似顔絵
エテルニテの街の中心には大きな孤児院がある。
以前は修道士たちの寄宿舎だったが、五年前に孤児院に改装された。
ドミネイトが領主だった頃、街人の多くが死んだ。
暴君の気まぐれで拷問、処刑された罪無き人々の子供たちが行き場を失い、放浪している時に教会が提案
したものだった。
もちろんドミネイトが生きている頃はそんな事案など足蹴にされ認められなかったが、彼が奇妙な死を遂げてから真っ先に行われた事業の一つがこれだった。
思えば彼が司祭を目指したのもドミネイトが領主になってからだった。
クラージュは二十半ばにして真面目に修練を重ね、一年前に司祭の称号をもらった。
両親はドミネイトの屋敷の従者として働いていたが、父はまるで家畜のように扱われ、まだ若かった母は娼婦のように奉仕することを余儀なくされていた。
だが、鮮明に残る記憶の片隅に時折何かが浮かび上がる。
何かは分からないがとても尊い物だと思う。
しかし、思い出そうとすればするほど、鋭い頭痛に襲われ思い出せない。
まるで何かに妨害されているように…
「司祭様、見て。皆で司祭様の絵を描いたのよ」
孤児院の復旧活動をしているクラージュの元に子供たちが群れる。
怖い目にあったというのに何とも健気だ。
しかし、その純粋な瞳を見ていると全ての忌まわしき事を忘れる事が出来る。
「どれどれ?すごいですね。よく描けてるじゃないですか」
子供たちの頭を撫でながら受け取った紙を眺める。
クレヨンで描かれた鮮やかなイラストが安らぎを与えてくれる。
だが、一枚、また一枚捲った時、ある一つのイラストを目にして手を止めた。
自分を模したであろう愛らしいイラストの中に凍りつくようなものが混じっていた。
赤と黒のクレヨンで描かれた一枚の絵。
どう見ても自分を模したものではない。
幼い子供の絵だとは思えないほどおぞましい一枚。
黒いクレヨンで塗りたくられたベールの中心に赤いクレヨンで描かれた大量の目。
首の所には巨大な口が牙を向いている。
「これは…誰が描いたのかな?」
子供たちが指を指したのは後ろの方で怯える五歳ぐらいの少女だった。
「レーヴェ…君が描いたの?」
そう言葉をかけられレーヴェと呼ばれる少女は体を震わせながら哀願するように涙を浮かべた瞳を向けた。
「ウソじゃないのよ。本当に見たのよ!本当にお化け見たんだから!」
「いつ見たのかな?」
「昨日の夜よ。お家が揺れてみんなと逃げたんだけど迷子になっちゃったのよ。その時に見たのよ。本当よ!本当なんだから!」
「信じるよ。信じるから…よく、無事で…」
そう思った時クラージュは小さな震える体をしっかりとその胸に抱きしめていた。
「レーヴェも食べられちゃうかと思ったのよ。つかまりそうになったの…それでね、でもねレーヴェをつかまえるまえに消えちゃったのよ」
「消えた?」
怯えきった瞳…ウソではない。
だとしたら猛獣という見解の一つはあえなく打ち破られた事になる。
使い魔だとしたら黒魔道師はとてつもない力の持ち主だ。
そして、彼は今夜、その黒魔道師の管轄下に入ろうとしていた。
・・・・・そのおぞましい化け物のテリトリーに・・・・・・