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エテルニテ -終焉の魔道神と癒しの魔女-  作者: 黒埜騎士
第2章 ただ一つの癒し
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墓標

 聳え立つ漆黒の墓標。


 すでに昨夜の事件を聞いた別の部署の警団員たちが焼け落ちた北本部の敷地内に集まっていた。


 日の光の下にさらけ出された巨大な建物…


 窓が収まっていたと思われるぽっかりと開いた無数の穴には、灼熱でぐにゃぐにゃに変形した鉄製の窓枠が垂れ、失敗した飴細工のようにこびり付いている。


 エテルニテの街に合うように設計されていた美しい白いレンガ造りの壁は灰と黒のまだら模様となり、見るもおぞましい姿に様変わりしていた。


 その建造物の後ろに聳える山の中腹では、赤いレンガ造りの魔城が嘲笑(あざわら)っている。


 恐れおののきながらその光景を眺めるエテルニテの街人を掻き分け、コンデュイールは鎖で仕切られる敷地の中に足を踏み入れた。


 高熱で崩れ落ちた黒いレンガの中に黒いシートを被せられたものがあった。


 あそこにあったのは…


 ジェラールの死体だ…。


 猛烈に込み上げる吐き気を必死で抑える彼の肩を誰かが叩いた。

 後ろを振り向くと息を切らせたヴェントが立っている。

「ヴェント…何で…」

「俺が自分を盾にして救った人間にぽっくり逝かれちゃたまんないぜ」

 そして目の前の悲惨な光景を見上げながら舌打ちをした。

「これをやったのが俺が今まで従ってきた黒魔道師の力だっていうなら…最悪だな」


 あの魔城に住むとされる黒魔道師の依頼を受け、報酬を得てきた。


 おかげで自分だけならず他の影商人たちも今やエテルニテ有数の金持ちだ。

 あの大地震があってから生まれた人食い化け物。

 何度か依頼箱に足を運んでみたが、あの意味不明なウェディングドレスを届けてからは何の音沙汰も無い。


 教会関係の役人たちは皆あの化け物が黒魔道師の使者だと言っていた。


「とりあえず行ってみようぜコンデル。お前ここの警団員だったんだから簡単に通してもらえるんだろう?」

「え?ああ…多分大丈夫だと思うが…コンデルって僕の事かい?」

「お前以外誰が居るんだよ。ほら早く行こうぜ。俺のことは適当に言って誤魔化しとけよ」


 愛称で呼ばれたのは初めてだ。


少し照れくさい感じもするが悪い気はしない。


堂々と前を歩くヴェントに並ぶようにコンデュイールは集う警団員たちに歩み寄ると彼らが驚愕の声を上げた。

「お前!!北本部の団員か!!!」

「はい。エテルニテ北警団所属コンデュイール・レヴェゼと申します」

「驚いたな。全滅と聞いていたんだが…」

 コンデュイールは昨夜の出来事を自分が知る限り報告した。

「まさか…それではたった一時間でこの有様か…」


 彼らの顔は否応無しに恐怖で凍えた。


 エテルニテで最大の建築物は街の中心に位置する教会本部だが、ここ北本部の強度は随一と言われていた。

 収容人数は罪人を含めて数千を越える。

その建物がものの一時間で落城したとなると、この永久の国エテルニテなど一日で崩壊してしまう事だろう。


 団員の誰かがふと呟いた。


「化け物の域を超えてるな。それじゃぁまるで破壊神だ」


 集う団員の言葉が途切れた。

 認めたくないが認めなければならない程当てはまる言葉…


「何だよ。警団ってのは弱虫ばかりだな。もう絶望だって顔してるぜ」

 沈黙を破ったのはヴェントだった。


「もう誰も止められない。どうしようもないって思ってんじゃねぇだろうな。戦いもしないで夜の巡回だけやってる奴らがそんなんじゃここの住人はどうすりゃいいんだよって感じになるぜ。何だ?あとは教会の女神様にお願いするか?」

「貴様っ!!」

 そう言いかけた男を仲間が止めた。

「おいやめろ。こいつの格好……」

 マントとコートが一緒になったような独特の服に、足場の悪い森を歩き回るのに適したブーツ…

 人口百万余のエテルニテの中でもめったに見る事が出来ないとされる影商人だ。


 この国で最も魔の樹海を熟知し、最も重い責任を担っているとされている人物…


「影商人か…黒魔道師の犬が…」

 喰いかかってきた男が小さく呟いた。

 その言葉にコンデュイールが思わず声を張り上げた。

「何てことを言うんだ!危険や呪いを恐れ、あの魔城の主と関わり合う事をしない僕たちがそんな事を言える立場じゃないだろう!!彼のお陰で僕も……」

「気にすんなよ」

 コンデュイールの言葉をヴェントが遮った。

「ヴェント!!」

「好きに言わせとけ。俺はそんな肝の小っせえ野郎じゃねえから」


 黒魔道師の犬と呼ばれればそうかもしれない。


 現にあの魔城の主の金でこちらも生活をしているのだ。

 影商人に入るときに親方であるデグバッドにもきつく言われていた。


この仕事はそれなりの報酬もあるがリスクも大きい…と。


 第一に得体の知れない猛獣が住まう北の森に時として一人で入らねばならないという事…

 そのために猛獣と出会ってしまった場合の逃走技術と護身術、戦術を一通り習う。


 第二に周囲からの視線…

 危険を顧みずに黒魔道師の管轄である森を歩く勇者だと呼ぶ者もいれば、この男のように黒魔道師の恩恵を受けて生きている犬だと(さげす)む者のも居た。


 そして第三に百万の民の中で最も大きな責任を一身に受けるという事だった。

 自分の身に何が起ころうとも決して依頼品は完璧な状態で届けねばならぬという事…

 少しの妥協も許されない。

 それが一番重く圧し掛かる条件だった。


 引退した仲間の中には品を届ける際に猛獣に鉢合わせした者も居る。

 彼は自分の右腕を自らの剣で切り落とし、獣がそれを喰らっている間に品を血で汚す事も無く完品のままで依頼箱に収めたと言われている。

 ある意味警団よりも厳しく困難な戒律で構成された極小組織と言っても過言ではない。


「それよりほら…早く行こうぜ」

 スタスタと焼け焦げた建物に近付くヴェントを警団の一人が止めようとしたが、彼の手はコンデュイールによって遮られていた。

「僕の命の恩人だ!入らせてもらうよ」

 穏やかな少年の口調が厳しくなり男たちは息を呑んだ。

 そんな中、遠くで一部始終を見ていた中年の男が歩み寄った。

 どうやらその団の団長らしい。

「通してやれ」

「しかし団長!部外者は…」

「時に迷路のような樹海をさ迷い歩く影商人は洞察力も優れている。有力な情報も得られるかもしれん。何か見つけたら私に報告してくれるな」

 彼の言葉に首を縦に振るコンデュイールを納得のいかないままに見つめていた男たちは止めていた手をしぶしぶと放した。

「ありがとうございます」

「構わん。警団本部は俺たちにとって第二の家だ。家も家族も奪われ心中察する」

 再び深々と頭を下げるとコンデュイールはヴェントと共に朽ちた建造物の中に姿を消した。


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