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エテルニテ -終焉の魔道神と癒しの魔女-  作者: 黒埜騎士
第2章 ただ一つの癒し
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地下

この回にはグロテスクな表現が含まれています。

 むせ返るような灰の匂い。


 外壁を越えた先に待っていたのはただの瓦礫だった。


 レンガ造りの六階層の要塞は物の他見通しがよかった。

 それもそのはず、空から降り注ぐ日の光を遮る屋根や階層の床が遥か頭上にはなかった。

 まるで朽ちてから何年も経ったかのように変わり果てたそれはほぼ外壁だけを残して塵と化している。

 微かに残る間取りと白く炭化した分厚い内壁が蒼い炎の凄まじい熱波を思わせる。

 その光景に愕然とするもコンデュイールは何処かほっとしていた。

 短い間だが一緒に過ごした千以上の同僚や上司…

 その死体が残っていない事がほんの少しの救いだった。

 恐らく内部は溶鉱炉のように高温となり鋼鉄は蒸発、無残な死体は灰となり渦巻く熱風に吹き飛ばされてしまったのだろう。

 生存者はやはりヴェントが言っていた通り


…ゼロだ。


「コンデル…大丈夫か?」

 沈んだ面持ちのコンデュイールの後ろから彼を気遣うヴェントの声が聞こえた。

「ん…ああ。大丈夫だよ…」

 灰となった周囲を見回しながらも無理に笑顔で答える彼の姿はとても痛々しい。

「皆…苦しんで死んでいったのかな…生きたまま焼かれるってどんな感じなんだろう」


 少なくともジェラールは苦しんで死んだのだろう。


そう思った…


 昨夜目の前に落ちてきた彼の手には血に塗れた剣がしっかりと握られていた。

 半身を生きたままに腐らせながらも彼は目の前の化け物に立ち向かっていったのだろう


…あの人はそういう戦士だった。


 瓦礫の中を自分の記憶を頼りに進んでいくコンデュイールの後をヴェントは無言で着いていった。


 灰に足を埋めながらたどり着いた建物の壁に穴が開いていた。

 張りぼてのようになった薄い壁一枚に開いた穴。

 朽ちる前まではここに大きな扉が備え付けてあったのだろう。

 コンデュイールは息を整えるとその中に足を進めた。


 狭く長い一本の通路が奥に続いている。


 廊下の奥の突き当たりにここに備え付けられていたであろう分厚い鉄扉がめり込んでいた。


 鋼鉄の扉は醜く(ひしゃ)げ酷く歪んでいる。


 表面は溶け、未だにぶすぶすと(くすぶ)りを上げている。


 爆風でここまで飛ばされたのだと悟った。


 扉からこの突き当たりまでの通路の長さは軽く見積もって30メートルはある。

 その重さもかなりのものだ。

 業火の凄まじさは想像を絶する。


 そのめり込んだ扉の左側に地下へと続く階段がポッカリと口を開けていた。

 石畳の長い階段が螺旋状に黒い闇の中に埋もれている。

「シェルターか?」

「それも兼ねてたけど…どうやら皆は間に合わなかったみたいだ。一瞬だったんだろうな」

「兼ねてたって?」

 コンデュイールはマントの下に下げた小さなカンテラに火を灯すと地下を照らした。


 赤い光が闇を淡く照らす。


「この建物は地下が二層になっていてね…二層目が巨大なシェルター。一度も使う事はなかったらしいけど…。そして一層目が牢になってるんだ」

 長い螺旋階段を下っていくと地上の惨劇とは異なり、壁は何事もなかったかのように原型を留めていた。

焦げ付いた跡も地下への入り口付近だけしか認められない。

「生存者が居ればいいけど…」

「…………」

 コンデュイールの言葉には素直に賛同出来なかった。


 炎の被害は皆無だが…ここの気温は尋常ではなかったからだ。


 本来地下はどんなに熱い日でも寒々としているものだ。

 現に赤い炎に照らされるレンガ造りの壁にも地下水が染み出していたであろう()が見て取れる。


 だが、跡だけなのだ…


 水が滴っていた跡が白く浮き出ているだけ


 …これは蒸発の跡だった。


 湿気に覆われているはずの地下に水気は一つも無い…


 乾燥した熱気が充満している。

 そして何よりもヴェントが絶望したのは壁に掛けられた燭台の蝋燭が全てあのドアのように変形している事…


 これはあり得ない。


 それは即ちここが、全ての蝋燭をも溶かす程の高温になっていた事だった。


 しばらくして階段が途切れ、広く長い通路が出現した。

 通路の左右には鉄格子が掛けられた牢が延々と続いている。

 不意にヴェントが何かに(つまづきバランスを崩した。

 慌てて体制を立て直した彼の目に飛び込んで来たのはおぞましい光景だった。


 コンデュイールが掲げた弱い光の中に映し出されたのは黒焦げになった肉の塊りだった。


 それがもんどりうつ様に人の形を(かたど)っている。


 その塊りは焼け焦げ、ボロボロになった服が黒い肌にへばり付いていた。


 コンデュイールと同じ制服


 …罪人の監視員だ…


 短い悲鳴を上げたコンデュイールがカンテラを掲げた。


 全ての牢に半焼けになった人間の遺体がしがみ付いている。


 全てが廊下に手を差し伸べ叫んでいる様だ。

 中には開け放たれた牢の中から這い出るようにして横たわっている遺体もある。


 焦げた皮膚の隙間から皮下組織がひび割れ、赤い肉が覗いていた。


 通路の中心に制服を着たもう一体の遺体があった。

 手に持たれた無数の鍵…

 罪人を非難させるために開錠している時に倒れたと思われる。

「最悪だな…炎までは来なかったが………熱波はこの階段を駆け下りてきたんだ」

 ヴェントの呟きにコンデュイールが何度も吐き気を催しながら奥へ進む。

「そんな…一人の生存者も…そんな…」


 彼の息が異常なほど荒かった。


 地獄絵図の中へ足を進ませるに連れ闇を照らす炎が小さくなってきた事に気付いたヴェントは前を進む少年の腕を勢いよく掴むと叫んでいた。

「だめだ!!それ以上は奥に行くな!!!」

「?…生存者が…居るかも…」

「生存者は居ない!!!」

 あれ程肝の据わっていたヴェントの顔が引きつっていた。

「どうした…」

 ヴェントは無言のままで彼をその場から連れ出し階段を駆け上った。

「おい…ヴェント…」

 しばらく駆け上って彼の足が止まる。

 カンテラの炎は元の灯りを取り戻していた。

 上りかけた階段に腰を下ろし大きく息を吸いながら息を付く。

「ヴェント!!!一体どうしたんだ!!!奥まで行ってみないと…」

「今は、やめた方がいい」

「え?」

 不可解な答えに思わず顔をしかめる。

「生存者は居ない。あいつらは蒸し焼きにされて死んだんじゃないと思う…」

 そう呟くと「息苦しくないか?」と聞く。

「別に…何なんだ。分るように話してくれ」


「酸欠だよ…」


 そう答えた。

「多分、酸欠で死んだんだ。地上で燃え上がる炎に地下の酸素も全部持っていかれたんだよ。その後に熱波で焼かれた。…ランプの火、注意して見ていた方がいいぜ…そいつが酸素不足で消えちまったら漆黒の闇の中を酸欠状態で抜けなくちゃなんねぇ…無理だろそれ」


 しばらく話を聞いていたコンデュイールがヘナヘナと座り込んだ。

「二回目だね。君に助けられたのは…君はすごいや」

「すごくなんかねぇよ」

 息を付きしばらく身体を休めている二人の耳に微かな音が聞こえた。

 地上に続く階段の上から降りてくる無数の足音だ。

「?・・・警団か?」

 立ち上がり、彼らも階段を上っていく。

 しばらくすると別の光が螺旋状の階段の壁際から現れた。

「お前が影商人ヴェント・エグリーズか?」

 白く長いローブを目深に被った男たちだった。

 修道士を思わせるその成り立ちとは不自然な剣が腰の帯に挿されている。

 衣装と同じ白い柄に幾つもの輪が連なった教会の紋章が刻まれていた。

「何だ…こいつら…」

「女神の騎士達だ」

 コンデュイールが呟いた。その言葉にヴェントも目を見開く。

「こいつらが………」


 影商人と同じく影の存在である『女神の騎士団』。


 警団のように公にエテルニテを守護する立場とは異なり、彼らは教皇を守るために存在している。

 しかも人の前に姿を現す事はない。

 大規模な神事の時に教皇の周囲を囲む白ベールの集団を何度か見た事があったが司祭たちとは別の異才を漂わせていた。


 噂では騎士道を重んじる警団たちとは異なり、彼らは宗教道というものを重んじているらしい。

 女神の騎士として異端のものに制裁を下すとされ、その為の殺しを天罰として正当化し、自らの過ちを己の死で(あがな)う事もあるという。


 制裁を下すための長剣を腰に、殉教するための短剣を胸に…


 二本の剣を持つ事から主に『双剣徒』と呼ばれているらしい。


「魔を招く異教徒として拘束する」

 両腕を彼らに取られヴェントは地上に引きずり出された。

「魔を招くって…何言ってやがる!!俺は何もしてねぇ!!!」

「そうだ!そんなふざけた事を!」

 コンデュイールが彼らに飛び掛った。

 真っ白なローブにしがみ付きヴェントを捕らえる手を強引に引き剥がし、その前に立ちふさがる。

「退け。お前も反逆罪で捕われたいのか」

「ふざけるな!!誰の指示でこんな事…」

 白ローブの男たちはさも当たり前のように低く答えた。

「女神の意向だ」・・・・・・と


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