天体観測にて(1)
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「ごめんね。あれ、うちの伝統なんだよ。祝い事がある時はビールかけって決まりなの」
タオルで頭を乾かしながら大広間に行くと、慧さんはそう言って手を合わせてきた。
服は結局、寝る直前に着る気でいた高校時代のダサい緑色のジャージに着替えてある。
「伝統、ですか」
事情が分からず混乱していたのもあり、私は慧さんとこの時は普通に接することが出来ていた。
「そう、うちって変な伝統がいくつかあってね。入会を決めた人に対しての言葉もそう。同好会とはいえ結構歴史があってさ」
我らスターゲイザーの新たな仲間、とは古めかしい言い方だとは思ったが決まり文句らしい。
慧さんが入ってきた年の四年生が既にそう言っていたそうだ。
「伝統と言っても、増えたり減ったりしてるけど。でも、ビールかけはこれから楽しいと思うよ。今日は一方的だったけど、これからはお互いかけあうし」
面白い伝統だと思ったが、これからもあるらしく私はちょっと躊躇した。
かける方が楽しそうとは思ったが、あのノリで自分も他人と騒げるのだろうか。
「まだ怒ってる? お風呂入ってる間に望遠鏡の準備しといたから許してくれると嬉しいな。ほら、月がきれい」
窓の向こうの方を慧さんは指差す。手をついてガラスに少しもたれかけると、まあるい月の眩しい光が目に入ってきた。
振り返ると、慧さんは心配そうに私の顔を覗きこむように見ている。
「怒ってないです。ただちょっと今、考え事してて」
「分かった。俺に出来ることがあったら言ってね」
慧さんは私の頭に手を置く。
『慧さんとクマさんが〝できてる〟って本当ですか』とすぐにでも言ってしまいたかったが、失礼と受け取られても仕方がない質問だ。
「……ありがとうございます」と返すので精一杯だった。
やがて始まった天体観測は、望遠鏡をいくつか使って月のクレーターを見るようだった。
「日程の都合上仕方ないけど、今日は満月だから本当は観測に向かないんだよ。だけどせっかくだし、月の観測が一番初心者向きだから丁度いいかな」
私の横にいた慧さんはそう言って天体望遠鏡を覗かせてくれる。
最初はピントが合わなかったものの、ピントを合わす方法を教えてくれた。