草原にて(5)
「あ、いた! あれ、こんなところで何やってんの?」
急に女性の声が遠くから聞こえ、懐中電灯の光に照らされる。
眩しくて顔がよく見えなかったが、どうやら二年生の先輩方のようだった。
「アリコちゃんどうしたの? あれ、大隈さん……」
女の先輩がそう声を出した途端、驚きの声と共にその場で様々な憶測が飛び交った。
「やだっ、慧さんいるのに二人っきりなんて、もしかして……?」
「おい」
さすがにそれは、と感じるのと同時に、さっきまでのクマさんとは全く異なる、怒りを含んだ低い声が響いた。
「推測だけで勝手なことほざくな。こんな奴、対象外にも程がある。それに言いたいことがあるなら、直接言え」
風の音以外、その場に音は一切なくなる。
誰かの息を飲む音がしたような気がした時だった。
「あっ、クマも亜梨子ちゃんもこんな所にいたんだ。飲ませすぎてごめんね。遅いから探しに来たんだよ」
草を踏みしめる音と共に、今の状況にそぐわない明るい声が夜空に響いた。
その声が誰のものか気付いたらしく、二年生の顔色は刻一刻と青ざめていく。
足音は段々と大きくなり、その音が止んだ頃には月明かりの下でも慧さんの顔が見えた。
私やクマさんを慧さんは見た後、二年生たちの方に視線を向ける。
それだけで状況を察したらしく、呟くように慧さんは口を開いた。
「ふーん……怒らせちゃいけない人を怒らせちゃったみたいだね。俺もクマも、三年になったからには何も言わずに済むと思ってたけど」
誰も何も言わずにその場に立ち尽くしていた。
慧さんは二年生に向かい、有無を言わせないあの笑顔で呟く。
「俺が本気で怒る前に、ここから去れ」
二年生達は一歩二歩と後ずさりした後、小走りでその場を去っていった。
私たち三人だけが取り残される。
「で、どうしたの、クマ?」
「……いや、何でもねぇ。悪りぃな」
助けられたはずだった。
けれども、その場にいられる訳がなかった。
酔いなんてすっかり覚めてしまっている。
「変なことになって悪かったな。おい、俺らも戻るぞ」
「先戻ります、おやすみなさいっ」
私は二人を置いて走り出す。
当たり前だった。
『こんな奴、対象外にも程がある』と、あのクマさんから全否定された今の自分ほど惨めなものはなかった。