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エテルニテ -終焉の魔道神と癒しの魔女-  作者: 黒埜騎士
第2章 ただ一つの癒し
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光と闇

 爽やかな火の光でさえ届かない城の中をベアトリーチェは徘徊していた。

 連なる幾つもの扉を一つずつ開け放ち、姿を消した夫を探していた。

 気配を消しているのか、よく洗練された彼女の第六感でさえ彼の居場所は突き止められない。

「何処に行ってしまったのかしら…」

 数百とある部屋を探すのは難しい。

 しかもその一つ一つの部屋は一介の家のように広かった。

「ガドリール…」


 彼を傷つける気はなかった。


ただ少しでも自分の気持ちを知っていてもらいたかっただけ


…私が人殺しを好かないという事…

それだけは彼と一緒に行えないという事を…


 とある部屋の前に言ったとき、扉の向こうで水の音がした。

 ここはこの城で最も巨大なバスルームだ。

 蝶番の巨大な扉をゆっくり開くとそこには素晴らしい光景が広がっている。

 ゴシック調の大聖堂を思わせる高い天井、ドーム型のそこには美しい天使とおぞましい悪魔が対峙する幻想的な壁画が描かれている。

 四方を囲む柱には植物が巻きつく装飾が施されておりその部屋の中央に噴水を備え付けた円形の大きな大理石の浴槽が泉のように備え付けられていた。

 おそらくこの城の中で最も美しい場所だろう


…私はここの浴槽に花を浮かべて沐浴するのがとても好きだった。


 その広い泉の上に何かが横たわっていた。


 静かな音をたてて流れ落ちる噴水の波紋にゆられて仰向けに浮かぶ存在。


「ガドリール…探したのよ?」

 漆黒のベールが波間に漂い、その巨躯を水面上に揺らがせながら血汚れを洗い流した夫が横たわっていた。

 一つの瞳が開き、扉の前に立つ彼女の姿を眺めている。


 どうやら身体を休めているだけで眠ってはいないようだ。

「まさか…返り血を洗い流していたの?」


 ドレスのままベアトリーチェは浴槽の中に入り、中心に浮かぶ彼の元へ近付き身体を沈める。


「ここは私が一番好きな場所なの…あなたにも一度言ったわね…まさか一緒に入れるなんて思わなかった…あなたの入り方はちょっと真似できないけど」


 二つ目の瞳が開いた。


 噴水の音を耳に聞きながら彼女は天井の絵画をしばらく見つめ、指を指す。

 高く掲げられる指の先を、開いている彼の目が追っていた。


「あの絵は世の中の姿そのものね…誰の心にも天使と悪魔は住んでいるもの。その狭間で常に揺らぐ自分自身が居るのよ?どちらにも偏ってはいけないわ…二つで一つなのよ」


 彼女の話を聞きながら夫の手が天井の絵画を指差した。


 悪魔の軍勢のほうを指差し、自分の胸を指す…

 そして次に天使の軍勢を指差し、その指先を妻の方へと向けた。


彼の()わんとしている事は大体分かる。

闇の権化(ごんげ)である己に対し彼女のことは光の権化(ごんげ)だと言っているのだ。

その姿にベアトリーチェは静かに首を振った。

「私はそんなに崇高な存在ではないわ…自分の復讐の為に父を殺した女よ?自分で直接手を下さないで………」

《…………………》

「あなたの全てを奪ってしまった事をとても後悔してる」

《…………………》


 何の反応も示さない。


 その目はずっと天井を見据えたままだった。


「…夫の欲求に応える事が出来ない愚妻だと…怒ってる?」

そう悲しげに呟くと彼女は(おもむろ)に浴槽の縁に置かれた魔杖を手にした。

「力の使い方が分ったのよ…見ていて?」


 部屋の壁に掛けられた無数の蝋燭…


 全てがとても高い位置に備え付けられており、道具を使わないと光を灯せない燭台だ。

 彼女は杖を天井に向かって掲げた。


「ノワレス・エクレ・ル・スィール・フ・ナルメイル・ユ・ヌ・フージ・リュミリエイル.〔暗闇を照らす炎よ、蝋燭に宿り光を灯して〕」


 彼女から巻き上がった風が一瞬で壁に掛かる無数の蝋燭に火を灯す。


「貴方が教えてくれた魔力宿しの言語…これを使うと少しも疲れずに心で念じた事を口にしただけで魔法が使えるの。普通の人間が使っても無意味な言葉も魔女や魔道師には大変な力になるって言っていた意味がやっと分ったわ。これであなたを私だけの元に繋ぎとめる事が出来る可能性が出てきた。私…頑張るわ…」


 私さえ努力すれば彼に無駄な殺しをさせなくて済む。

 愛する夫を拒絶しなくて済むのだ。


 …冷たい胸に頭を預けベアトリーチェは瞳を閉じた。


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