濡衣
「クラージュ様、お食事をお持ちしました」
女の声でヴェントは目を覚ました。
隣の牢を見るといつも食事を運んでくる若い修道女がクラージュに食事を差し出し祈りを捧げていた。
彼女が運んできたワゴンには質素な食事が並べられている。
教会の牢とあってか、ここの食事は普通の罪人が食する物とは少し異なっていた。
クラージュの話によるとここの食事を作っているのはやはり教会のシスター達らしく、野菜や豆主体のものばかりだ。
「ヴェントさん、おはようございます」
クラージュに続いて運ばれた食事に深いため息を吐く。
「豆のスープとサラダに何も付いて無いパン…あぁ~肉が喰いてぇ!」
こんな食事が続くとオランジュのホットチョコレートが溜まらなく恋しくなる。あの濃厚なネットリとした甘美な液体…考えただけでも涎が垂れそうだ。
「あんたたちいつもこんなのばっかり喰っててよく身体が持つよな。肉は? 肉は身体作りに欠かせない一品じゃねぇかよ!!」
隣のクラージュを眺めながらフォークを手に取る。
そして隣で食前の祈りを終えた司祭にその不満をさり気なくぶちまけた。
「私達もいただく事はありますよ。一週間に一度だけですけれど」
「一週間に一度? いつ! 何曜日!」
「生前の女神が私達に初めて肉を振舞ったとされる水曜の夜です。葡萄酒で煮込んだ肉料理をいただきます」
水曜日は明日だった。
「あしたぁ~?! 明日…明日って………っつーか、いつ解放されるんだよ!! 俺ここに来てもう四日だぜ?」
「四日……?」
クラージュが食事の手を止めた。
しばらくヴェントの顔を見つめると鉄格子の外側で待機するいつものシスターに声を掛けた。
「マルガレーテ! 外は…エテルニテはどうなっていますか?」
「エテルニテは大丈夫です。あの魔物の目撃もここ四日はございません」
その言葉に思わずクラージュとヴェントは顔を見合わせた。
「この四日一度も出て来てねぇのかよ? ちょっと待てよ…それ、おかしくねぇか? 俺が捕われる前までは三日連続で…………」
そう呟いたヴェントを見ながらマルガレーテは顔を曇らせ俯いた。
「それが…教会の上層部で問題になっているんです…」
「問題? 問題とは…」
クラージュに問われ彼女は訝しげにヴェントを見つめると再び顔を臥せってしまった。
どうやらヴェントが問題になっているらしい。
「っつーか俺? 俺か? その反応って……俺だろう!!」
「私はそんなに高貴な方々ではないので詳しくは分らないのですが…あの…噂ではヴェントさんが魔物を呼んでいたのではないか………と」
「ちょっと待てよ!!!!! おぉおおおお…俺が元凶だったって言ってんのか?冗 談だろ?! 俺だって犠牲者の一人で……」
「すいません!!」
頭を下げるとマルガレーテは逃げるように牢部屋から飛び出してしまった。
静まり返った部屋の中、拘束されてる者たちの視線が一気にヴェント一人に向けられた。
皆の顔に軽蔑と恐怖が入り混じった色が浮かんでいる。
「冗談じゃねぇ!!! 何で俺がそういう事になってるんだよ!!! 何だよ俺が召喚師に見えんのか!!? 自慢じゃねぇが俺はそんな魔法なんか使えるほどの頭なんて持ってねぇぞ!!」
「落ち着いて! ヴェントさん落ち着いて下さい!」
「落ち着いてられるかよ!!! とんでもねぇ濡れ衣だぜ!! 教皇は何してるんだよ!! エテルニテの生き字引が俺の話も何も聞かないでそんな事……」
その言葉にクラージュの顔が引きつった。
大きく肩を落とし脱力したかのように椅子に座り込むと頭を抱える。
よく見るとその身体が小刻みに震えていた。
「ザグンザキエル教皇は……お亡くなりになりました……」
「…………?…………死…んだ?」
クラージュが小さく頷いた。
「死んだっていつ!? だってよ…死んだらエテルニテ中大騒ぎだろう!! あの教皇はこの国で一番信頼を集める人物で……」
「私が殺したんです!!!!」
クラージュの悲痛の叫びが木霊した。
「殺したって………」
「他の司祭や司祭長に止められたのに…私は…あの方を連れ出してしまった。危険な事は重々承知していたのに…私はザグンザキエル様を深夜、あの依頼箱の元へ………」
頭を抱える彼の手に力が入っているのが分かる。
それが自分への憤りである事はふつふつと伝わって来た。
「あんたが犯した大罪って…それの事だったのか…」
「なのに!! ……何故私が生き残ってしまったのか…私もあの方をお止めするべきだった…女神は何故こんな私を救ったのか!!!」
何の声も掛ける事が出来ずに立ち尽くすヴェントの耳に小さな罵声が掠めた。
周囲を見ると拘束されている者たちの白い目がこちらを睨みつけている。
「とんでもねぇ奴らと拘束されちまってたぜ…」
「教皇殺しの司祭と影商人の悪魔召喚師なんてお似合いのコンビだな」
「俺達の反宗教罪なんて可愛いものじゃねぇかよ。俺達はあいつらみたいに人を殺したわけじゃねぇのに…」
次々と湧き上がる影の罵声を掻き消すようにヴェントが鉄格子を蹴り飛ばした。
「言いたい事があるならハッキリ言えよ!!!」
「おっかねぇ…やべぇよここに例の化け物を呼ばれたらたまったもんじゃねぇ」
言葉とは裏腹に男達が低い笑い声を上げていた。
込み上げる怒りを抑えながらヴェントはチッと舌打ちすると彼らに背を向けドカリと床に座り込んだ。
「くそっ…俺が本当に召喚師ならあいつら全員ぶっ殺してるぜ」




