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幼き日の記憶

 眩しいほどの朝日、爽やかな小鳥の囀り、目の前には美しい噴水が穏やかな水の音を奏でながらきらきらした飛沫が光の雫のように飛び交っていた。

 その中に見える小さな虹の向こうに見覚えのある屋敷が佇んでいた。


 あれは私が育った家だ。


 母が生きていた頃は天国だった家…季節は春だろう。

 生い茂る緑と色鮮やかな花々がそれを物語っている。

「ベアトリーチェ!!」

 後ろから私を呼ぶ声がする。

 振り向くと十二・三歳の少年がそこに立っていた。

 漆黒の髪を後ろで三つ編みにした少年……着ている服は決して良いものとは言えないがその顔はとても穏やかだ。

 幼い私と唯一遊んでくれた五つ年上のお兄さん…。

 何度も父に拒絶されても彼はいつも私の元に遊びに来てくれていた。

 彼は何処からか摘んで来た素朴な花を束ねて作った花冠を私の頭に乗せ、微笑んでいた。

 私は躊躇する事無く差し出された彼の手を取り野原を駆け回った。

 母を亡くしてもこのお兄さんと一緒に遊んでいる時は全ての悲しみや辛さを忘れられた。

 幼い私の小さな胸に初めて芽生えた恋心。

 私は微笑みながら彼の名を呼んだ。


「クラージュお兄ちゃん!!」


 そう囁き目を覚ます。

 ベッドの天蓋(てんがい)に付けられた赤いビロードのカーテンが窓から吹き込む冷たい風に揺れていた。

 燃え上がる赤い暖炉の炎で照らされたレンガ造りの薄暗い部屋が現実に引き戻す。


 ……夢を見ていたらしい……


 しばらく懐かしい夢の余韻を味わっていたベアトリーチェは壁に掛けられた大きな振り子時計の時間を見て飛び起きた。

(いけない! また眠ってしまっていた!)

 布団を捲くり上げ急いでベッドから抜け出そうとした時、彼女の手に何かが絡みついた。

 ベッドの上、自分の横に目を移すとそこに黒ベールを被った巨躯の魔神が居た。

 枕についた自分の手の下に長い黒髪が水面のように波打っている。

 複数の瞳は全て閉じていた。

「ガドリール…」

 妻の子守唄を聴きながら眠りに付いた魔導神はまだ深淵の眠りについたままだった。

 ほっと胸を撫で下ろし再び時計に目を移すと針は深夜二時を指している。

 彼が眠りについてから三時間が経過していた。

「……ガドリール?」

 耳元でそっと囁いて見るが起きる兆しは無い。

 昨晩の殺戮で力を使ったからか…定かではないが眠りについたまま微動だにしない。

 しかし再び眠るわけにも行かずにベアトリーチェは時間を持て余していた。

 しんと静まり返った巨城。彼が人間であった頃は食事を作ったりと色々な仕事があったが今となってはそんな必要も無くなってしまった。

 仕方無しにベッドから抜けると乱れた髪を整え彼女は魔杖を手に部屋を出た。

 光り一つ無い廊下。

 本来なら頼りない燭台の灯りが無いとまともに歩くことさえままならないのであろうが魔女となってからそれは必要が無くなった。

 何層にも重なる巨城の遥か彼方の些細な物音も捉えてしまい、はじめは苦労したが三日もすると驚くほどに身体は順応していった。

 今では無意識のうちに必要不必要な情報を聞き分け制御出来ている。

 ある意味人間であった頃よりこの身体は遥かに便利だ。

 身を切るような寒さもそんなには感じない。


 漆黒の城の中を歩き幾つもの階段を下った先、彼女の目の前に現れたのは広い広間だった。

 大理石で出来た床に彫刻の施された無数の柱、壁に均等に備え付けられている十メートル強の巨大なガラス窓…その中心に窓と並ぶように巨大な蝶番の扉が佇んでいる。

 ここの巨城のエントランスだった。

 それこそ千人近い人間が舞踏会を開けるほどに広い空間は始めて彼女がここの城を訪れた時のままで何も変わらない。

 人間であったガドリールの何百という従者が機械的にこなしていた清掃のおかげて意外と綺麗だった。

 正面玄関の巨大な扉には何百キロもあるような巨大な(かんぬき)がさされ、尚も厳重に太い鎖が巻かれていた。

 ここに入った時、このガドリールの黒魔法では無いと開けられない鍵が自分の将来を表しているのだと思い知らされた。


 それが父の暗殺を願った自分の罰なのだ…と…………


 ベアトリーチェは広間を見回した。

 高い天井に巨大なシャンデリアが吊り下げられている。

 この上の階にある部屋から油を引いて灯りを灯すものだ…

「油はまだあったかしら…」

 今のガドリールならば無から炎を生み出せるがまだ自分の力はそこまで至っていない…

 遥か頭上のシャンデリアを眺めながら彼女は杖を掲げた。


「オーブスクリータス・イルミーノ・フラームマ・フー・リュ・ルクース・イルミーナル〔暗闇を照らす炎よ、灯りを灯して〕」


 シャンデリアの炎が一つ上がるとまるでそれに呼応するように次々と炎が音を立てて宿っていく。

 炎が一つ、また一つと付く度に広間を鮮明に照らし出した。

 ベアトリーチェは昼のように明るくなっていく部屋を驚きの目で眺めていた。

 やがてシャンデリアの最後の炎が灯るとそれと同時に広間に置かれた無数の巨大な燭台に残された蝋燭が一斉に燃え上がった。

「………………やだ……………」

 唖然としたベアトリーチェから思わず小さな声が漏れる。

 巨大なシャンデリアを始め、全ての燭台に灯った光が急激な自分の力の成長を知らしめていた。

「いつの間にこんなに力が上がったの? 昨日までは数本の蝋燭を灯すのにも苦労していたのに…」

 光の下に晒されたロビーを見渡して息を呑んだ。

 ここに来てからこの場にこんなに光を灯した事はない。

 こんなに大きな窓が並ぶにも関わらずここは昼間でも薄暗い…

 窓の外にある茨や生い茂った木の陰となって日の光でさえ入らないからだ。

 初めて灯りに照らされた内装を見た彼女は目を輝かせた。


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