7 風呂と羞恥心
ご飯は見ためが豪華なだけではなく、とてもおいしかった。
夕食の後はお風呂に入ることにった。
ここで問題が発生した。
なんと三つ子だと思われる侍女たち3人が体を洗うと言ってきたのだ。
舞は当然のことながら断る……予定だった。
しかし断る前に服を脱がされて現在にいたる。
うそだろ……。
いくら同じ女だからと言ってもいきなり服を脱がすか!?
いや、あれはもう脱がすではなく剥ぐという言葉があっていると思う。
私は1人で入りたかったのだが…。
髪を洗われながらブツブツ言っていると体を洗っている侍女たちが言葉を返して来た。
「だって、ああしないとお従姉妹様は絶対に拒絶なさる可能性が高いってミシェナ様がおっしゃっていたのですわ。」
「それに主様は王太子妃様のお従姉妹さまですから、わたしたち侍女が体の隅々まで洗うのは当然で「ちょ、ちょっと待て、お従姉妹さまや主様ってないだろう!私はそんな呼び方が似合うような人物ではないぞ!!」」
お、お従姉妹さまだと!?
冗談じゃない。
確かに私は美羽の従姉妹だがお従姉妹さまという呼び方が似合うはずがないだろう。
なんだかお従姉妹さまって敬称の付け方がおかしい気もするし。
何を考えているんだ?
「えっ?ですが、王太子妃様の従姉妹の方ならばお従姉妹さまとお呼びするのが一番無難かと思ったのですが……。」
舞に言葉を遮られた子が答えた。
だが、舞には言っていることの意味が分かるようで分からなかったようだ。
「無難?どういう意味だ?」
「……もしかしたら知らないのかも。」
今まで一度もしゃべっていなかった子が他の2人に向かって言った。
その言葉で残りの2人も何かを悟ったようだ。
「そういわれてみれば、確かにそうかもしれませんね。」
「異世界の方だということを忘れていましたわ。」
ひとりだけ蚊帳の外って感じだな。
確信は持てないが、知らないやら異世界の人っていう単語からしてこの世界では名前で呼んではいけないのかもしれない。
だがミシェナは最初から名前で呼んでいなかったか?
やはり異世界の文化というのは難しいな。
などと考えていたら2人が体や髪を洗いながら説明をしてくれた。
舞の思考が別世界に行こうとしているのに気づいたようだ。
「ええっと、こちらの世界では貴族にも階級があることをご存知ですか?」
「ああ、一応知っている。」
「そうですの?でしたら話しは早いですわ。」
「ちょっ、アリー姉さま、この方はお従姉妹さまなんですよ!」
「だからどうしたというの?」
「もっと丁寧にゆっくりと話しを持っていかないとだめじゃない!」
「はっ?最初から階級の話に持っていったアニシアにそんなこと言われたくないわよ!!」
「何を言っているの?お従姉妹さまが敬称の事を知らないみたいだから、階級の話から持っていこうと思っただけじゃない!!」
ここまで言われると無知な自分が悪い気になってくるな。
まあ、そんなつもりで言っているのではないだろうが……。
それにしても王太子たちといいこの世界の兄弟というのは兄弟だけの世界に入りやすいのか?
仲が良さそうなのは結構だとは思うが、なんとも居心地が悪い。
しかし私の髪を洗っている少女もこの2人の姉妹だろうに落ち着いているのを見るとこれが普通なのだろう。
慣れるしかないか。
舞がそんな事を考えている内に少女は髪を洗い終えた。
そして、なにやら小瓶を手に持つと2人に向かって声をかけた。
「ねえ、おいとこさまが困ってる。」
それは大きな声ではなかったが、2人に聞こえたようだ。
2人が体を90度まげて謝ってきた。
「げっ!えっと、あのっ、申し訳ございません。」
「も、申し訳ございませんでしたわ。」
げっ!って随分とおもしろいな。
これが普段の彼女なのかもしれない。
しかし体をきっちり90度まげるってすごいだろう。
さすが王宮の侍女だ。
どこをどう突っ込むのが正解か分からず、舞は無難に返答をした。
「いや、そんなにあわてて謝らなくても大丈夫だぞ。口論を見ているのも面白かった。」
「えっ?あの、罰とかは?」
「はっ?いや、ただ2人が口論してただけで罰も何も無いだろう?」
「えっと、普通は仕える主の前で口論などをしたら首になります。」
「そうなのか?じゃあ、罪滅ぼしだと思って私の事は舞と呼んでくれ。名前も教えてくれると嬉しい。」
人前でお従姉妹さまとか呼ばれたくないしな。
出来れば敬語もやめて欲しいが、王宮では無理だろう。
「な、名前をまだ言っておりませんでしたか!?」
「あ、ああ。聞いてない。」
あまりの勢いに舞が驚きつつ答えた。
感情がころころ変わる少女を気にせずに、お嬢様口調の少女が冷静に自己紹介を始める。
「それは失礼しました。わたくしが長女のアリシアですわ。三つ子の中では一番年上ですわね。」
「えっと、わたしが真ん中でアニシアと申します。」
「アーシア。いちばん下。」
ふむ、お嬢様口調なのがアリシアで、感情がころころ変わるのがアニシア、一番おとなしいのがアーシアか。
そういえば、いろいろあって話しがずれてしまったな。
自己紹介を終え、舞をマッサージしている3人に舞は声をかけた。
「話しを最初に戻して、なぜ私の事をお従姉妹さまと呼んだのか教えて欲しいのだが、駄目か?」
「まったく問題はありませんわ。主様は皇太子妃様のお従姉妹さまですので、伯爵令嬢と同じくらいの地位をお持ちです。そして、わたくしたちは子爵令嬢ですので、主様よりも低い地位なのですわ。なので、許可もなくお名前をお呼びすることはできませんの。」
……、私はいつの間にか伯爵令嬢と同じような扱いを受けていたのか。
衣食住は困らないようにするとか言っていたが、かなり良い待遇を受けていたようだな。
まあ、この世界についてほとんど知らないわけだし下手に市民と同じとかだと大変だっただろうし。
今こうして侍女がついていろいろと教えてくれるのもこれのおかげだろう。
だが、アリシアたちは子爵令嬢だから私を名前で呼ばなかったのか。
ミシェナは最初から私を名前で呼んでたよな。
「もしかして、ミシェナは伯爵以上のご令嬢なんじゃないのか?」
「ええ、ミシェナ様は伯爵令嬢ですわ。」
「ということは私と同じぐらいの地位だろう?そんな人が私の侍女なんかをやっていていいのか?」
私に向かって敬語を使っていたから気がつかなかったが、同じ地位ということは私の侍女なんかをするような人物ではないだろう。
もっと偉い王族との侍女とかになるべき人だ。
仕えるのが私なんかで嫌じゃないのだろうか?
「ああ、その心配はいりませんわ。ミシェナ様は王妃様の不興ををかって女官から侍女に格下げになった方ですから、王族の方はどなたも自分の侍女にしたくないとお考えになられていましたもの。」
「えっ、そうなのか?」
あんなにかわいくて良い子なのに?
王妃様は一体何を不快に思ったのだろう。
「ええ、なんでも王妃様のなさろうとしたことを否定したそうですわね。」
「王妃様がしようとしたこと?」
「詳しくはわたくしたちにも分からないのですわ。その内容が噂になることも無かったですし……。」
「噂になることもなかった?それは意図的に隠そうとしたということか?」
「多分そうだと思いますわ。そのころは王位争いが水面下では起っていましたし。ミシェナ様はそれに口を出したのだという噂もありますわ。」
「その言い方だと王妃様も王太子派か第2王子派のどちらかに入っていたようだが、2人とも王妃様の子じゃないのか?」
「いえ、王妃様は第2王子のお母君です。それで王太子様は先の王妃様のお子ですの。」
「という事は、王妃様は第2王子派ということか。」
「そうですわ。さらには、今の王妃様の生家の方が先の王妃様の生家よりも力がありましたの。そして、現王妃様はとても野心家ですから戦争寸前まで王位争いが酷くなったのですわね。」
「王家って大変だな。」
王位争いの原因を教えてもらったところで、ちょうどマッサージが終わる。
舞はもう一度湯船に浸かり風呂からあがった。