第二章:聖火市
「なあ、信也」
あの後、玲奈とわかれて一度家に帰ってから、学校に来たおれに、この学校で唯一、おれの名前を呼び捨てにして馴れ馴れしい男霧間信朗が話かけてきた。
「何だよ?」
こいつに関しては、返事を返さないとずっと話かけてくるのでおれも無視をするわけにはいかなかった。
だが、何となくそれがうざったいと感じることがないので不思議な奴だ。
「いやいや、お前今朝は玲奈ちゃんと一緒に登校してなかったろ? どうしたのかなと思ってさ、喧嘩でもしたか」
「仕事場に今朝までいたんだよ、それに別にしたくていつも一緒に登校してるわけじゃない、あいつが無理やり学校におれを連れて来るんだよ」 玲奈は、おれが学校をすぐにサボるので毎朝迎えに来る。そして、途中で家に帰らないか見張ると言ってついてくるのではたから見れば一緒に登校しているように見えるらしい。しかし、わざわざ返答したというのに霧間は話を聞いていないようにおれの体をマジマジと見ている。
「何見てんだよ」
「いや、お前仕事ってことは罪深き者と戦ったってことだろ? 大丈夫かよ」
おれの所属している組織断罪者は本来は裏の組織だったのだが、罪深き者達の動きが表だってきたおかげで、それに対する組織として一般市民にも公開されている。
だから、おれが断罪者であり、罪深き者であることはこの聖火高校どころか断罪者の本部があるこの場所聖火市の一般市民にも知れ渡っている。
本来、そういうのは隠すものなのだろうが、断罪者の長である正直者で有名な新堂誠一郎は裁判官という一応トップであるはずの八人の老人達を無視して、本部を置かせていただいているのだからこの聖火市の彼らには少しばかりでも我々のことを知る権利があると主張して、情報を公開したのだ。
当然、裁判官の連中や、政府などは怒り奮闘だったが、おれや玲奈のような実際に動いている者は、特に気にはしていない。皆、裁判官より、新堂誠一郎の方を信頼しているからだ。
「別に、特に怪我は負ってないよ」
そう言って、腕を回したりして健全をアピールする。
「そうだよな、なんたって信也だしな」
「それどういう意味だよ」
霧間はいつもはふざけているのに怪我とか重要なことになると親身になって心配する。それがこいつをうざったいと感じない理由かもしれない。
その時、ざわめくクラスの中、前の教室のドアが開いて、中年ぶとりなのか、少しお腹が膨らんでスーツを息苦しそうに着ている男が入って来た。
「何だ、田淵もう来たのか、じゃまた後でな信也」
クラスの担任田淵秀和を呼び捨てにして、霧間は自分の席に向かって行った。
窓際に席があるおれは窓をのぞいてため息をついた。
「めんどくさいな」
これから、授業が始まると思うと鬱でしょうがなかった。
━━━普段騒がしい人が居眠りをしているおかげで静かな教室。その教室に間の抜けた電子音が鳴り響いた。 このチャイムを聞いて、おれは大きなアクビをした。一番前の席の霧間が立ち上がりこちらに向かって来る。
「飯食おうぜ、信也」
コンビニの袋を軽く上げていつもの場所に行くぞとアピールする。
「わかったよ」
おれも、コンビニの袋を片手に立ち上がる。そして、いつもの屋上に向かった。
屋上のドアを開けるとすでにそこには二人の先客がいた。
「遅いぞ、信也」
「こんにちは、信也さん、霧間さん」
いつもより2分くらいしか遅れてないのに怒っている玲奈と屋上に吹く風になびく繊細な栗色の髪をして礼儀正しく挨拶をした天宮鈴の二人だ。
「こんにちは、天宮さん。いつもそこの顔膨らませている奴の子守は大変だろ?」「いえ、今日はめずらしく大人しかったんですよ、ね!」
そう言って、天宮は玲奈に向かって学校でもピカイチと評判の明るい笑顔をする。
だが、天宮に悪気はないのだろうが身長の低さから子供扱いされることを嫌う玲奈は怒り浸透だ。
「いつも言っているだろ鈴! ぼくを子供扱いするな!」
「え? 別にしてないよ」
そう言いながらも玲奈の頭を撫でる天宮、玲奈は何を言っても無駄と悟ったのかため息をつく。
この二人はいつもこの調子なのだ。玲奈と天宮は同じクラスなのだが同じなのはそれだけではない。コンビニのパンを食べていると天宮が口を開く。
「あ、そうそう信也さん。昨日の任務ご苦労様でした。今頃は後始末もすんでいる頃だと思います」
そう天宮は断罪者の一員なのだ。おれより、二年先輩でオペレーターみたいなことをしている。それに、多少戦闘の心得もあるようだ。
「ん、ああ、そうか」
おれが気のない返事を返すと天宮は一呼吸おいて、また、しかし今度は真剣な顔をして話し出す。
「それで、信也さん。後始末の方からよく聞かされるのですが、信也さんのやり方には迷いと言うか情けがあると……」
そう言うと天宮は、さらに真剣な目つきで睨みつけてくる。
「信也さん、あなたがどういうつもりかは知りませんがそのままだとあなたが死にますよ?」
いつになく真剣な天宮、その真剣さに思わず頷くことしかできなかった。
おれが頷くと天宮は微笑む。
「信也さんはやさしすぎるんです。やさしいことは悪くないです。でも、お願いですから断罪者の一員として動く時は心を鬼にしてください」
おれのことを本当に心配してくれているのだろう。天宮の一言、一言が重い。
「ああ、約束するよ天宮さん」
「どうだかね〜、信也の甘ちゃんぶりは筋がね入りだからね」 玲奈が小馬鹿にするように発売する。そして、おれの横に座っていた霧間も顔をしかめる。
「鈴ちゃんの言うとおりだぜ。ただの一般人のおれが言うのも何だが罪深き者とはいえ人を殺すことに抵抗はあるかもしれないけどよ。相手は容赦なくお前を殺そうとしてんだ、こっちも容赦なしでいかないといざという時しくじるぞ」
三人にここまで言われると何も言い返せなかった。
確かに、情けや同情から手を抜いているのは図星だった。だが、どうしても罪深き者になったからといってそいつが完全な悪だと思いたくないのだ、それに、そうなると、なりたくてなったわけじゃないとしても罪深き者のおれも悪ということになる。
「すみません、やっぱり仕事の話は食事中にするものじゃなかったですね」
おれが黙ってしまったので場の空気が悪くなってしまった、でも、それはおれが黙ってしまったからで決して天宮が悪いわけじゃない。
「何言ってんだよ、天宮はおれのために忠告してくれたんだろ。ありがとな。さ、気を取り直して飯食べよう」
「そうそう、鈴が落ち込むことないって、馬鹿な信也が悪いんだから」
「はい、すみません」
そして、再び食事が再開され、やっと、落ち着いて飯が食べられると思った矢先、天宮の赤いケータイが鳴り響いた。天宮に似合わないその赤いケータイは見たことがあった。確かあれは天宮の仕事用の緊急時のケータイだったはずだ。
「はい、こちら天宮どうしました?」
天宮は冷静に電話にでて内容を確かめている。そして、電話が終わるとすぐに立ち上がりおれと玲奈を見る。
「罪深き者が現れて、聖火市二丁目のファミレスが襲われたわ。霧間君は、先生に連絡をお願い」
霧間は、頷くとすぐに屋上のドアへ向かって行く。「よし! 行くぞ信也!」
おれと玲奈も立ち上がる。だが、その時、耳の鼓膜を突き破るほどのものすごい轟音が鳴り響いた。
「何なの?」
音のした方を慌てて見る。屋上にいたのでそれはよく見えた。聖火市の一部が真っ赤に染まっているのが、
「おいおい、あれもファミレスを襲った奴の仕業か?」
「わからないわ、とりあえず、急いで本部に向かいましょう」
おれと玲奈は頷いて屋上から飛び降りる。何が起きているのかはわからないが、今はとりあえず本部に向かわなくてはならない。
だが、その時気のせいかもしれないが何か違和感のようなものを背後から感じた。