サークル室にて(2)
つい聞き直してしまった。
自己紹介はいくつになっても苦手だ。
大勢の前にいるイメージで頭の中がいっぱいになるが、脳内でさえ噛んでしまう。
そんな私が一体何を話せばいいのか、思考を張り巡らせた。
「アリコちゃんって、伊藤さんたちのお気に入りだよね」
急に話しかけられて、驚きながらも近くの席に目を向けるとその顔に見覚えがあった。
今まで気付かなかったが、その人は初日に『いつものことだから気にしないでね』と声をかけてくれたあの女の先輩だった。
「そうだよねー。それもあって今までアリコちゃんに近付きにくかったけど、接してみると話しやすくて良かったよ」
会長さんまでもが頷きながらそう答えるのを見て、私の頭に疑問が過ぎる。
「あの、慧さんとクマさんがいると、どうして近付きにくいんですか?」
そう問いかけた途端に会長さんを始め、二年生の先輩方の表情が一瞬曇る。
だがすぐ平静を装うかのように会長が答えた。
「まあ……厳しい人たちだしね。大隈さんなんて、寡黙過ぎて俺たち何話していいか分からないし。伊藤さんは……ねぇ。触らぬ神に祟りなしってか」
クマさんが寡黙と言われるのは何となく分かるが、慧さんに関しては誰もが口を閉ざしているようだった。
一体、二人はどんな先輩として二年生に振舞っていたのだろうか。やはり想像出来ない。
「四歳も離れてるから大隈さんは尚更っていうか……」
横に座る女の人の言葉に、「え?」とつい口から漏れてしまった。会長さんが私の顔を見る。
「あれ、聞いてなかった? 大隈さんって三浪してるらしくて、今年で二十四歳なんだよ」
つまり、私と五歳差ということになる。
そんなに離れているとは思っておらず、驚きが隠せなかった。
知らなかったことや分からないことばかりを聞かされ、理解が遅い私の頭はパンクしそうだ。
「それに、あの二人ってできてるしね。間に入れないというか……アリコちゃんはすごいよ」
そんな会話が聞こえたが、先輩が言った〝できてる〟という言葉は私を更に混乱させた。
二人って……クマさんと慧さんが?
「どういう、意味ですか?」
私が怪訝そうに尋ねると、「伊藤さんは黙ってるけど……知ってた方がいいと思うから」と前置きしてから女の人がこう告げた。
「伊藤さんって、ああ見えても女性なの」
「え…………えーっ?!」
驚きのあまり、自然と声を上げてしまった。
確かに、思い返してみれば女性だと思い当たる部分も……いや、でもやっぱりすぐには信じられない。
もちろん二人からは何も告げられていなかった。
けれども、サークル室にいた誰もが一様に頷いているのを見ると嘘ではないようだ。
そんな大事なことをずっと隠されていたなんて、二人と仲良くなれたと思ってたのは自分だけだったのかもしれない。
そう思うと、その衝撃は隠しきれなかった。
その上、二人が付き合っているのに何も知らない私がその間に入るなんて、愚かにも程があるだろう。
そんなことを考えたまま俯いて黙っていると、会長や他の先輩方が私の顔を覗き込んできた。
私を見て、しまったと言いたそうな表情だ。
「やべぇ、このことは忘れて。な?」
慌ててそう告げた会長の言葉に一応頷いたが、心の中にしこりのような何かが引っかかる感触がしたのは確かだった。
忘れる方が無理だろう。
結局、当たり障りのない会話を二、三交わして私はサークル室を一人後にした。