入会式にて(2)
「お前、ほんと元気ないな」
ふと話しかけられて、ついクマさんの方を向く。
その横顔はハンドルを握りながらまっすぐ前を向いたままだったが、一瞬だけこちらに目を向けた。
そのままクマさんは何も言わなかった。
クマさんとだと無言の時間が苦ではなく、むしろ心地いい気がする。
けれども言葉では説明出来ない何かが働いているようで、さっきまで心地いいとか思っていたのに、途端にここから逃げ出したい気分にもなってしまう。
何も話さなくていいのなら、無理に避ける必要はないのに。
どうしてなのかは、分からない。
再び気まずくなってしまった時、車が信号で止まった。
すると、クマさんはおもむろにカーステレオに手を伸ばす。
入ったままのCDが回り始め、聞き覚えのあるメロディが流れてきた。
「あぁこの曲、『スターゲイザー』だ」
会話が止み、後ろの席にいた女の子が呟く。
それから、何年前の曲だとか何の番組に使われたかで車内は盛り上がった。
シングル曲の中でも、この曲は私も好きだった。
「そういえば、〝スターゲイザー〟ってどういう意味なのだろう。サークルの名前にもなってるけど……」
一年生の子がふと思い付いたように呟いた。
「〝星見る人〟──そのまんま俺たちのことだな」
運転席から聞こえたその声は、私にしか聞こえないくらい小さな声だった。
後部座席の二人はそもそも誰が歌っているのか分からないそうで、そのうち「一発屋だったんじゃないか」と二人は結論付けて、別の話題で盛り上がっていた。
いつもなら自分の拳を強く握るところだが、そうすることもせずにゆっくりとクマさんを見れた。
「その意味、知ってる人を見たのは初めてです」
クマさんは運転しながらただ頷く。
私は深く座り直し、イヤホンとは違って宙を漂いながら耳に届く歌声に意識を向けた。
音量は絞っていたが、息遣いが今にも聞こえてきそうだ。
その声が持つ独特の透明感に魅せられる。
その後もアルバム曲が続き、つい聴き入ってしまった。
「もうすぐ着くぞ」
気が付けば宿泊場所の近くにいるようだった。窓からは自然の緑色が大学周辺よりも目に付く。
「少しは元気になったみたいだな」
車が止まると、後ろの二人はすぐに降りた。
降りようとシートベルトを外していると、クマさんは私の方を見ながらそう言ってくれた。
「心配……ありがとうございます」
自分からそう言うなんて、思い込みのし過ぎかなと心配もしたが、「ん」とだけクマさんは言うと車から降りた。