投獄
「くそ! 俺が一体何したっていうんだよ!」
教会に設置されている牢の中でヴェントは鉄格子を思い切り蹴り飛ばした。
今朝方あの白ローブの騎士たちに拘束され、有無も言わさずにこの場に放り込まれていた。
教会関係のお偉方が何かしら聴取をとってくれるのならば反論出来るが誰も顔を出そうとはしない。
あったのは妙な男がした精神鑑定だけだ。
そして、自分を必死で庇おうとしたコンデュイールは彼らの対象ではなかったらしく捕われて一時間ほどで解放されて行った。
解放される間際に「どうにかしてみる」と叫んでいたが恐らく無理だろう。警団ではとても教会に太刀打ちは出来ない。
『女神の騎士団』が相手では尚のこと…領主でもその権威を失うという噂を何度が耳にした事がある。
「あきらめた方がいいですよ…」
隣の牢から男が呟いた。
ヴェントが捕らえられてからずっと牢に備えられた簡易式のテーブルに座り、壁に掛けられた女神の肖像に向かって祈りを捧げていた青年が始めて声を掛けて来たのである。
「…あんた…その服、司祭か?」
短く整えられた黒髪に、祭事を取り仕切る許可を得ている司祭服…
捕らえられているにも関わらずに落ち着いた物腰はここに捕らえられている反宗教者たちの中でもやけに目立っていた。
「クラージュ・クロワイヤス…ヴァンティエム教会の司祭でした」
「ヴェントだ。…それよりここに入れられてからずっと思ってたんだけどよ。何で司祭がこんな所にいるんだよ」
クラージュはしばらく押し黙ると首を横に振った。
「とても大きな罪を犯しました。危険な事は分かっていたのに…」
手が微かに震えていた。
自ら教会の教えに反するように事をするようには見えないがその雰囲気からウソでもないことなのだろうと伺える。
「あなたは…影商人の方ですね」
「ん? ああ…まぁそうなんだけど…どうして俺がここに入れられてるのか分んねぇんだよな」
「分らない?」
「俺は何もしてねぇんだぜ? それなのにいきなり魔を招く異教徒として拘束するって言われてさ。そりゃあもうすげぇ力で捕まえられて」
袖を捲ったヴェントの両腕にくっきりと人の手形が残されていた。
「双剣徒…ですね」
「そうだよ女神の騎士って奴ら! あいつら何なんだよ人の事強引に捕まえやがってここに放っぽり出したっきりだぜ? 普通は聴取ってもんがあんだろ?」
「………ヴェントさん、あなた…例の魔道師と何か接点はありませんでしたか?」
「接点…って…あり過ぎるに決まってんじゃん。俺は影商人だぜ? 他の仲間だって…」
「あ…いえ…そっちの魔道師ではなく…あ…例の人食い化け物の方の…」
「何だよ。アンタも知ってるのか? 何かされたのか?」
そう言うとヴェントは額の絆創膏を剥がしてその傷口をクラージュに公開した。月型の小さな傷がチョコンと付いている。
「あいつ俺の頭に爪を突き刺してきやがった。マジでヤバかったんだよ…」
クラージュの顔色がガラリと変わり、「そういう事でしたか…」と小さく呟いていた。
「そういう事ってどういう事だよ…」
「私は悪魔崇拝者としてここに拘束されているのです」
「悪魔? あんたどんな罪やらかしちまったんだよ」
彼の顔が再び曇った。
罪悪感に満ち満ちた表情がとても痛々しく思え、深く追求することに躊躇いを覚える。
「いや、別に無理に言う必要はな…いけ…ど………」
「すいません…」
「すいませんって……別に謝る事も…」
しばらくたちの悪い沈黙が訪れヴェントはため息をついた。
やっぱり教会関係の人間は苦手だ。扱い方が全く分らない。
数分間の長い沈黙を突如破ったのはクラージュの方だった。
「昨晩の事はここのシスターから聞きました。きっと貴方を異端者としたのは口実です…詳しい事を聞くために…」
「口実?詳しいって…」
「私は捉えられてすぐ、双剣徒に災いの現況である化け物の事を聞かれました。恐らく正常な精神状態のままで例の物と対峙して生き残っている人間を探しているのです。貴方の他にも何人か連れて来られた方々が居ましたが、アレの事を聞かれると皆恐怖に狂い叫んでしまうんです。あの警団の彼も…はっきりとは覚えていませんでしたよね」
そう言われればそうだった。
別々の牢に入れられたコンデュイールも精神鑑定らしきものを受けていたが支離滅裂で言語が錯綜していた。
確かに昨晩のコンデュイールは仲間の全てを失って状況判断でさえおぼついてはいなかった。
「だからって何でここまでして…」
「きっと、動かざるを得ない状況になってしまったのでしょうね。……双剣徒たちが……」
「動かざるを得ないって…太刀打ち出来るのかよ? あいつを操ってるのが黒魔道師ってんならそいつの所に行って……」
「無理です…」
「無理って………」
「魔城の黒魔道師では…どうにも出来ない…」
盲目の教皇が死の間際に発した言葉があの化け物の正体を示していた。
まだ誰にもその真実は話してはいないが、アレが黒魔道師だというのなら本人にもどうにも出来ないだろう
…彼から人間らしい意識は微塵とも感じられなかった。
そしてもう一つ誰にも明かしていない事…
自分を救ったあの美しい歌声の主……
頭に鈍痛が走り、彼は呻きながら机に突っ伏した。
「おい! どうした? 頭が痛いのか?」
誰かを呼ぼうと声を上げようとしたヴェントをクラージュが止めた。
「大丈夫です…」
あの歌声には何か懐かしさを感じる気がする。
頭の奥底にある幼き日々の中にそれが存在していたように…