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エテルニテ -終焉の魔道神と癒しの魔女-  作者: 黒埜騎士
第2章 ただ一つの癒し
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生い立ち

 警団の団員は長期休暇がないと家には帰らない。


 エテルニテの東西南北に分かれたそれぞれの本部に派遣された時からそこに住まい、仲間たちと共に暮らす。

 言うなれば彼らにとって団員は第二の家族であり、上司は親のような物だと聞いている。


 その家族の全てをたった一夜にして失ったにも関わらず、目の前であんな惨劇を見せられては誰でも現実から逃げ出したくなるのは当然だろう。

しかも、どうやら昨夜の半身をドロドロに腐敗させたあの中年の警団員は彼にとって大切な存在であったのだと思われる。


 他の国から流れ渡ってきたヴェントには血の繋がった家族は居なかった。

 幼い頃に事故で両親を亡くして依頼十年近くを貧しい孤児院で過ごしたが、独立してから永久の国エテルニテを捜し歩き、二年前やっとここに到着した。


 孤児院の貧しさが根底にあるために、高い報酬を得るためにエテルニテで最も危険と言われている影商人という職種に付いたが、ここの同僚は孤児院の仲間たちよりも親近感を得られる。

 何だかんだ言っても親方は父親のようであり、オランジュは生意気な妹のように感じている。


 そんな存在が目の前であんな死に方をされてはいくら肝が据わっているとはいえ、自分でさえ正気で居られる自身は無い。


 そんな事を考えていると、オランジュが温かなホットチョコレートをテーブルに置いた。

 白い湯気がカップの上を漂い何ともいえない甘い匂いが鼻を掠める。

「おおっ美味そう!」

 好物の飲み物を差し出されヴェントはすぐさまカップの一つを取る。


 一口啜ると冷え切った体が芯から温まる。


 母親を失ってからこの家の家事はもっぱらオランジュの仕事となっている為に、外見と似合わず料理の腕は中々のものだった。

 数多い十八番の中でカカオから作り出すこのホットチョコレートもかなりの代物だ。

「くぅ~温まるぅ~これでお前のお転婆が直りゃ言う事なしなんだけどな」

「いいお嫁さんになれるでしょ?」

「だから、そのお転婆が直ったらなって言ってんだろ。ま…無理だと思うけどな」

 頬をぷぅっとむくらせるとオランジュは彼の足を思い切り踏みつけた。

 その反動で熱い液体が手に零れる。

「うあっちぃ!!!お前はさっきから一体何なんだよ!!!」

「バカヴェント!!」

 一言叫ぶと少女は足を必要以上に踏み鳴らしながら奥の調理場へ姿を消して行った。

「親方…育て方間違えたんじゃねぇ?」


「お前にはワシをお父さんと呼ばせんぞ……」


「はぁ?」

 じろりと睨みつけられヴェントはテーブルに置かれてある布巾(ふきん)で手を拭いながら眉をしかめた。

「さあ飲め。体が温まるぞ。うちの娘の特性ドリンクだ」

 治療を終え、少年の冷たくなった手にデグバッドはカップの一つを手渡した。

 

 その温かさに少年の目に微かな光が灯る。


消え入りそうな声で「ありがとうございます」と呟きカップを口に運ぶ少年にデグバッドは聞いた。

「あんた名前は…」

 しばらくして少年の弱弱しい言葉が返ってくる。

「……コンデュイール・レヴィゼ……」

「その制服とその腕章、この北区の警団員だな。何があった…」

 コンデュイールは首を横に振った。

「自分でも…何があったのか…」

「…そうか、なに、無理に聞く気はないが無事でなによりだ」

「僕だけが無事だって………」

 聞き取れないほど小さな声で呟く彼にデグバッドは息を付いた。

 仲間の全てを一瞬で失った少年には掛ける言葉も見当たらない。


 中途半端な慰めの言葉は迷惑なだけだ。

 そっとしておいてやるのが一番だろう…


 と仕方無しに席を外し部屋を出る。


 しばらくの沈黙の中、手渡されたホットチョコレートを飲み終えた彼はテーブルに座るヴェントに声を掛けた。

「君、名前は?」

「俺?俺はヴェント…ヴェント・エグリーズ」

「エグリーズ?」

「変な苗字だろ?名前も付いてない小さな教会で育ったから一応、教会(エグリーズ)を名乗ってんだよ」

「教会…ご両親は…」

「物心つく前に事故死したって聞いてるぜ?詳しくは知らねぇけど…」


「僕と同じだ………」


 そう呟いていた。


 事故死ではないが暴君ドミネイトの手によって十年前に二人とも命を落としている。

 一年前までは叔父と叔母の家で世話になっていたが、両親の悲惨な死を目前にしてからずっと人を守る警団に入りたくて勉強をしていた。

 やっと自警学校を卒業し、配属された矢先の事件が昨夜のあれだった。

 同じく配属された数人の同級生と共にあの本部で生活していた。


…それなのに、僕だけ生き残って…


 コンデュイールは唇を噛み締めると心を決めて立ち上がった。


「おい…何だよ…どうした?」

「ありがとう。君が居なかったら僕は死んでたね。看病をしてくれた人とあの()にもお礼を言っておいてくれないか?」


 壁に掛けてあるコートを羽織う彼にヴェントも思わず立ち上がる。


「おいおい!何処に行くんだよ!お前頭縫ったばかりだぞ?すげぇ血ぃ流してさ」

「人を守るのが僕の仕事なんだよ。本部に言ってみる。ひょっとしたら生存者が居るかもしれないし、あそこの地下に捕われていた人たちだって……」

 扉に向かって歩み始める少年の前に立ちヴェントは慌ててドアノブを塞いだ。

「生存者って…昨日のアレ見ただろう?!地下の罪人だってあれじゃ…」


「だからって何もしないわけにはいかないんだよ。何のために警団に入ったのか分らないじゃないか!」


 穏やかな口調が一変してヴェントは目を丸くした。


 彼の澄んだ青い瞳がキッと睨みつけてくる。


 強引に押しのけてドアノブに手を掛けたコンデュイールは再び「ありがとう」と謝礼を述べるとそそくさと外に出て行ってしまった。


「あぁ~くそっ!!これだからど真面目人間は嫌いなんだよ!」

 せっかく昨夜命がけで助けた人間にまた何かあったらこっちの助け損だ。

 この額の傷だって無意味なものになってしまう。

 ヴェントは頭を掻き毟りながら自分のマントを羽織った。

「冗談じゃねぇよ!ったくっ!!!俺って何ていいヤツなんだ!!!!!」

 そう愚痴りながら急いでコンデュイールの後を追った。


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