邪神と騎士団長
ドドドドド………
轟く轟音。太い柱の一つが解き放たれた魔法により無残に崩れ去る。
既にガドリールは歯止めが利かない状態に陥っていた。
あの北警団を一瞬で壊滅状態にした広範囲な魔法は使う兆しが無い。どうやら自分の聖域を全破壊するほどは愚かではないらしい………それだけが不幸中の幸いだった。あんなものを使われては時間稼ぎなど何の意味も成さないからだ。
そして何よりも今のガドリールの目に入っている標的はたった一つだった。
…突然現れた白いローブの男………
奴は今までの相手とはまるっきり違う動きをする。
声ともつかない呪文がガドリールの口から怒鳴るように発せられる。それに呼応するかのように掲げた手の平の上に生まれる炎の竜巻。
「くっ………」
アカトリエルは短く唸ると自ら目の前の敵の懐に飛び込み、その手を切りつけた。
吹き出した返り血をかわすと同時に左の肘を鳩尾に叩き込み、身体を素早く回転させ、ガドリールのわき腹に力の限り足を打叩きつける。
次の瞬間三メートルの巨躯は数メートルを飛ばされていた。
魔法を主力の相手と戦う場合、余計な間合いは不利。
……ガドリールと合間見えて悟った事だった。接近戦から離れたら確実に凄まじい魔道の餌食になる。
飛ばされた巨躯を驚きの瞬発力で追うと、魔神の足が地に着く前にアカトリエルは剣を胸に突き立てた。
グシュッという嫌な音と共に血が飛び散る。
「っ!!! ………」
ガドリールの胸に突き立つ刃、だが己の身体にも強烈な激痛が走る。無数の瞳が笑っていた。
いつの間にかアカトリエルの左肩は魔神の手に貫かれ、血が吹き出している。
「離れて!!!」
後ろから浴びせられる女の声にアカトリエルは咄嗟に身を翻し飛び退いた。それと同時に今しがたまで肩を貫通していた魔神の手から熱波が吹き出す。
少しでも反応が遅れていたら体内が焼き尽くされていた………
ガドリールは胸からどす黒い血液を流したままスッと立ち上がると燃え上がる右手の中に残されたアカトリエルの肉片を口に運び、初めて彼から視線を別の場所に向けた。
《ベアトリーチェエェェェェェェェ…………》
全身に浴びせられるナイフのような視線が突き刺さり、彼女は思わず目を伏せた。
《ウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………》
アカトリエルに助言した事を怒っているようだ。
ローブの袖を引き裂き、血液が溢れ出る抉られた肩を固く固定すると再びアカトリエルは敵に向き合った。肩を縛り付けた白い布がみるみるうちに赤く染まる。