8 怒涛の日々から現在
魔王視点です。
誰かの気配がしたのでその方向を見ると、ここ1か月ほどで見慣れた人物の後姿が見えた。
なっ!?
見られた?
このような姿を。
先ほど魔王妃候補に見られた事もものともせず、いやむしろ見られた事に対し誇らしげに女はのしかかってくる。
そんな不快な女を払い除け、マイを追いかけた。
見失ってしまったマイの残留魔力を辿りながら私はここ数日の怒涛の日々を思い浮かべ遠い目をする。
事の始まりはローラントが会議中に出現した事だった気がする。
本当にあいつは厄介事しか運んで来ない。
とはいえ知らなければ重大な出来事につながっていただろうから非常に大切な情報ではあったが……。
会議を中断した後ローラントは西の魔王宮をふらふらし、夜になると酒を片手に紙の束を渡してきた。
「俺の兄である東の魔王太子を筆頭に西の魔国との開戦を望む奴らが出て来たよ。詳しい内容はその紙を見てね。開戦派の人の名前とかも載ってると思うし。」
「なぜそのような重大な事をすぐに言わなかった?あのように出歩いて。」
ローラントの能天気さに苛立ちが生じ睨みつける。
しかしローラントはヘラヘラ笑ったままだ。
「え~、だって魔王妃候補殿に会ってみたかったんだもん。ジェラルドが伴侶見つけるなんてビックリだし。もう会いに行くしか選択肢はないよね。」
こいつの優先順位ではマイに会う事の方が戦争より重要なのか。
本当に王族としての自覚が欠けているとしか思えない。
いや、違うな。
こいつはただ単に自分の欲望に忠実なだけだろう。
典型的な魔族だ。
まったく魔族ほど政治が向かない種族はない。
魔力量が多ければ多いほど高い位だというのに魔力量が多い奴ほど欲望に忠実な奴が増える。
頭の痛い話だ。
どうしようもない思いをため息に乗せて吐き出してから影を呼ぶ。
するとすぐにシュドルクが現れる。
「いや、お前ではなく別の諜報部がいい。この部屋に数名いるだろう?」
ただ宰相を呼びに行くだけなのにわざわざ吸血鬼族長を使う必要はない。
むしろシュドルクには今もらったこの書類の方を読んでもらいたい。
そういった意思を乗せ、ようやく別の吸血鬼族が出てきた。
出てきた吸血鬼族はその場に膝をつき命令を待っている。
それに宰相を呼んで来るように言い、読み終わった書類をシュドルクに渡す。
シュドルクが書類を読み終わった頃ようやくウィングベルトが現れた。
ウィングベルトに書類を渡し、3人でこれから打つ手を考える。
ローラントに話を聞いたところ、東の魔王は戦争について何も考えていないようだ。
それならば危険はあるものの東の魔王と直接会って話をした方が良い。
訪問について書いた書類を即座に制作し、東の魔国行と通じる魔法陣に乗せて送る。
するとすぐに滞在許可が出たので私とシュドルクとローラントは東の魔国に転移した。
ローラントは嫌がったが、重要な人物なので無理やり連れて行く。
2日半ほどで東の魔王と話しをつけ、戦争はしないという結果になった。
東の魔王はローラントと同じで戦争を面倒だと感じたらしい。
多少安堵し、西の魔国に戻るとマイが何者かに襲われたとウィングベルトに教えられた。
襲われた!?
まさか、そんな事が……。
マイは怪我などしてないだろうか?
一瞬にして頭の中が心配と驚き不安で覆い尽くされる。
慌てる気持ちを抑えつけマイの部屋に転移した。
しかしそこにマイは居ない。
っ、部屋を移したのか。
では、今どこに……。
もどかしい思いを抱きながらマイの魔力の位置を探る。
すると、魔王の宮の中の1つ上の階に居る事が分かった。
ホッとため息をつきマイのいつ部屋に転移する。
そこではマイが夕日に当たっても青白いほどに血の気のない顔をして寝ていた。
しかし大きな怪我はしていないようである。
その事に安堵しつつマイの頭を撫でていた時、目の前にシュドルクが現れた。
何やら言いたい事があるらしい。
それにひとつ頷き、執務室に転移する。
執務室につくと同時に頭を垂れるドラゴン族長と人狼族長が視界に入った。
そこにシュドルクも加わり3人で頭を下げる。
「このたび魔王妃候補様に対する襲撃を許してしまい、誠に申し訳ありませんでした。つきましていかなる処罰でも謹んでお受けしたいと思います。」
3人を代表してシュドルクが口を開いた。
しかし、シュドルクの述べた事柄の中に知りたい情報はない。
己から冷たい空気が流れ出るのに気づきつつも無視をし、冷たい視線を3人に向ける。
「謝罪は後で良い。それよりも犯人についての情報は何もないのか?シュドルクは私と共に東の魔国へ行っていたため知らなくてもおかしくないが、ヴェルシアとアルメニアは現状を報告するべきだ。謝罪ならいつでも出来る。」
苛立ちのあまり一切感情を含まない声が出た。
それを向けられたヴェルシアとアルメニアの肩がビクッと跳ねる。
いち早く怯えを押さえこんだアルメニアが口を開いた。
「現状において分かっている事はほとんどありません。判明しているのは襲った者の1人が魔力を持たない人間である事と首謀者が上級魔族であるという事のみです。申し訳ありません。」
「っ。」
気を抜けば口から零れ落ちてしまいそうな罵詈雑言を堪え、魔王宮内での警備の強化と引き続きの犯人捜査の指示を出す。
3人が執務室から去った後直ぐにマイの部屋で魔法が使われた痕跡がないか調べる。
やはりマイしか魔法を使用してないか。
下手に大きな魔法を使ったり、軍の訓練以外で魔法を使い他人を傷つけようとすれば結界に引っ掛かっているはずだしな。
だが、これで手掛かりになりそうなものが全くないという事が判明した訳か。
これ以上この件でやれる事もなく、もどかしい思いを抱きつつソファーに深く腰掛けた。
ああ、軍といえば東の魔国にもし動きがあればすぐ動けるようにしておかなければならないな。
一応東の魔王と戦争をしない方向で話しはまとまったが、本当に戦争が回避できたか分からない。
マイの事を優先したいのにそれも出来ない状況に苛立ちながらもこれからの軍の配置や整備、東の魔国に送る諜報部の人数などを考えていく。
後はシュドルクとヴェルシア、アルメニア、サザードらと話しを詰めれば良いという所まで終え、紙に書き始める。
その時、扉がノックされ、シュドルクが入って来た。
「先ほどマイ様がお目覚めになりました。幸いお怪我もないようです。そこで新たに分かった事は襲撃者が2人であったという事、そしてマイ様が逃がしてしまった方の目の色が銀色であるという事と2人とも魔法や魔術を使用しなかったという事です。」
「マイが逃がした?どういう事だ?」
アルメニアが告げた中に含まれていなかった情報に眉をよせる。
私が知らないとは思ってもいなかったようでシュドルクは軽く目を見開いた。
「報告に不備があったようで申し訳ありません。マイ様は襲撃者の1人を魔法で倒しています。この際に使用したのは風の魔法だったようです。」
「倒していた?という事は結界に不備が……?」
予想外の出来事に慌てて魔王宮全体を囲っている結界を調べる。
しかし変な点はない。
おかしい。
なぜ結界に引っ掛からない?
魔法を用いて誰を殺害すればその者を結界が取り囲みその場から動けなくするはずだ。
困惑していると思わぬところから助言が出た。
「襲撃者が2人とも魔力無しだったんじゃない?それなら引っ掛からなくてもおかしくないよね。」
東の魔国で東の魔王に引き渡したはずの人物が声と同時に現れる。
「らしくないよ、ジェラルド。透視や盗聴防止の結界を張り忘れてたでしょ。まあ、俺以外に盗聴してたやつはいなかったけど。」
「…。」
いつもとは逆転した立場にニヤニヤしながらローラントが話す。
しかし何も反応しない私の様子を見て拗ねたように頬を膨らました。
「ひっど。まさかの無視?親切心から教えてやったのに。」
「そうだな、助かった。」
そのまま無視するのは流石に悪いと思い返事をする。
するとローラントは予想していなかった出来事に目を見開いたまま固まった。
それを無視し、マイについての報告の続きを聞く。
それも終わったところでシュドルクにヴェルシアとアルメニアとサザードを呼んでくるように頼んだ。
3人が来るまでの間に命じておいた王宮の警備がどのように強化されるか予想をたてる。
しかしチラチラ視界に入る石化したローラントがうっとおしかったので東の魔王宮に送り届けた。
そうこうしている内に3人が現れたので東の魔国との出来事や魔王宮の警備についてシュドルクも含めて話し合いを始める。
ようやく話がまとまったのは翌日の夜だった。
疲れてはいたがマイの様子が気になりマイの居る部屋を探し、転移する。
マイの顔色は依然として良くないが、前に見た時より少し良くなっているようだ。
その事に安心しつつ寝顔を見ているとウィングベルトが現れた。
まったく、どうしてマイに会う時間がないんだ。
本当に一目見て終わりじゃないか。
少し苛立ちつつも執務室に再び戻る。
「お疲れのところ申し訳ありません。我こそは魔王様に相応しいと豪語する馬鹿が現れたのですが、どう対処するべきでしょうか?」
「放っておけ。」
宰相であるウィングベルトが現れたからには重大な事が起ったのではないかと予想していた自分が愚かに思えるほどのくだらない内容に苛立ちが増す。
この発言を後に後悔する事になるのだが、この時は気にも留めていなかった。
その後ウィングベルトと入れ替わるようにローラントが現れ、東の魔国に連れて行かれた。
そこで行われた魔王太子らが捕縛されるのを見届け、西の魔国に戻れたのは次の日の昼ごろだ。
私に見せる必要性の分からない捕縛劇に加え、連れて来た本人であるローラントが途中で姿を消した事に苛立ちながら西の魔王宮に転移して庭に着いたところ、突然女が現れ口づけられた。
この怒涛のような日々からマイに見られるまでを思い出したところでようやくマイに追いついた。