過ぎ去った日 後編
その後、何度もアーシアはフェルディアの元へ向かった。
もらったペンダントのおかげで結界に邪魔されることもなく、フェルディアのいないときは一人でお茶を飲んでいる。
最近忙しいのかな……。
あまりここにフェルディアがいない。
寂しい。
ふと浮かんできた感情にアーシアは驚いた。
寂しい?
なんで?
アーシーには姉さまもいるし、寂しいことなんてないはずなのに。
フェルディアと会えないのはフェルディアが新しい魔王様の教育係だったから仕方のないこと。
なぜ、それを寂しいなんて……。
答えのない泥沼に思考が落ち入りかけた時、人の気配を感じてアーシアは顔を上げた。
「すまない。予想以上今回の粛清に手こずってな。流石は上級魔族といったところだった。」
「べつに……。アーシーは今来たとこだからいい。」
「今来た?こんなに冷え切っているのに?」
フェルディアの手がアーシアの頬を撫でる。
「むむ。」
誤魔化しようがないと知り、アーシアは眉を寄せる。
そんなアーシアの手を取りフェルディアは歩き出した。
その際にしっかりとテーブルや茶器を片付けるあたり、流石魔王様の教育係を務めていた魔族だと感じた。
手を引かれ連れていかれていったところは小さな別荘のような場所だった。
「ここは?」
「普段私が生活している場所だ。魔王宮の外にも家はあるが大きすぎてな。このくらいの方がいい。」
フェルディアが扉を開け、中に入る。
冷えていたとはいえまだ初冬なので暖炉に火をつけるまではいたらない。
「少しそこの椅子にでも座っていてくれ。温かい飲み物でも淹れてくる。」
「ありがと……。」
軽い嘘がばれた恥ずかしさでアーシアは視線をフェルディアから少し外し礼を言う。
フェルディアが口元を緩ませながら部屋を出て行ったのを見てアーシアは部屋の中を見回した。
豪華ではないけど、なんだか落ち着く。
アーシーの部屋もこんな感じにしてみようかな。
でも、使ってる家具が高いものが多いな……。
ぽやーっと視線を彷徨わせているとフェルディアが部屋に戻ってきた。
「とりあえずレモネードを作ってきたが、飲めるか?」
「うん、大丈夫。」
レモネードを受け取りアーシアは微笑んだ。
その笑みを見たフェルディアは何を思ったのかアーシアの頭をなでた。
「アーシア。すまないが、今後私が此処に来る回数はもっと減るだろう。だから……。」
「いや!アーシーはフェルディアがいなくてもここに来る!だからここにこないでとは言わないで。」
最初の勢いとは打って変わり語尾は震え声になった。
しかしそんなことにはかまってられず、アーシアは言葉をつづけた。
「フェルディアがあと少しで死んじゃうことも、最後の仕事として新しい魔王様の改革を邪魔する貴族の制圧をしてるのも知ってる。でも、アーシーはフェルディアに会いたいの。」
「……、そうか。それならば、この場所をアーシアにわたそう。私も今まで通りここで生活するがそれでも良ければこの土地の所有権を譲る。」
「この場所をくれるの?アーシーもフェルディアと一緒に住んでいいの?」
驚いて目を丸くしているとフェルディアに頭をなでられた。
「私のことはフェルでいい。長くて呼ぶのが面倒だろう。この場所の所有権をアーシアに譲ったら居候するのは私の方だ。アーシアが住みたければ此処に住めばいい。」
「うれしい。」
思わず微笑んでフェルディアを見上げるとフェルディアに抱きしめられた。
「そんなに私を魅了しないでくれ。せめて私があと100いや50若ければ……。」
ぼそぼそとつぶやかれた言葉がアーシアの耳に届くことはなかった。
この後アーシアとフェルディアは一緒に生活をするようになった。
しかし幸せは長くは続かず、革新に反対する過激派をあらかた粛清し終わったところでフェルディアは満足したといわんばかりに亡くなった。
死因は老衰であり、第一発見者はアーシアであった。
葬儀は冷たい雨の中行われ、フェルディアの身体は火に包まれ骨は立派な墓に入れられた。
「ねぇ、フェル。アーシーは幸せだったよ。ただ、なんでだろうね。涙がとまんないや。」
フェルディアの入った墓をなでながらアーシアはつぶやいた。
初めての別れと胸が締め付けられる思いにアーシアはしゃがみこんだ。
「フェル……。」
いっそのことフェルの後を追えば幸せになれるのかな。
……でも、フェルはそんなことをしても喜ばないと思う。
むしろ悲しそうなかおをするのが思い浮かぶ。
アーシアはフェルディアからもらったペンダントを握りしめ墓を見つめる。
墓は死ぬなとも生きろとも言わずに沈黙している。
なんでこんなに悲しいんだろう。
なんでこんなに涙が止まらないんだろう。
答えの出ない疑問を抱え墓の前でうずくまっていると、強烈な気配が近づいてくるのを感じた。
例えその存在により殺されるとしてもいいと思い、アーシアは顔も上げない。
しかしその気配の持ち主はアーシアを殺そうとはしなかった。
「お前がアーシアか?フェルディアの言っていた。」
「……。」
頷くこともせずに顔だけ上げるとそこには新しい魔王がいた。
魔王は言葉を返さないアーシアに対し不機嫌になることもなく淡々と言葉を紡ぐ。
「後を追って死んだところでフェルディアは喜ばない。あれはそういう男だ。好きだったものに後を追われたら恐らく悲しむだろうな。」
「すき……?」
一瞬魔王の言葉が理解できず、言葉を繰り返した。
好きっていうと伴侶に対して思う感情?
それともアーシーが姉さまたちに思うのと同じ好き?
フェルがアーシに?
そもそも好きってなに?
姉さまたちのことも好きだけどアーシーがフェル感じてたのとは全然違う。
フェルに対するアーシの思いってなに?
魔王に何を話してどう別れたのかもわからないままアーシアはフェルディアと最初にお茶をした場所に来ていた。
そこは花が咲き乱れ今が初春であることを教えている。
あぁ、アーシーはフェルが好きだったんだ……。
姉さまたちに感じる親愛じゃなくて伴侶に対する唯一無二の好きだったんだ。
幻想的な花園で思い至った答えにアーシアの目から再び涙がこぼれ落ちた。
もう伝えることはできない思いにただ、ただアーシアは涙した。
どれほどの間泣いていたかは分からないが、アーシアが姉さまたちのいるクロスディア家に帰ると姉さまたちは驚いたような顔をしながらも喜び、温かく出迎えてくれた。
防水の結界を張っていなかったためにずぶ濡れになっていたアーシアを抱きしめて。
姉さまたちに抱きしめられた瞬間世界が暗転した。
瞼を開けると見慣れた天井が映る。
体を起こすと目じりからは涙が零れているのが分かった。
「…………、ゆめ。」
アーシアはいつも首にかけているフェルのくれたペンダントを握りしめ、上を向いた。