忌まわしの記憶
幼い頃から両親に様々な事を教わった。
領主の娘として相応しい習い事は全て…
今思うと私はずっと決められてきたレールの上を走らされてきたのかもしれない。
しかし、母が生きている頃は苦じゃなかった。
その分の愛情をたっぷりと注がれていたから…
ピアノにバイオリン…語学にダンス…礼儀作法…ありとあらゆる先生から休む事無く教授を受けていたのを覚えている。
最も異例だったのが剣舞と呼ばれるダンスだ。
父は社交ダンスなんかよりもそんな物の方を好んでいた。
自分の身の丈ほどもある金の剣を持たせられ幼い私はそれを必死で覚えさせられた。
母が死んでからはそれを強制的にさせられていたのを覚えている。
長い剣とは不釣合いの白いドレスを着せられ、父がいいと言うまで踊らされた。
何故父はこんな事をこんなにやらせるんだろう…
涙を流し、血が滲む足と剣を操る豆だらけの手を見てそう思った。
そして、その理由が分ったのは十二歳の時だった。
母の命日に訪れた教会で父は私を大聖堂の女神像の前に立たせ、その像と同じポーズをとらせた。
私を邪な視線で見つめながら含み笑う父の姿は何処か恐ろしかった。
「美しいよ。ベアトリーチェ…まるで生き写しだ…」
そう呟き父は私に己の野望を誇らしげに話した。
「この女神の名前を知っているか? ベアトリーチェ…お前と同じ名前だ。私の最高傑作だよお前は…。こんなにも女神像に似ている美女は何処を探しても居ない。…知っているかい? お前を女神の生まれ変わりだと噂する司祭までいるのだよ?」
目を狂気に満ちた瞳で輝かせながら女神像に両手を掲げる父を見て私は悟った。
この男が私に望む物はエテルニテの支柱である女神の姿そのものなんだ…と…
エテルニテの領主でさえ汚すことが許されない唯一つの存在が教会だった。
人々が恐れるこの魔城の取り壊しをも提案した父だが、ある日を境に決して教会には手を出そうとはしなかった。
女神への信仰も持たない父が、教会の中の何かを恐れているように見えた…
女神の怒りに触れる事でも信仰心の厚い民の事でもなかったが、私が知らない教会組織の影を恐れている事はうすうす感づいていた。
教会に祭られる巨大な女神像は『豊穣の剣』というものを片手に携えている。
全ての災いからエテルニテを守るための剣…。
私に剣舞を叩き込む全ての意図をその時に理解した。
私を女神の化身とすれば教会の支配も容易くなる…
そして十五を迎えたあの夜、父は嫌がる私を無理に押さえつけ、目をぎらつかせながらこう言った…
「女神もエテルニテも私のものだ…」
僅かな親子の情でさえ消え失せた瞬間だった