カラオケにて(3)
大通りよりも車は少なく、僅かな街灯の中を二人で歩いていたが、カラオケの時とは違って会話は殆どなかった。
その状況に耐えかねたのもあって空をふと見上げると、今まで見た空よりも多くの星の輝きがそこにあった。
「こういう星空を『夜空にまたたく星の群れ』って表現するのですかね」
私が上を向いたまま言うと、クマさんはこちらを一瞥した後、ほんの少しだけ首を上に向ける。
それだけで星空が一望出来る姿が、クマさんの身長の高さを物語っていた。
私とクマさんの身長は顔一つ分の差がある。
「あれは田舎を描いた曲だろ。ここより暗いと思うぞ。お前はこれ以上星が見える空を見たことないのか?」
例の男性アーティストの歌詞を引用したことを分かっている様子でクマさんは問いかけてきた。
「私、どっちかというと都市部の出身なので、これよりたくさんの星は見たことがないです」
「勿体ねぇな。じゃあ、見せてやるよ。今度」
足を止めて、クマさんの方を見た。
クマさんは立ち止まらずに歩いていたが、少し経って気付いたらしく、「なんだ?」と振り向く。
丁度アパートの近くだったのもあり、慌てて「もう目の前なので大丈夫です!」と私は告げた。
クマさんは怪しむ様子もなく、「おう。じゃあ、おやすみ」と言って元来た道を辿っていった。
駆け足で部屋の中に入り、着替えてから電気を消す。
胸の鼓動の早さに少し戸惑いながらもベッドに横たわり、瞼を閉じてカラオケでの出来事を思い返した。
直接は言わなかったが、人がいる中であんな風に堂々と歌えるクマさんの姿に内心驚きを隠せなかった。
──いつかは私も、クマさんみたいに歌えるだろうか。
好きなものを堂々と好きと言えること。
それは簡単そうに見えて、私にとってはひどく難しいことだった。
それを容易に出来るクマさんの姿が、頭から離れない。
そんなクマさんも、シングル曲ではなく私と同じようにアルバム曲が好きだということが意外だった。
私がその人の曲を好きな理由の一つに、聴く度に曲の印象が変わるような詩の無限さに惹かれているのがある。
特にアルバム曲の歌詞は抽象的で、恋愛から宇宙のことまで歌っているようで、何通りにも解釈できる。
その抽象さは、ファンの中でも歌の解釈が議論されているぐらいだ。
余程の物好きでなければ、受け入れにくい世界だろう。
クマさんが最初に歌った曲なんて、投水自殺を描いているという解釈がファンの間では一番支持されている。
そんな曲を好きだと言うクマさんは、何か暗いものを抱えているように思えた。
生きる上で、私と似たものを抱えているのではないか、と。
その正体に、私は興味を持った。クマさんが何を考えているか、知りたくなった。
私と似ているのに、私とは違って胸を張っていられる人。
そんな人が、たとえ社交辞令でもあの低い響きで「今度見せてやるよ」と言うのはズルい気がする。
おかげで不覚にも逃げ出してしまった。
結局、その日起きたことが頭から離れないまま眠りに付くしかなかった。