2 白光とヴィルカイン王国
眩しくて閉じていた目を開けると、そこには舞の家の玄関ではなく中世ヨーロッパにありそうな広間のようなものがあった。
そして椅子に座った人々が舞と美羽を見下ろしている。
……、ここはどこだ?
私の家はこんな内装ではなかった気がするのだが……。
仮に私の家だとしても、あってはならないものがあるように見える。
もしかして、これがよく物語にある異世界トリップというやつなのだろうか?
だが美羽の好きなジャンルの異世界トリップなんて実際にあるとは思えないし、疲れていてドアを開けたら気を失うように眠ってしまったのかもしれない。
むしろそうであって欲しい。
よし、目を覚ますぞ私。
混乱して半分飛びかけた舞の意識を戻してくれたのは美羽だった。
美羽は舞の服をひっぱり、緊張した表情を舞に向ける。
「えっと、ま、舞?ここは舞の家じゃないよね?」
ナイスなタイミングだ、美羽。
おかげで助かったぞ。
美羽自身も今起こっている事が信じられないような表情を浮かべている。
そんな美羽に舞は心の中でお礼を言いながら質問に答えた。
「……多分というか殆どの確率で私の家ではないと思う。なにしろ家をリフォームした覚えはないし、家の中にこれほど大勢の人が入っているはずがない。」
「ってことは、まさか…。」
美羽は自分の好きな小説の始まりを思い出したようで、此処に来てからあまり良くなかった顔色がさらに悪くなる。
それから2人で顔を見合わせるとどちらからとなく後ろを振り返った。
しかし後ろに見覚えのある景色はない。
仕方なく前に向き直すと正面の高い位置に座る3人の男性うち一番若そうな少年が声をかけてくる。
「お前たちを呼んだのはヴィルカイン王国の第2王子であるこの私だ。まさか2人も召喚してしまうとは思ってもいなかったが、とりあえずお前たちのうちのどちらか1人が義兄上の正妃になって欲しい。」
は?
正妃になる?
というか、こいつのせいで私たちはここにいるのか?
それならこいつをぼこぼこにすれば元の世界に帰れるのだろうか。
できれば穏便にお話合いで帰してほしいが……。
いや、ドッキリのついでに一発ぐらい殴っても損はないかもしれない。
とりあえず帰れる帰れないも含めて今のうちに聞いて何かしらの情報を掴んでおいた方がいいだろう。
「すみませんが、突然過ぎて何がどうなっているのか分からないので何が起きているのかを教えて下さい。あと、ヴィルカイン王国とはどこにある国でしょうか?」
「はっ?ヴィルカイン王国を知らない?お前はどんな田舎に住んでいたんだ?」
舞の質問に驚いたのか静かだった室内はざわつき、第2王子よりも少し年上そうな青年が驚いたように聞いてきた。
もしかして、ヴィルカイン王国とは大きな国で普通の人は知っていて当然なのか?
もしそうだとすると、やはりここが地球である可能性はほぼゼロに近い。
まだタイムトリップの可能性もなくはないかもしれないが……。
眉を寄せてしまって問いに答えようとしない舞を不審に思った青年が再び口を開く。
「どうした?私はどこから来たのかと聞いているんだから早く答えろ。それとも答えられないのか?」
「いえ、そんな事はありません。私たちは日本という国に住んでいました。」
「ニホンという国?そんなものは聞いた事がないな。」
「では、アメリカや中国、イギリス、ドイツ、ポルトガル、ブラジル、タイ王国、ローマ帝国、エジプト、オスマン帝国、インドの中にご存知の国はありますか?」
「いや、そんな国は聞いたこともない。知っている者はいるか?」
ひとつも思い当たらなかったらしい青年は周りの人に問う。
しかし周りにも知ってい人が居ないようで、場がざわめいたものの問いかけに答える者はいなかった。
…………やはりここは地球じゃなさそうだな。
そしてタイムスリップをした可能性も低い。
そうなると、ここは異世界なのか。
さて、これからどうすればいいのだろうか?
第1王子の正妃とか言っていたが……。
認めたくない事実を目の前にして舞は頭を抱えたくなった。
ただ、この場にいるほかの者にとっても予想外だったようで、周りのざわめきは大きい。
そんな中で声を出したのは第2王子だった。
「……義兄上、もしかしたら異世界とやらから呼んでしまったのかもしれません。過去の文献でそういう事が一度あったと書いてありました。」
一度とはいえ私たちの他にも召喚された人がいるということか……。
そしてその人が異世界人であるという事を認めてもいるのか。
しかし一度……。
はたしてその人は自分のいた世界に帰れたのだろうか……?
なんだか地球に帰れる望みは薄い気がする。
舞が嫌な予想を立てていくうちにも王子たちの話は進んでいく。
「異世界?そんな物が本当に存在するのか?」
「はい。何しろその際に呼ばれた者はこの世界になさそうな知識を多く持っていたそうで。」
「たとえば?」
「えっと、有名なのは上下水道やトイレ、風呂などですかね。」
「そうだったのか。まあその者は異世界人だとしても、今回のも異世界人だという証拠はあるのか?」
「さきほどの女性が言った言葉の中にいくつか重なる物がありました。具体的に言うと、ニホン、アメリカ、イギリスがそうです。」
「そうか。私たちの知らない国の名前で3つも重なったという事は恐らくその前例と同じく異世界人だろうな。」
「はい。ただ、前の人物とは出身国が違うみたいですよ。」
「ほう。となると前回召喚した者には持っていなかった知識を持っている可能性があるという訳だな。」
「その可能性もありますね。前の人物はオランダ出身だそうで「お前たち、その話は後にして本題に入れ。余は次期王妃を見るためだけに此処に居るんだぞ!」」
なかなか本題に入ろうとせずに話し続ける王子2人に対し、しびれを切らした国王が王子らを怒鳴りつけた。
割り込んだその発言はあまりいいものではなかったが、2人の王子の話を中断させ舞たちの存在を思い出させることには成功した。
舞たちの存在を忘れて話し込んでいたのが気まずかったようで、ひとつせきばらいをして第1王子が話しかけてくる。
「すまなかった。私はこの国の王太子であるグランフィート=スヴェリエ=ヴィルカインだ。で、君たちに最初に話しかけたのが第2王子のマクシェン=ランベリーノ=ヴィルカインで、中央に座っているのは、国王のロヴェルク=サージャント=ヴィルカインである。まず、君たちの名前を教えて欲しい。」
名前が無駄に長い。
しかも舌をかみそうだな。
どの道名前を呼ぶと不敬罪にされそうだし、王太子殿下とか呼べばいいだろう。
というか第1王子が王太子だったんだな。
それならば、こちらの世界も長男が家督を継ぐ可能性が高い。
まぁ、どうでもいいがな。
「私は雨宮 舞です。ちなみに、名前が舞でファミリーネームが雨宮となっています。隣に立っているのは従姉妹の雨宮 美羽で、こちらもファミリーネームが雨宮です。」
「ほう、名前と家名が逆なのか。ちなみにサブネームは無いのか?」
「はい。私のいた国では存在しません。」
「そうなのか。この大陸ではサブネームが母親の家名となっている。これは覚えておいた方が良いぞ。」
そういえば、母親の家名がサブネームになる国が地球にもあった気がする。
どこだったかは覚えてないが。
いや、そんな事よりも本題がずれてないか?
いくらなんでも、さっきのように自分が怒られたくはない。
この王子は話を脇道に逸らすのが好きなのだろうか……。
「そうなのですか。わざわざ教えてくださってありがとうございます。ところで、私たちは王太子殿下の正妃となるためにここによばれたそうですが、詳しく教えていただけませんか?」
にっこりと笑って方向を正すと王太子も意図が分かったようだ。
「ああ、悪かった。それで正妃については特に深い意味もなく、言葉通りだ。」
「わかりました。ところで最初に第2王子殿下がおっしゃったように正妃になるのは1人だけなのですよね?」
「ああ、その通りだ。」
「そうですか。それなら美羽を王太子殿下の正妃にしていただけませんか?」
「へっ?私が?なんで?」
「……、自分じゃなくていいのか?王太子妃になれば楽に暮らせるぞ。」
舞の言葉に美羽と王太子が突っ込んでくる。
いや、楽にって。
すごくドロドロした戦いがありこうなんだが。
それになぁ。
「王太子殿下は先ほどからずっと美羽を見ておられますよね?美羽に興味がおありなのでは?それに私は王太子殿下の正妃などにむいておりませんので。」
「っ、ばれていたのか。それで、ミウは私の正妃となっても良いのか?」
「えっ!えっと、正妃という事は結婚するという意味ですよね?それなら、少し返事をするまでの時間をもらえませんか?」
さすがに男は顔と金だと言い張る美羽でも躊躇したようで慌てて提案する。
しかし国王はそれが気に入らないらしく思いっきり舞と美羽を睨みつけた。
「ならん。今ここで決めろ。マイとかいう奴は自分からその権利を放棄したのだから王太子妃になる権利はもう二度とやらん。後はお前だけだ。さっさと決めろ。こんな事に余の大切な時間を割いてやってるんだからな。」
ずいぶんとせっかちな。
なにか急がなければいけない理由でもあるのだろうか?
実は性格に難ありの王太子なのか?
それならさすがに美羽をまかせられない。
はやまったか……。
ん?
ちょっと待てよ。
そんなことよりも、もし美羽も王太子妃にならなかったら私たちはすぐ追い出されるか?
やばいな、はやまったかもしれない。
言葉は通じるがこの世界の常識とかなんて全く分からん。
今追い出されたら確実に死ぬ。
舞は困った表情で美羽を見た。