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エテルニテ -終焉の魔道神と癒しの魔女-  作者: 黒埜騎士
第2章 ただ一つの癒し
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教皇

この回には残酷な表現が含まれています。

 日が暮れ、混沌とした一日が終わろうとしている。


復興作業も救助活動もそこそこにエテルニテの街は静かだった。

昨日の化け物騒動を恐れ、誰もが扉に鍵をかけ明かりが漏れぬように窓に黒い布をぶら下げていた。

ときおり警団の男たちが見回るために灯すランプの明かり、それだけが暗い夜道にパラパラと浮かび上がっている。


 見回りが通り過ぎたのを見計らって総本部である教会の裏口から小型の馬車がコトコトと音を立てて狭い道を縫うように走っていた。


目指すは北の樹海、黒魔道師の(ふところ)


 黒いローブに身を包んだクラージュは馬車の中の教皇を気遣いながら手綱を引いていた。

底冷えのする夜風が身を切るように過ぎ去って行き、空に輝く月が青白くレンガの道を照らしている。

やがて舗装されていない砂利道になり、そして木々の根が地中から張り出た森の中に差し掛かる。

湿った風に淀んだ冷たい空気、街とはまるで違う。

どこか別の次元に入り込んでしまったように思われる。


木々に覆われた森には月明かりも届かず黒い闇が延々と続いていた。

馬車に備え付けられたランプの明かりでさえ飲み込まれる漆黒の空間は想像以上の凄まじさだ。

唯一この道を行き来する影商人も日が暮れてからは入らない理由がよく分かる。


 どれほどの時間森の中を彷徨っただろう。


入り組んだ木々の隙間から時折覗く月は真上にある。

そんな月を眺めていると車を引いていた馬が(いなな)き、その足を止めた。

何度鞭打ってもそこから先には進もうとしない。

まるで目の前に見えない壁があるかのように。

「…どうしたんだろう…」

 はるか先の闇の中うっすらと何かが見える。

手元にあるランプを高く掲げて見ると、どうやら巨大で重厚な造りの木箱らしい。

闇にまぎれる様にひっそりと佇んでいた。

「あれが黒魔道師の依頼箱…」

 断崖に聳える巨城の主とエテルニテを結ぶ唯一の接点。

商品を届けた夜にはあの巨城から翼の生えた使い魔が降りてきて城に運ぶといわれている。

 ふと頭にレーヴェが描いたあの化け物の姿が浮かび上がった。

あの木箱の扉をぶち破り今にも出てきそうな雰囲気だ。

クラージュは急いでその妄想をかき消すと馬車の中の教皇を呼んだ。

「教皇様、付きましたが馬がこれ以上進もうとはしません」

 しばらくして中からゆったりとしたしわがれた声が響く。

「車椅子を出してはくれないか?」

 馬車の後方から鉄製の椅子を出すとクラージュの肩を借りながら紫のローブに身を包んだ教皇が姿を現した。

「何と禍禍まがまがしい…私の目はもう何も映さぬが、この醜悪な瘴気しょうきはその存在を隠そうともせぬ」

 小さなランプを背もたれに掛けるとクラージュは教皇に命じられるがまま車椅子を押した。

足場が悪く中々進まないが徐々に距離が短くなるにつれて氷のような空気がより一層濃くなっていくのが分かる。

 木箱が置かれている場所はポッカリと口を開け、広場のようになっていた。

「教皇様…何もおりません。いかがいたしましょう」

「……………」

「教皇様?」

「私から離れなさい」

 その言葉にクラージュは首を傾げた。


「私から離れなさい!!」


 百を越える教皇の怒号が響き体を震わせた。

盲目の老人は何かを感じているらしいが自分には分からない。

仕方なく数歩後ろへ下がって見守る事にした。

しかし、何も変わった様子はない。

木箱の前の車椅子の教皇に近付こうとしたとき


…クラージュの体を凄まじい冷気が駆け抜けた。


「!!」


 それと同時に静寂を保っていた木々が風もないのにざわめき始める。


直感的に感じた。


─────何かが来る!ここは危ない!


体中の五感がそう叫んでいる。


「教皇様帰りましょう!ここは…」


 踏み出した足が止まった。


教皇の車椅子の下に広がる闇よりも暗い影…


それはまるで大地から沸き出でるかのように池のように広がってゆく。


影が波打ち盛り上がる。


徐々に高く盛り上がりながら形を形成していく。


広がっていた黒い影は長いビロードのベールに吸い込まれ、『それ』は完全な形を形成した。


身の丈四メートル近い男の後姿だ。


教皇のすぐ後ろに立っている。


「ガドリール…久しぶりじゃな…」


 盲目の教皇はそう呟いた。


この気配は三十年前自分が連れて来た子供のものだ。

すぐ後ろに立っている。

高い位置から聞える息づかい、あの子供が成長した姿で自分を見ているのが分かる。

その時にクラージュの声が響いた。


「教皇様!それは黒魔道師ではありません!それは例の化け物です!」


 その声と同時に教皇の胸から血塗れた手が飛び出した。

「教皇様!」

 

化け物の手が老人の胸を突き破り高く高く空に掲げられる。


「ガドリール…まさか…お前なのか…」


 口から鮮血を吐き出しながら教皇は声を振り絞った。


「逃げろ…クラージュ…逃げるのじゃ…」


 次の瞬間老人の体は血しぶきを上げながら二つに分断されていた。


いやな音を立てて一つの体だった物が二箇所に転がった。

青年の目の前で化け物は教皇の体からあふれ出た臓物を鷲掴みに喉へ

…喉の大きな口に運んでいる。

 極限の状態にクラージュの頭は思考能力を失い、目の前の惨劇はまるで夢のように思われた。

遺体を喰らい尽くす姿を呆然と眺め、そして化け物が自分を振り向いた時現実に引き戻される。


 あの絵と同じだ…


漆黒のベールに無数の瞳、大きく開かれた喉の口…


闇の先で馬が逃げ去る音がする。


 化け物は急ぐそぶりも見せずにゆっくりと自分に近付いてきた。

ゆらゆらと体を左右に動かしながらゆっくりと…ゆっくりと…。

四メートルの化け物を見上げる。

口からは化け物がたった今喰らった教皇の血液が唾液と共に顔の上に滴り落ちてくる。

恐怖を越え、目を閉じ死を覚悟したその時…耳に何かが聞えた。


〔ソウ・ダルミーリュジュ・モンナモー・レ・ナンセ・ゲイリュージュ・セ・ゲリール・デゾルダールソンブル・ジュ・ヴォワ・アヴォイアール・ラ・ゲイリール・トゥ・ノン・エスポワール・テゥ・ジュトゥース〕


 女の美しい歌声だ。


言語は理解出来ないがこんな状況の中とても安らぎを感じる。

何処から聞えるのかは定かではないが、遥か頭上から風に乗って静かに響き渡ってきているようだった。


 そして化け物の動きが止まった。


いつまでたっても喰らい付こうとはしない。

恐る恐る目の前の『もの』の顔を見て見ると、あの無数の瞳が断崖に聳える城を見つめ静かに佇んでいた。

どうやら(うた)を聴いているようだ。

 しばらくすると化け物の下にあの漆黒の影が現れその巨体は地中に吸い込まれるように姿を消した。


〔ソ・ウィユ・フェルメ・レウィーユ・ソゥ・フェルメン・イェイユ・ソ・ウルコルーク・シェジュボア・エクテ・・・・・・〕


 歌声はしばらく続きそして途切れた。


それと同時に体中を安堵が駆け巡り、気が遠のくのを感じた。

 気付いた時は既に夜が明け目の前には教皇の無残な亡骸が大地に残されていた。

この事を街に知らせなければ…猛獣なんかではない、教皇が最後に残したあの言葉、盲目の教皇が正しければ『あれ』が城主の黒魔道師である可能性がある。

そしてあの城にはもう一人住んでいる事を・・・・・・


 エテルニテが受けた依頼の品であるウェディングドレス。


それを着るべき女があの城に居るかもしれない、この身で感じた安らぎの歌声の持ち主が・・・

 クラージュは教皇の亡骸に一時の別れを告げると長い道のりをその足で戻り始めた。


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