのは間違っている」
すかさずエガリテが宥める様に彼を諭す。
「案ずる事は無いエガリテ殿…我等は彼の者の要求に応える気は微塵たりとも持ち合わせていない」
「何だと!!」
「ヨエル司祭長…争い事を起こさぬための会話の場だ。まぁ…少々遅れたがね」
ふぅ……と息を吐くとエガリテは再び椅子に座り直った。
ザグンザキエルが生きていた頃はヨエルがここまで出しゃばる事も無く、アカトリエルもザグンザキエルの信仰心に敬意を示し、公だった行動は控えてきたが今は二人を隔てる壁となっていた人物がおらず反発し合うばかりだ。
「何を言っておる!! 罪人をこの場に連れて来たのだぞ!! あのような………」
怒り髣髴のヨエルの言葉がアカトリエルの背後に居る小柄な人物を見て止まった。
「シスターマルガレーテ…どうしてここに……」
途端に意気消沈となったヨエルを眺めアカトリエルは自分の位置に付いた。
「まぁ…とりあえずの所揃ったようだ。始めようか……さてヨエル司祭長の戴冠式についてでしたかな?」
「その必要は無いエガリテ殿。我々の意志は決して変わらない」
突如飛び出した言葉に教会関係の重鎮達からざわめきが巻き起こった。
「貴様!! この場を設けたのはワシだぞ!! それを……」
「私は貴方の招集に応えたつもりはない。教皇に相応しい者が居ないのならばそれで構わない。重要なのは指導者ではなく信仰だ。どうしてもと言うのならば相応しい者が現れるまでエガリテ殿、貴方に教会の管理をお願いしよう」
騒然となった部屋の中ヨエルの拳が怒りにぶるぶると震えていた。
「アカトリエル!!! 何たる愚弄!!!!」
「勘違いされているようだが…貴方は教皇ではない。教皇亡き今、この教会の最高権利を持っているのは私だ」
冷静な言葉で返すとアカトリエルはエガリテに向き直り驚きの言葉を口にした。
「我々はヨエル司祭長の祭事権剥奪を所望する」
その場に居た全ての者たちの声が止んだ。当のヨエルもあまり突然の申し分に言葉をつまらせていた。
「おい…一体何がどうなったんだ?」
ヴェントが隣のクラージュに小さく耳打ちした。
「…何と言えばいいのか…司祭長の教会追放命令が下されたんです。領主が賛同すれば………ヨエル様はもう二度と聖職者にはなれない」
「へえぇぇ…あのアカトリエルって奴すげぇんだな…」
「だからさっきからそう言っているでしょう?」
長い沈黙を破ったのがエガリテだった。
彼も突然の事で言葉を失っていたが、やっと我に返り周囲を見渡した。
「アカトリエル騎士団長…それは…一体何を根拠におっしゃっている。その…今の時世はこんなんであって…それは国民にもとてもショッキングな事だ。それに…司祭長の追放例は今までに無い……」
「代々教皇は万が一を案じ、自分の後釜として誰を指示するかを示した封書を私達に手渡して来た。それは私も同じ事、ザグンザキエル教皇からその封を預かっている」
するとアカトリエルは、胸に繋がれた短剣の飾り鎖の先に付く小柄なエンブレムを開いた。
その中から女神の紋章が焼き印された小さななめし皮を取り出す。
その光景にその場に居た重鎮達が顔を見合わせた。
そんな事実を知る者は誰一人として居なかったからだ。
「女神の騎士達を取りまとめるこの地位に後継するにあたって、前騎士長から代々聖剣は受け継がれてきた。その時に初めてこのエンブレムの意味を後継者に伝えられる。教皇に突然の不幸が訪れた時、これを開封せよ…と。…つまり、これはザグンザキエル教皇の遺言だ」
エガリテは手渡された封を受け取ると比較的真新しい封書を開いた。
「領主、何と書かれてありますか?」
エガリテの隣に居た老中が真剣な面持ちで聞いてきた。
しばらくそれを眺めると彼は封をアカトリエルに返還し、再び深いため息を吐いた。
視線のずっと先に強張った面持ちをしたヨエルが居る。
「罪状は?」
領主の言葉にヨエルが溜まらず立ち上がった。
「な…何を言っている!! ワシの罪状とな? ……ワシは……」
「それはヨエル司祭長への最後の慈悲としてこの場で公開するのは止めておこう…」
するとアカトリエルはマルガレーテを一目見た。
「後に聞くといい。犠牲者の一人だ……。それでも足りなければあそこの取り巻きの司祭に聞くもよし。修道女を辞めていった娘を当たるのもよし……。決断は貴方に後々任せる」
冷たい視線がヨエルを襲う。
彼の噂は教会関係の者たちには有名な事だ。
彼を助けようとする者は誰一人として居なかった。
「うわっ怖ぇ……」
ヴェントが肩を震わせた。
「アカトリエル……おのれ…覚えておれよ」
最後の足掻きとしてそういい残すとヨエルは溜まらずに席を立ち上がり、まるで視線の矢に追い立てられるように部屋から姿を消した。