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エテルニテ -終焉の魔道神と癒しの魔女-  作者: 黒埜騎士
第2章 ただ一つの癒し
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教皇殺し

この回では残酷な表現が出て来ます。

 エテルニテ北部、窓から漆黒の影となる魔城を望みながらジェラールは数人の部下と共に(かたき)を待っていた。

 ここは警団の北本部。

積み上げた歪なレンガを蝋燭の赤い炎が照らし、壁に掛けた大量の武器が鈍い光を放っている。

 広い部屋に置かれた無数のテーブルには重装備を備えたままの厳つい男たちが何人も待機していた。

魔城から最も近くにある施設がこの警団本部で、罪人の牢城を備えた頑丈な要塞の向こうに街が広がっている。

昨夜の得体のしれない地震でもビクともしない北警団本部はエテルニテ屈指の強豪たちで形成されていた。

 そして彼らが一目置く人物がここの団長ジェラール・ヴォルカンであった。

独学で戦術を編み出し、エテルニテでは珍しく戦闘に特化した男。

罪人を捕らえた数も誰にも劣らない。


「さあ出て来い…化け物め」


 窓から吹き込む寒い夜風に短い髪を揺らしながら呟いた。

地震が起こり人食い化け物が現れて今夜で三度目の夜を迎えた。

始めの夜に自分の部下の一人が犠牲になっていた。

まだ二十代だというのに無残な死を遂げた青年。

少し生意気ではあったが、どんな後輩よりも可愛がり自分の息子のように期待していた。

 自分で(あつら)えた曇り一つ無い大剣の刃には怒りに満ちた自分の顔が蝋燭の炎に灯され写り込んでいる。


この剣であの人食いの化け物を捕らえてやる…


青年の亡骸をこの胸に抱いた時にそう誓った。


だが、昨夜は街には現れなかった。

しかしその代わりに教皇が死んだ。

昼、必死で森から逃げて来た若い司祭が狂ったように何かを叫びながらここに飛び込み、狂ったように教皇の訃報を叫んでいたのは記憶に新しい。


事の真相を確かめるために馬を走らせた先…


例の依頼箱の前にあったのは真っ二つに引き裂かれた教皇の遺体だった。

臓物を引き出され、あちらこちらに飛び散った肉片…

彼の部下と類似した死に方だった。

死に方が死に方であっただけに、震災の混乱をまだ色濃く残す街には教皇の死は発表されず、明日、ひそかに教会だけで葬儀が()り行われる手はずになっている。

「ジェラールさん聞きましたか?」

 不意に隣から若者が話しかけてきた。

屈強な男たちとは異なり、まだ未熟な団員。

つい最近になって入団した青年だ。

「何をだ?」

「今日森から逃げて来た司祭…殺人罪で同僚に拘束されたって話ですよ」

「殺人?」

「教皇殺し………………」

「教皇殺し?…馬鹿なっ!あれが人間の所業だと思っているのか?」

 教皇の遺体を回収した自分なら分かる。

あの傷口は鋭利な刃物で切られたものではない。


引き千切られたものだ。


「いえ、何でも例の化け物に教皇を生贄として捧げたって…生きて帰って来られたのはその司祭が化け物に魂を売り渡した悪魔崇拝者になったからだって」


「悪魔崇拝者か…教会の上層部は少しでも都合の悪いことがあるとすぐに悪魔や怨霊だと騒ぎ立てる。挙句の果てには同胞までも犠牲にするか…」


 教会の中で唯一まともだったのは教皇だった。

彼の下に立つ大司祭や司祭は融通が利かずに教皇や領主の顔色を伺う(やから)ばかりで、正当なことを言っているかのように思えても心の奥底では何を思っているか分かったものではない。


「何だかんだ言っても上の人間っていうのは全て他人任せで僕は苦手ですよね…」


 ジェラールの隣の椅子に腰を下ろした少年はそこまで言って「あっ」と声を上げた。

「ジェラールさんは別ですよ?僕はあなたの事は尊敬しています」

 慌ててそう付け加える少年の姿に堅い面持ちのジェラールの口元がさり気なく笑った。

数日前に死んだあの青年に何処か面持ちが似ている。

こんなに素直ではなかったが、とっつきにくい事で有名な自分に擦り寄ってきた部下は彼で二人目だ。

「常に自分の意思を強く持つ事だ。お前が正しいと思った事をすればいい」

 強面が柔らかに微笑んだ。

このまま成長し、修練してくれれば有望な将来が待っている事だろう。

こういう人物を残して行かねばならない…そう願っていた。

「コンデュイール!交代だぞ!」

 静かに談笑している少年を見回りから帰った男が呼んだ。

厚いマントを羽織いながら身体を震わせている。

開け放たれた扉からは氷のような冷気が室内に吹き込み、テーブルのランプの炎が忙しく揺れた。

 コンデュイールと呼ばれた少年はジェラールに一礼すると慣れない手つきで武器を装備しマントを羽織った。

「今夜は冷えるぞ。雪でも降るんじゃないか?」

 少年にランプを手渡し、男は冷たい手を摩りながら急いで部屋の暖炉に駆け寄った。

 外に出てみると尋常ではないほどの冷気が街中に充満していた。


済んだ空に輝く不気味な青い月…


時折マントを剥ぎ取らんばかりの北風が通り過ぎる。

 まだ瓦礫が残る、静まり返った街が青白く浮かび上がり気味が悪い。

「大丈夫だ・・・落ち着け」

 少年は自分にそう言い聞かせると半壊した街中へ姿を消した。



 そろそろ時計が深夜2時を切る。

コンデュイールが見回りに出て一時間が経過しようとしていた。

 このまま何事も無く朝を迎えて欲しい…

北本部の団員の誰もがそう思っていた。

団員の談話が静かに響く部屋の中、一人の男が不意に妙な事を言い出した。


「何か冷えないか?」


その言葉が始まりだった。

団員たちの話が一瞬途切れる。


大きな暖炉に燃え盛る赤い炎…


それなのに口から吐き出される息は煙のように白い。


「そう…だよな…俺も思ってたんだけどよ…風邪でもひいたかと思って黙ってたんだ」


 ぞくぞくと上がる男たちの同意の声…

そして明らかに今の状態が異常である事に気付いた。


窓が白く凍り付いている…


団員がガラスに指を滑らせてみた。

辿った指先の痕がくっきりと帯を引いている。


…外側ではない…


部屋の内側だ。


「おい!!!!何だよこれ!何で内側の窓が凍ってんだよ!」

「武器を持ち団員を全て叩き起こせ!来るぞ!」

 ジェラールが剣に手を掛け叫んだ。

それを合図に男たちが壁に掛けられた武器を我先にと奪い合う。

刃と刃がぶつかり合う音が部屋中に響き渡る。

テーブルと椅子をなぎ倒し部屋の中心で固まり戦闘体制をとる。

激しい鼓動に荒い息が静寂の中に響き渡った。

 そして、一つの叫びがその静寂を切り裂いた。仲間を呼びに行った団員の悲鳴だ。

 ジェラールはその声に誘われるように広い待機室を抜け出した。


本部の長い廊下


…壁に掛けられた無数の燭代の炎


…静寂…


その先の扉の向こうで男が叫んでいる。


 数名の部下を残して声の元へ掛け急ぎ扉を開いた


…その時…体が恐怖に凍えた。


 辺り一面をペンキで真っ赤に塗りたくられた吹き抜けの広い訓練場。

「何だ…これは…」

 鼻を付く異臭がペンキではない事を物語っていた。



大量の血液だ。


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