9 思いの辿り着く場所
頭の中がぐちゃぐちゃでどこを走っているのかも分からなかったが、気付いたらグランジュの居る森にいた。
舞のものすごく取り乱した様子にグランジュは驚く。
「何があった?」
何かを察してグランジュが穏やかに問いかけてくる。
そんなグランジュに言葉を返す事も出きず、舞はただグランジュに抱きついた。
グランジュは舞を振りはらったりせず好きなようにさせてくれる。
すると舞の口から言葉が零れ落ちた。
「グランジュの言っている事は正しかった。本当に私は魔王の事が好きだ。他の女性と口づけているのなんて見れられなかった。…………今さら気づくなんてな。」
自嘲の笑みを浮かべグランジュに顔をすりつける。
「それならば魔王に好きだと言えば良い。例えふられたとしても告白をすれば気持ちに決着がつくだろう。まあ、ふられる可能性はほとんどないと思うがな。」
「そうですね。きっぱりふられれば思い切りがつけやすそうです。」
思い切り抱きついたため乱れてしまったグランジュの毛並みを整えながら舞は笑った。
そんな舞に笑い返しグランジュは舞の後ろに声をかける。
「その様なところに隠れていないで出てきたらどうだ?盗み聞きは良くないと思うぞ。」
その言葉に驚き振り返ると、木の間から魔王が現れた。
まさか、聞かれた?
好きだといった言葉を?
このような形で知られたくなどなかったのに。
不安と動揺から視線をおとす舞に魔王は近づく。
「盗み聞きのような形でマイの思いを聞いてしまい、本当にすまなかった。本来なら私の方から告白するべきだったというのに。」
その次に続けようとした魔王の言葉を遮ったのはけたたましい鳥の鳴き声だった。
それは誰かからの伝言のようだ。
対象者が魔王であるため内容は分からないが重要なものらしい。
魔王は苛立ちつつも舞から腕を離す。
舞は魔王の言葉をあと一歩のところで聞き逃し残念に思ったが、仕事を頑張って欲しいという旨を伝えた。
しかし魔王は舞を連れて執務室に転移する。
そこで待っていたのは魔王に口づけていた女性と半魚人族長が両手両足を鎖で縛られ床に転がっている光景だった。
周りにはウィングベルトとシュドルクがいる。
いったい何が?
縛っている鎖も妙に鈍い光を放っているし。
意味が分からず舞は首を傾げた。
隣の魔王を様子をうかがっても難しい顔で縛られている2人を見ているだけだ。
そんな中で口を開いたのはウィングベルトだった。
「マイ様襲撃事件の主犯はこの2名です。実際に襲撃した人物は半魚人族長の屋敷で既に殺されていました。それに関してもこの2名がかかわっていると思われます。」
なっ!?
この2人が襲った犯人?
半魚人族長と女性はどういう関係があるのだろうか?
この女性は魔王と口づけをするような間柄だから私を襲うのは分かる。
だが半魚人族長は私の事を嫌っていたとはいえ普通は襲撃まで考えないはずだ。
分からない事が多くてこれ以上考えが進まない。
それに加えこの女性の事を考えていると魔王との口づけのシーンが頭に浮かび、ムカムカする。
舞は頭を抱えたくなったが人前なのでそれも出来ない。
複雑な表情を浮かべる舞を一度見てから魔王が口を開いた。
「この魔王宮で殺生を行おうとした罪でこの2名は死罪とする。」
「死罪?」
あまりの重い刑罰に舞は目を見開く。
しかしウィングベルトとシュドルクは当然といった様子だ。
「魔王宮で殺生を行おうとした場合は死罪と法で決まっている。それに有名な話だ。襲われてやり返した場合は無罪だがこの魔王宮内で他者を傷つけたり殺したりすると魔王宮外よりも重い刑罰が科せられる。」
日本人的感覚ではついていけないが、ここには西の魔国で重役についている人が多く居るから仕方がないのかもしれない。
この世界では身分がかなり重要視されているし。
むしろ魔王宮内と魔王宮外でしか分けていないというこの国はかなり差別のない国だろう。
何とも言えない気分になったが、この国にはこの国のルールがあるので舞は何も言わずただ頷いた。
それを見てウィングベルトとシュドルクが2人を連れて執務室から出て行く。
私を殺そうとしただけで死罪か。
そこまでの価値が私にあるのだろうか。
まあ、この魔王宮内では下級魔族を殺そうとしても死罪だが……。
なんとなく受け入れがたくてぐるぐる考えていると、突然頭を撫でられる。
「お前は魔王妃候補だ。もし他国で王妃候補を殺そうとすれば拷問の上死罪となる。その親族も同罪だ。それに比べればこの国の法は優しすぎる。魔王宮外では誰を殺害しようとしてもその人物の身分剥奪の上国外追放になるだけだ。それに親族に罰はあたえられない。」
「優しい、ですか。」
確かにそうかもしれない。
この世界において王が殺されるというのは国が狂うのと同じ事だ。
それにもかかわらずこの国では下級魔族を襲うのと同じ罪にしかならない。
平等と言えば平等だが果たしてそれが正しいのだろうか?
日本は王のいないすべてが民であったから平等なのが正しかった。
だが、この国には身分がある。
それも悪い形ではなく、生まれつきの本能から出来るものだ。
上級魔族は自分のやりたい事をやっているように見えて下級魔族からの要望などがあれば応えようとする。
戦争などが起れば前線に立って戦うのは戦闘に特化した上級魔族だ。
きつい法だと思っていたのがいつの間にか覆ってしまった事に少し驚きつつも魔王を見た。
すると魔王は口角を上げる。
「魔族の場合法が必要になる確立が少ない。基本他者や権力、金などに関心がないため問題がそこまで起らない。もし自分より高位の魔族を襲ったら襲った者が逆にやられるだけだ。法が必要になるのは弱者が襲われた時と裏で何かを企んでいた時くらいだ。やりたい事が重なった時などは大抵決闘で決まるしな。」
「そうですね。まず欲望に関しても人間の抱くものとは大きく違いますしね。」
魔族の考え方などを思い出して舞はクスリと笑った。
「ですがあの女性を罰してしまって良かったのですか?魔王様にとって大事な方なのでは?」
悲鳴を上げる心を押し殺して問う。
すると魔王は嫌そうな顔をした。
「あの女と私には何の関係もない。あの口づけはあの女が隙をついてしてきただけだ。」
「隙、ですか。」
魔王が隙を作るというのが想像できず首を傾げる。
それを見て魔王は慌てて言葉を足す。
「隙は転移後すぐであったために出来たものだ。あの女に気を許してとかという訳ではない。」
普段の魔王からかけ離れた慌て方に舞が不審な目をすると、魔王は頭を振った。
「私が好きなのはあの女じゃない。信じてくれ。」
なんとなく落ち込んだ様子の魔王はいつもの威厳ある姿とは違いかわいらしい。
いつの間にか舞の口元は緩んでいた。
「別に魔王様が気になさっていないのなら、私としてはかまいません。」
「そうか?」
様子を窺うように聞いてきた魔王にばれてしまった自分の気持ちを含めて言葉を返す。
「ええ、ただあの女性に嫉妬はしますけど。」
その言葉を聞いて魔王は目を見開く。
しかしそれは一瞬の事で次の瞬間には魔王に抱きしめられていた。
「それは嬉しい事だな。それほどの愛情を向けられているとは。」
魔王の喜びが密着している舞にも伝わってくる。
魔王はいったん言葉を区切り舞を抱きしめる力を強めた。
「愛してる、舞。初めて舞の部屋に行った夜から。」
今まで聞いた事もないような甘い声で魔王にそう言われ、舞は限界まで目を見開く。
「まさか、そんな。」
驚きそれしか言えない舞に魔王はさらに言葉を続ける。
「名前で呼んでくれないか?それと直接舞の言葉を聞きたい。」
耳元で囁かれ、舞の顔は真っ赤になった。
しかし、覚悟を決めて口を開く。
「愛している、ジェラルド。いつからかは分からないが。」
どちらからともなく口づけを交わす2人を夕日が温かく包み込んだ。
彼らの行く末に幸が有らん事を
最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。
完結まで書ききる事が出来たのは皆さんが読んで下さったおかげです。
途中長期にわたり更新をしていなかった事がありましたが、それでも見捨てないでくださった皆様に感謝です。
本当にありがとうございました。
今後“どちらが王妃?”に関して番外編は書くつもりです。
もしこういった話しが読みたいという要望がございましたらお知らせください。
出来そうならば要望にそう形で番外編を書かせていただきます。
お名前を前書きに書かせていただきますが、匿名希望の場合はその旨をお伝えくだされば匿名希望様からのご依頼と書かせていただきます。