カラオケにて(1)
翌週の金曜日の放課後に集合場所のサークル室に行くと、二年生以上の人数は殆ど変わらなかったが、一年生の人数は焼肉の時の三分の二と言った感じだ。
食事会の後のカラオケではクマさんと同じ部屋だった。
「亜梨子ちゃんのこと頼んだよ、クマ」と慧さんはクマさんに声をかけ、別の部屋に先に入っていった。
私の斜め前にクマさんが座ったが、二人で何を話していいか分からず、ろくに会話も出来ないまま下を向いていた。
先輩は他に一人だけで、まだ話したことがない女の子二人組もいたが、高校が一緒らしく殆ど二人だけで話している。
その中で私は端の席に座っていて、誰の輪にも入れずにいた。
流れはJポップのようだった。そのうち順番が回ってくると、その流れを汲んで比較的有名な曲を歌った。
カラオケの際、周りに合わせて歌う曲を選ぶのは高校時代に培った技術の一つだった。
それまでは大好きな、とある男性アーティストの曲ばかり歌っていた。
しかし有名ではないアルバム曲を歌うと、場が盛り上がらなくなってしまう。
それで何か言われる度に、そのアーティストの曲が好きな自分を否定されているようだった。
そのうち、別の人の有名な曲を歌うように心がけるようにした。
そのせいで非難されることはなくなったが、本当に好きな曲は人前では歌わないし、歌えない。
しかし何回か順番が回った後、思いも寄らない曲名が画面に表示された。
タイトルは『飾らずに 君のすべてと』。
それは、私の好きな男性アーティストの曲だった。
それもシングルではなく、アルバム曲だ。
咄嗟に周りを見回す。マイクを持ったのは──クマさんだった。
その低音の声はその曲に合っていて、原曲とはまた違った良さがあった。
その声に聴き入ってしまい、私はクマさんから目が離せなくなった。
「──さんをご存知なんですか。この曲を知ってる人を初めて見ました」
「なんだ、この曲知ってるのか。俺、結構──好きだぞ」
歌い終わってすぐに声をかけると、クマさんは好きなアルバムのタイトルを何枚か挙げた。
それはどれも、私にとってもお気に入りのものばかりだった。
「『終電車』とか『テディベアに埋もれて』とかいいよな」
「どっちも好きです。『エレクトリックシューズ』も」
クマさんの口から出てくる曲名は、どれもファンでさえ好きだと言う人が少ない。
私も好きな曲を言うと、クマさんの口元が心なしか緩んだようだった。
私が言った曲も、クマさんが並べた曲に匹敵するほどコアな曲だった。
だが、私にとっては名曲だ。
「お前、意外と話分かる奴だな。よし、今日は──の曲を入れてくか」
そう言ってクマさんは、手元にあったリモコンでファーストアルバムに収録されていた曲を入れた。
負けじと、好きだけど人前では絶対に歌わない曲を私も入れた。
それも、クマさんが入れた曲と同じアルバムからだ。
周囲は会話が殆ど聞こえていなかったらしく、「同じ人の曲が連続してるね」としか話題にならなかった。
やがて十時を過ぎ、一年生の女の子二人は先に帰るようだった。
その子たちを送るために、二人の近くにいたもう一人の先輩も一旦カラオケを出ると言う。
「あ、あの、私もそろそろ──」
「いい、送るからもっといろ。楽しくなってきたんだ」
どうしようか迷ったが、丁度私が入れた曲のイントロがかかり、クマさんは持っていたマイクを渡してきた。
それで結局、促されるまま歌うことにした。