過ぎ去った日 前編
サリーア様から依頼をいただいた番外編です。
番外編“侍女たちの集い”で出てきたアーシアの恋愛です。
アーシア視点となっています。
もうここに来るのは何回目だろう。
膝を抱え込んで座り、その膝に顔をあてながらアーシアはぼんやりと考える。
すると突然何者かの気配が出現した。
「なぜお前は此処に来るんだ?此処に入れない事はいくら小さいとはいえ分かるだろう?」
降ってきた男性の声は呆れを含んでいる。
アーシアはさらに顔を膝に押し付けた。
「うん。入るつもりはないから大丈夫。ただ、ここには誰も来ないから。」
「……避難場所として使っている訳か。」
「……。」
男はため息をつく。
しかしアーシアは依然として顔を上げない。
そんなアーシアを見て何を思ったのか、男はアーシアの頭を2回軽く叩いた。
「なに?」
男のとった行動が分からずにアーシアは顔を上げる。
すると背が高くて渋く精悍な顔立ちをした男が微笑んでいた。
「荒らさないなら結界の中に入るか?ちょうど息抜きをしに来たところだ。」
「……、うん。」
まさか男がこの結界の持ち主だとは思わなかったものの、何となく人恋しくてアーシアは頷く。
誰にも会いたくなかったはずなのに、この人の雰囲気は落ち着く。
この人はだれだろう。
すごく強い魂を持っている。
魔王宮に結界を張れるって事は上級魔族のはずだけど。
男に手を引かれ結界の中に入る。
結界に入った後は手を離したものの、アーシアはどこか目的地に向かって歩いている男の後についていった。
「ここら辺で良いか。」
独り言のようにそう呟いて立ち止まった男がその場に机や椅子を出し、お茶の準備を始めた。
アーシアがぼんやりと眺めていると、準備を終えて男が座るように手で示す。
それに従ってアーシアは椅子に腰かけた。
特に会話もなくただ2人で紅茶を飲む。
しかし空気が緊張する事はなく、どことなく安心感のある空気が流れる。
人の視線から逃げてきたのになんでお茶を飲んでいるんだろう。
それに結界を張れるだけの上級魔族ならアーシーのこと知ってるはずなのに何も聞いてこない。
なんでだろう。
そんな事を考えながら男の様子を窺った後で周りの景色を見てみると、見た事のない花が咲いていた。
「きれい。」
花弁の形から同じ種類だと分かる白や黄色、水色に薄紫の花にアーシアは感嘆をもらす。
男はそんなアーシアの様子に笑みを浮かべた。
「ああ、すごいだろう?これは此処にしか咲かない花だ。お前は運が良い。」
「そうなの?」
男に視線を移すと男は頷く。
「そうだ。この花は生命力が弱くてな。そのくせ蜜がとても良い薬になる。」
「そうなんだ。」
そこで会話が途切れてしまったが、再び穏やかな沈黙が場を支配する。
少しの間そうしていたと思ったら男が紅茶を飲みほしてしまったようでアーシアにももう一杯飲むかと聞いてきた。
元々は長居する気などなかったが、今の空気にもう少し浸っていたくてアーシアは頷いた。
その後も特になにを話すでもなく、ただ2人で向かい合ったまま紅茶を飲む。
「そろそろ帰ったらどうだ?暗くなってくるぞ。」
しばらくすると男が空を見てアーシアに話しかけてきた。
その様子にアーシアは頬を膨らませる。
「むぅ、アーシーはもう25歳だから夜出歩いていても平気。」
その様子を見て男が笑った。
「確かに25は大人だが、お前の言動を見ているともっと下に見える。」
「よく言われる。おじさんは結構年取ってるの?」
不躾なアーシアの問いかけに男は微笑んだ。
「もう結構な年だ。おじさんではなくおじいさんが正しいほどに。」
「見えない。」
「それは私が淫魔族だからだろう。淫魔族は人間でいう40代半ばくらいの容姿で死ぬからな。」
その言葉にアーシアは驚いた。
アーシアたち魔女族は齢をとるとヨボヨボの容姿になる。
だからそれが当り前だと思っていたのだ。
「じゃあ、おじさんはもうすぐ寿命?」
「ああ、もう873年生きている。」
上級魔族の筆頭に位置する族長の平均寿命が800歳だ。
それを思い出してアーシアは笑った。
「長生きなんだね。」
「魔力が多いおかげでな。」
男はそう言って苦笑した。
その様子にアーシアは首を傾げる。
「長生きはいいことじゃないの?」
「良い事も悪い事も多くある。例えば長く生きればその分友と死別する回数も増える。だが、さまざまな人と会う事ができる。おかげで魔王様の教育係もやらせてもらった。私としては良い人生だったと思っている。」
「そうなんだ。……、ねえ、長生きしているおじさんから見てアーシーはおかしい?」
アーシアは恐る恐る言葉を紡いだ。
男はそれを聞いて真剣な表情でアーシアを見る。
「お前は自分がおかしいと思うのか?私から見ればお前は普通の魔族だ。」
「ほんとうに?みんなアーシーのことさけるんだ。アーシーみたいに魂の色が見えるのはおかしいんでしょ?」
「避けるのは何かやましい事をしている奴だ。気にする必要はない。お前の周りにはそんな奴しかいないのか?」
「んん、ちがう。姉さまたちは一緒にいてくれる。」
首を振って否定するアーシアを見て男は微笑んだ。
「それなら周りがなんと言おうと気にしなければ良い。重要なのはお前自身が自分を否定しない事だ。お前はおかしくなんてない。安心しろ。」
「うん!」
男の言葉を聞いているうちに少し自信の出来たアーシアは満面の笑みを浮かべる。
男はぐしゃぐしゃにアーシアの頭を撫でた。
「元気になったか?それならもう帰れ。さっき言っていた姉が心配しているんじゃないか?」
「む。」
帰らなければいけないのは分かるが、もっと色々話しがしたくてアーシアは眉を寄せる。
それを見て男は声を立てて笑った。
「いつでも此処に来るが良い。私はもう族長の位を譲って暇だから大抵此処に居る。結界を通り抜けられるようにこれをやろう。」
男の手に現れた何かをとっさに受け取ると、それはペンダントだった。
「ありがとう。ねえ、おじさんはなんていう名前なの?アーシーはねアーシア・ティルシー・クロスディアだよ。」
「私か?私はフェルディア・モーリス・ガリオンだ。」
「ん、フェルディアって呼んでいい?」
「ああ、かまわない。」
微笑むフェルディアを見てアーシアは笑った。
「また来るね。」
クルリとフェルディアに背を向けてアーシアはそこから立ち去る。