カラオケにて(2)
それからはお互い何も言っていないのに、その男性アーティスト縛りで回した。
その間、クマさんと二人きりだったが、歌っているとそれを気にすることはなかった。
「その曲を入れるなら、これ入れます」
「ちっ、今から入れようとしてたのに」
そんなやりとりを何度か繰り返す。クマさんが何を入れるか、想像して入れたりもした。
そんな風に入れる曲が重なるなんて今までにないことで、言葉にはしなかったけれども本当はすごく嬉しかった。
歌の合間にクマさんと色々話せたことも、ともかく楽しくて仕方なかった。
気分も上がり、それまで誰にも語れなかったのもあってたくさん話した。
その話にクマさんが共感してくれたり、質問されたりしていると時間が経つのも忘れるほどだった。
「そろそろ帰るから支度してー」
慧さんがドアを開けたのを機に時計を見ると、既に十二時を回っていた。
二時間以上もの間、同じ人の曲を歌っていたのだった。
履歴を見てみると、二人合わせて四十曲近く歌っていた。
「全く、二人で何歌ってたの? あいつ、一年生送った後、『入れる空気じゃない』って言ってこっちの部屋にずっといたんだから」
そう言われてから、もう一人の先輩が帰って来なかったことにようやく気付いた。
そうやって忘れるぐらい、熱中してしまっていた。
「別に、趣味が合ってただ歌ってただけだ」
詳しく話を聞きたがっているような慧さんに対し、クマさんは素っ気無い素振りで答えた。
「ふーん。でも、三時間近く二人で歌ってたわけでしょう? 俺がいない間に仲良くなりやがってー。この、メルヘンコンビがー!」
レジに向かいながら、慧さんはクマさんの頬を引っ張る。
クマさんはその手を叩き、「アホか」と言い放つ。
そして会計が終わって解散した後、クマさんは本当に家まで送ってくれるようだった。
「いいですよ、ほんと。近いので大丈夫ですって」
「いや、この辺マジで物騒だし、残らせたの俺だから」
春の夜風はさすがに冷える。ましてや、私がいた県よりもここは気温が低いようだった。
そんな風に当たっているうちに、クマさんはこの時間まで私が残っていたことを悪く思い始めているようだった。
「いえ、楽しかったですし、自分の意思で残りましたから。それなのに送ってもらうのは悪いです」
「一年生なんだし送ってもらった方がいいよ。大学周辺は本当に治安悪いから。俺も行こうか?」
それまでグループに入って話していたはずの慧さんがいつのまにか近くにいた。
クマさんは慧さんに向かって「お前が来たって意味ねぇだろ……」と小声で呟いたようだったが、私の答えを待っているようだった。
「分かりました。じゃあ、お願いします」
「だって、クマ。ちゃんと責任持って送ってってね」
反対方向らしい慧さんはそう言うと、「じゃあまたね、亜梨子ちゃん」と笑って手を振ってきた。