5 舞の過去
この話は暗い話になっています。この話を読まなくても大丈夫だとは思うのですが、美羽と舞についてもっと深く知りたい場合は読んでいただきたいです。
う、う~ん。
舞が目を開けると、そこには叔母さんである美羽の母や私の両親、父の血縁者などがいた。
そして、彼らの視線の先には大きなケーキの向こうに座っている美羽がいる。
あれ?
美羽はこんなに幼くないはずなんだが……。
これは、どういうことだ?
そう、ケーキの向こうでうれしそうに座っている美羽は小学校の高学年から中学生ぐらいだった。
なんだか、だんだん気分が悪くなってきている気がするな。
なぜだろう?
それに、ここら先は見ない方がいいと本能がつげているようだ。
この後になにかあるのか?
いや、そんなことよりも、私はこの光景を知っているような気がしてならないのだが……。
そんなことを考えていたが、ふと見られている感じがして視線の主を探した。
それからほどなくして視線の主たちを見つけた。
それは40歳くらいの女たちだった。
皆が皆きれいな着物に身を包んでいる。
舞がそれを見ていたら女たちの声が耳に飛び込んできた。
『あれが、噂の子供ですってよ。』
『まあ、あれがそうですの?』
『確かにどちらの親にも似ていませんわ。』
『いくら不義の子とは言っても母親には似るのではなくって?』
『クスクス。本当にそうですわね。』
ああ、思い出した。
これは、美羽が12歳になるのを祝う誕生日会だ。
私は、この誕生日会で父の血縁者に嫌われていることを初めて実感したんだ。
それまでは父の血縁者といっても叔母さんと美羽しか知らなかった。
だからこそ、父の血縁者が私のことを嫌っているらしいと知ってはいても実感がなかった。
だが、初めて美羽の誕生日会に出たこの日、その認識が甘かったことを知った。
私は両親と引きはがされ、ひとりで嫌悪や侮蔑の視線と悪意のこもった声に耐えなければならなかったのだ。
この中で私を助けてくれるとしたら美羽ぐらいだろう。
しかし美羽はそんな私に気づかない。
いや、意図的に気がつかないふりをしているのだろう。
これだけのことが起っているのに気がつかないはずがない。
それなのに美羽は侮辱するような事を言っていたやつらと楽しそうにおしゃべりをしていた。
美羽の様子はまるで舞など存在しないというような感じである。
どうして私だけこんな目に逢わなければいけない?
そんなに私の顔はおかしいのか?
なんで美羽は私のことを悪く言う人たちと仲良く話しをしている?
あの時舞は自分の中からあふれてくるどす黒い感情を押さえられなかった。
そして美羽に対して強い憎しみや嫌悪感、嫉妬、哀しみなどを抱いたのだ。
それまではただ、かわいいと思っていたのに、美羽を前にすると舞の中から嫉妬や憎しみといった負の感情が表れるようになった。
八つ当たりだとわかっていてもやめることはできなかった。
だが舞の中から負の感情のみに押しつぶされることはなかった。
なぜなら舞は美羽のことを憎む対象にしきれなかったからだ。
舞は美羽と姉妹のように過ごした日々を忘れることができなかった。
だから舞は美羽のことを避けた。
これ以上美羽のことを嫌うのを無意識ながらも避けるために。
そして誕生日会の後1か月ぐらい、舞と美羽は口をきかなかった。
そんな1か月の沈黙を破ったのは美羽だった。
美羽のことを避けていた舞をつかまえて舞に謝ったのだ。
誕生日会の後に美羽はあの時はああする他なかったと両親から聞かされていた舞はその謝罪を受け入れた。
舞も分かってはいた。
あんな状態の自分を美羽が助けられるはずがないと。
両親でさえ味方になってくれなかったのだ。
両親は舞の様子よりも祖父の言うことの方に従うことも知っていた。
だが分かったとしても感情はどうにもならずみ美羽を責めた。
両親の場合は最初からもしもの時のことを言われていた上に、普段から舞の扱いに困っているように感じる事があったのでそこまで裏切られた感じはなかった。
しかし、両親よりも信じていた美羽にあんな態度をとられたのは衝撃的だった。
舞自身もこれは単なる自分勝手な思いだと思ってはいた。
そして美羽に対して負の感情を持つようになった舞を美羽は受け止めた。
美羽はすべて自分が悪いのだと言って舞の感情を受け入れたのだ。
そのおかげで美羽の誕生日会から1年たったころには舞と美羽の関係が表面上は戻った。
だが、舞の心の奥に負の感情はは今なお消えることなくくすぶっている。
そのために舞は今でも美羽に対して矛盾した気持ちを抱いている。
今でこそこの感情を常に抑えられるようにはなったが、美羽との間に決定的な壁が生まれたのも否定できない。
しかし、悪夢の誕生日会も舞にとっては悪い事だけではなく、舞が上手く悪意を持つ人物から心を守るすべを教えた。
これのおかげで舞はこの後も数回あったパーティで傷つく事はなかった。
それでもこの誕生日会で舞が負った傷は深く、舞にとって一番嫌な記憶となっている。
もう、いやだ。
これ以上見たくない……。
なんで今さらこんな夢を見なければならないんだ!!
もういいだろう。
ここは地球ではないのだから。
そんな中、誰かが舞のことを呼んでいる気がした。
すがる気持ちで舞が自分を呼ぶ声に意識を向けると、誕生日会の光景がだんだん遠ざかっていった。