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エテルニテ -終焉の魔道神と癒しの魔女-  作者: 黒埜騎士
第2章 ただ一つの癒し
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議会

挿絵(By みてみん)


「化け物よ…人なんかじゃないわ…私の倍はあった巨人よ!」

 エテルニテの教会で中年の女が叫んでいた。

深夜突如起こった地震に漆黒の人食いの化け物騒動。

街人は自然の神が奉ってある総本部に駆け込み混乱を極めていた。尼僧や修道僧が総動員され対応に当てられている。

「この街は一体どうなってしまったんじゃ…エテルニテは女神ベアトリーチェ様の加護を受け、繁栄して来た世界最古の国じゃぞ…」

 教会ではエテルニテの有力者達が特別議会を開いていた。現領主と教皇を踏まえての一大会議である。

「これでは暴君ドミネイトの頃と同じだ。いや、むしろそれよりタチが悪いな」

「人食い化け物などとんでもない騒動だ」

 司祭長や老中たちが頭を抱えて苦悩している。

昨晩の気味の悪い大地震のせいで被災者の気が精神を尖らせている中にそんな化け物が暴れまわったとなると、とんでもない。

震災が巻き起こした根も葉もない噂だと流そうにも実際に三人の人間が犠牲になっている。

「その…犠牲となった者たちは…どのように…」

 頭の禿げ上がった議員がさり気なく教会関係の者たちを怯えた感じで見つめた。

「犠牲とは…どちらの…」

「決まっている、地震の方の犠牲者ではない方だ。そっちの方の情報はあなた方の管轄だろう。その…悪魔だとか…宗教関連の相談はこちらより民に持ちかけられているはずだ」

 ああ…はい。

と頷くと白い司祭服に身を包んだ恰幅のいい男はテーブルに用意された水を口に運び、額ににじみ出る脂汗をふき取りながら手持ちの資料を手にした。

「犠牲者は三名。北に住む夫婦と被災者の救助に当たっていた警団の男性…その…どれもが無残な死に方を…しかし、被災者の犠牲の方が重大な人数かと…」

 コホンと咳払いをすると口をもごもごさせながらその後の言葉を濁している。

 どうやらそこから先はあまり言いたくないらしい。

「人数が重要ではないだろう。その死に方だ」

 低く唸ると司祭同士が目配せし合っている。

教会の人間という者はやたらに仲間と群れたがる。何をするにも皆一緒という感じだ。

 その光景に少々苛ついて来たのか縦長のテーブルの下座に座っていた現領主エガリテ・レーニュの指がコツコツとテーブルを叩き始めた。

 その姿に若い司祭が仕方なく口を開く。

「三名の遺体はどれも完全な形では残っておりません。住人の女性は右手の肘から下、警団の兵士は腹部から下が残されており、女性の夫に至っては酷い事に体の一部といえる小さな肉片だけしかありませんでした」

 若い司祭は胸の前で女神の紋章を形取り、祈ると、続けた。

「皆、何かに食いちぎられたような傷跡で北の森に住まう猛獣に襲われたのではないかと私は思っています」

「教会の人間がずい分と現実的な事をいうものだ。お前はこちら側の人間じゃないのか?」

 議員の一人が低く笑う姿を見てエガリテはテーブルを己の手の平で打ちつけた。コップが倒れ、入っていた水が床に滴る。

「何がおかしい!人が死んでいるのだぞ!」

 現領主エガリテ・レーニュはドミネイトの弟にあたる人物だ。

兄と違い住民の事を必死で考える姿勢が素晴らしい…と住民からは圧倒的な支持を受けている。

「獣の仕業ではないよ」

 それまで沈黙を保っていた上座の老人が呟いた。

真っ白な長い髪を編み、その顎には白い髭が蓄えられている百歳を越えた教皇だ。

年のせいで両目は光を失い、自力で歩くこともままならない車椅子の生き字引。

今現在最もエテルニテをよく知る事で賢者とも仙人とも呼ばれている。

「この地には…もう女神はおらぬなぁ…。女神に仕える身でありながら私がこの国を変えてしまったのかもしれん」

「教皇様?」

「三十年前に…別の神を受け入れてしまったからな…」

「どういう事ですか?あなたは今回の事をご存知でいられると?」

 静まり返る中エガリテが対面する老人に聞き返した。

教皇はしばらくの間をとった後再び話し始めた。

「あの全ての憎悪を宿す目、私は未だに覚えておる。父と母を失った五歳の少年を私はある国で見つけた。たった一夜で滅びたデザスポワール…」

 『デザスポワール』という国の名前は聞いた事がある。

この永久の国エテルニテと同じ最古の歴史を持っていた国で、周囲を敵国に囲まれながらも屈する事がない強大な魔導力を持っていたと噂に聞く。

しかし三十余年前にたった一夜にして滅亡し、周囲の国にもその日から飢饉が流行ったという。

その滅びの理由は誰も知らない。何せ百万を越える全ての民が一夜で死滅したというのだから知る者は居ない。

「デザスポワール?エテルニテを出てあの国に行った事があるのですか」

しわがれた教皇の声が続く。

「デザスポワールは…リュイーヌ・デューという破滅の魔導神を(まつ)り栄えていた。私は何者かに(いざな)われそこにたどり着いた。おぞましい声に導かれ辿りついた国…人骨に埋もれたそこには静寂しかなかった。だが、そこにたった一人…子供が居た。まだ新しい父と母の(しかばね)の中で怯える子供が…」

「それが一体何だと?」

「今の古城の主じゃよ…」

 今まで聞き入っていた議員と司祭たちが騒然となった。

「あの…例の黒魔道師がデザスポワールの住人?」

「親を失った子供を廃国に残す事は出来なんだ。しかし、この女神の国の一員として招き入れる事も出来ず、あの主を失った城に私は少年を住まわせた。狂神の洗礼を受けたガドリール…お前たちが名を口にするのも恐れる城主…あれは、あの目は人ではなかったかもしれん」

「そ、それでは教皇は昨夜の化け物は例の黒魔道師の仕業だと?」

「定かではないが…この国でそのような力を持つ者はガドリールしかおらぬ」

「そう言えば…我が兄ドミネイトの死に方も昨夜の事件とよく似ていた」

「しかし、なぜ今になって…私たちが彼に何をした」

 沈黙の中一人の議員が口を開いた。

「数日前、城主から依頼状が届いたと聞きます。しかも我が国の国家予算の一割もの価値がある大量の報酬と引き換えに、ある商品を所望して来たと…その商品の受け渡しが…2日前の夜。何か不手際があったとも考えられますが…」

「して、品は何を所望してきた?」

「それが…純白のウェディングドレスと…花嫁のブーケを…」

 司祭や議員たちのどよめきが沸き起こった。

「何故それを我らに報告しない!そんな…異常な事を…」

「しかし!…若い娘の失踪も誘拐もございません。それに…もし、それを知った所でどうにもなる事では…」

 皆が口を噤んだ。

エテルニテは戦も他国の侵略も前例がない。

その為自分たちの身を守る軍隊を備える必要もないのだ。

治安を守るため警団という大規模な警察のような組織はあるが、それでも教皇や領主が関わった事業には手を出す事はない。

ドミネイト時代にあれ程にまで(すさ)んでしまったのもその自治体制にあった。

「警団長、復興作業にあたる全ての警団に剣を持たせておけ、我々が出来る最善の方法を考えるのだ。商人長は依頼された商品を手がけた者たち全てに聴取を取れ…民は皆怯えている。慎重にな…。教皇様、あなた方は民の心を(なだ)め癒して下さい。こんな時に民を支えるのは女神への信仰だけです」

 エガリテと他の議員たちが部屋を立ち去った後、教皇は残った司祭たちに驚きの言葉をかけた。

「私をガドリールの元へ連れて行ってはくれないか?その依頼箱の所でよい」

「何をおっしゃいますか!教皇様…もし御身に何かあったら…」

「言ったはずじゃ…この大地にもはや女神はおられない。その化け物とやらを操っておるのがガドリールならば止められるのもそやつしかおらぬ」

「しかしっ!」

「デザスポワールの住人と我らは対極にある。癒しと加護で守られてきた我らに対し、あの者の国は黒き力で守られてきた。敵を殺め続ける事でな」

 司祭たちは顔を見合わせ困惑した。

出来ることならあの巨城の裾野に広がる樹海には誰も足を運びたくない。あそこは黒魔道師の管轄地だ。

「私が共に参りましょう」

 あの若い司祭が歩み出た。

「その声は…クラージュじゃな」

 青年の司祭は(ひざまず)き、教皇の指輪に忠義の口付けを捧げた。

「それでこの脅威が過ぎ去るのならば容易い事です。あなたのおっしゃられる通り、恐らくこの地でまともな戦術を持っているのは彼だけでしょう」

「クラージュ!何と愚かな事を…教皇様に万が一のことがあったのならばそれこそ…」

「生きとし生ける者はいずれ死ぬ。重要なのはその生涯をどう生きたかじゃ…私はもう十分に生きた。最後は己が撒いた種を摘み取らねばなるまいて…」


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