新歓祭にて(1)
作者に天文知識は殆どないです。そのため、恋愛小説としてお読みいただけると幸いです。もちろんフィクションです。
また、編集上の都合により文頭下げをしておりません。
申し訳ないのですがご了承ください。
人ごみは苦手だ。
サークル棟は宣伝する上級生や入学したばかりの一年生で溢れかえっていて騒がしい。
その中を一人で歩いていると、私を知っている人がこの中に誰もいないのを思い知らされる。
すると、今度は世界中の誰もが私を知らない気がしてくる。
もちろんそれは錯覚だと分かってはいても、楽しげに会話をしながら歩く集団を見ると何だか眩しくて目を背けてしまうのだ。
顔に前髪がかかってただでさえ見づらいのに、俯きながら歩くのがいつの間にか癖になってしまっている。
こんな自分でも耳元で流れる音楽を聴くと、受け止めてもらえている気がしてくる。
だから一人でいる時は音楽プレーヤーが離せない。
今聴いている、とある男性ミュージシャンの声は音量を絞っていても耳に届いた。
入学して一週間が経つが、一人でいると言葉を外に出す必要がない。
そんな日々を重ねるうちにふと、自分の声がどんなものか思い出せないことに気付いた。
まだ住み慣れない部屋で恐る恐る出した声は少し掠れていて、まるで溜まった埃が喉にまとわりついているように出づらかった。
このままでは話し方まで忘れてしまう気がして、さすがに焦りを感じた私は何かしらのサークルに入るべく日曜日に行われる新歓祭を訪れていた。
しかし、喧騒をなるべく避けるように歩く私に声をかけてくる人はなかなかいない。
体育会系の勧誘からは逃げていたが、それ以外のサークルなら何だって良かった。
ふと文化系のサークルがビラを配っているのを見つけて少し近寄ってみるものの、貰う勇気が出ない。
そのうち相手は別の新入生を見つけて勧誘し始め、私に気付く様子もなかった。
そんな状況に溜息を吐く。
この場において、空気と私は同価値のようにさえ思えてきた時だった。
「ねぇ君、星に興味ない?」
その声はイヤホンを付けていてもよく聞こえ、外しながら声がした方を向く。
そこにいたのは手に看板を持った、茶髪で首筋が見えるほど髪が短い人だった。
身長は少し高めで、男性だろうが女性と言われても違和感がないくらい細身で肩幅が狭い。
緑のチェックのシャツと、それに合わせた黒いベストがその整った顔立ちによく似合っていた。
もちろん見覚えはない。
「星、ですか?」
ついじろじろと声の主を見てしまった以上、無視することも出来ずに言葉を返した。
「うん。うち、こういうサークルだから」
上級生らしきその人は、にこやかにプラカードを差す。
そこには夜空に浮かぶ黄色い星のイラストの横に『天文同好会』という文字と、『スターゲイザー』という聞き覚えのある言葉が書かれている。
さっきまで聴いていた、天文同好会のネーミングにはぴったりの曲のタイトルだ。
それに専門知識はないが、星を見るのは嫌いじゃない。
小さい頃に読んだ大好きな本の主人公のように、星を散りばめた空を一人で見ながら、『荘厳な静けさの中で聞こえてくる音楽』に思いを馳せたことは何度もある。
「興味、あります。と言ってもたまに空を見上げるくらいですけど」
他人の顔が直視出来ずに目を伏せながらそう答えたが、その人は嬉しそうに歯を見せながら笑った。
「じゃあ、決まりだね。サー室に案内するよ」