3 不安と発散
その夜魔王は部屋にやって来なかった。
まあ、友人であるローラントとお酒でも飲んでいるんだろうとその時は気にも止めなかった。
しかし次の日もそのまた次の日も魔王は部屋にやって来ない。
ようやく転移が出来るようになった魔法の練習も3日間連続でお休みだ。
今まで毎日のように来ていたのに何かあったのだろうか?
ミシェナたちは仕事が忙しいと言ってるが……。
何となく落ち着かず部屋をうろうろしているとミシェナが心配そうな目で見て来た。
「魔王様なら大丈夫です。別に好きな人が出来た訳ではありませんから。」
「いや、魔王様が誰を好きになろうと私には関係ないだろう。確かに魔王妃候補ではあるが、候補はあくまでも候補なのだから。」
うん。
別に魔王が来ないからと言って問題がある訳じゃない。
何でこんなにモヤモヤしてるんだ?
意味が分からん。
魔王だって良い年した男なんだから誰かに惚れたりするのだっておかしくないだろう。
立ち止まったまま思考を巡らせる。
ふと目を庭に向けると大輪の銀色の花一輪とこれまた大輪の紅い花が一輪仲良く並んで咲いているのが視界に入った。
何となくそれが不快に感じ、ため息をひとつつく。
「ミシェナ、少し探索してくる。」
ミシェナは一瞬何か言いたげな表情をしたが、何も言わずに頷いた。
それを見て舞は魔王の宮から出てぶらぶら庭を歩く。
身長を超えるほどの高さがある生垣のところどころに咲いているこの花は何という種類なのだろうか。
淡めの色で小さいが生垣の緑に引き立てられていてとてもきれいだ。
香りもないし、小さいから使い道はないだろうが。
部屋での不快な気分が一気に晴れて、舞の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
足取りも軽く辺りを見ながら歩いていくと生垣の向こうから声が聞こえてくる。
「…おか……わ!魔王様はあんな女を魔王妃にしようとするのかしら。わたくしの方が絶対に相応しいのに。」
「御安心ください。お嬢様の方が魔王妃に相応しいのは皆存じ上げている事です。」
「そうよね。魔王様も今血迷っておられるだけですぐに正気に戻られるわね。そうしたら、やっぱりわたくしが魔王妃になるに決まっているわ。」
「ええ、魔王妃になりたがっておられた他の方々は魔王妃候補様がその地位に立ってすぐに諦めてしまわれましたからお嬢様に敵はおりませんわ。」
「まったく、そんなに軽い思いなら最初から下手な野心を抱かなければ良かったのに。恥さらしも良いところだわ。そんな態度だから魔王妃候補が調子に乗るのよ。ついこの前の会議にまで参加するなんてどこまで常識のない人なのかしら。」
「お嬢様のおっしゃる通りです。族長以外がああいった会議に出席するのは初めての事だとか。」
「はぁ、やっぱりあんな女相応しくないわ。たし……かおは………。」
これは私が居る事に気づかずに言った事なのだろうか?
それとも聞かせるために?
どちらにせよ気分が悪いな。
遠ざかっていった声に眉を寄せる。
とは言え私の悪口を言っていた女は上級魔族で上の中以上のはずだから気をつけておいた方が良いだろう。
下手な事をされたら面倒だ。
舞は急激に害された気分のままなんとなく修練場へと転移した。
そこでは今ドラゴン族が剣の鍛錬をしているようだ。
剣を打ち合わせる音が響いている。
剣か……。
使っているところを見る事なんて今までなかったな。
かっこいいとは思うが大変そうだ。
使えるようになるまでどれくらいかかるのだろうか。
ぼんやりと眺めているとドラゴン族長であるヴェルシアが近寄ってきた。
「このような所までお越しとは何か御座いましたか?」
「いや、特に何もないがなんとなく来てみた。迷惑だろうか?」
「迷惑ではございませんが、見ていて楽しい物でもないかと。」
ちらりと練習風景を眺めてヴェルシアが言う。
「そうか?初めて見たからかそれなりに面白いぞ。」
「そういえばマイ様のおられた国では剣が使われていなかったのですね。やってみますか?」
「邪魔にならないか?本当に初心者だぞ?」
心配そうに首を傾げるとヴェルシアが笑った。
「誰でも最初は初心者です。それに修練場は広いので問題ありません。」
これも一種の挑戦か。
こちらの世界は日本と違って物騒だし身を守る手段は多い方が良いかもしれない。
少しでも使い方が分かればもしもの時に役立つかもしれないし。
それに体を動かすのはストレス発散に丁度良いだろう。
この何となく不快な気分が晴れるかもしれない。
「よろしく頼む。」
舞が微笑むとヴェルシアも微笑み返してきた。
「では、これをお使い下さい。」
差し出された模擬剣を受け取りヴェルシアについていく。
少し開いている場所につくとヴェルシアは2,3回素振りをした。
「まずは剣を握ってみてください。」
そう言われてヴェルシアを見習いながら握ってみる。
「とりあえず握り方に目立った問題はなさそうなので振ってみて下さい。」
言葉通りに振ろうと剣を上げると剣が手から離れて飛んで行った。
「「……。」」
人が居ない所に落ちたのは幸いだが、あまりの下手さに声が出ない。
何であんな方向に飛んで行くんだ?
握力の問題か?
しっかり握っていたはずなのに。
いくら初心者といえども酷過ぎる。
ヴェルシアの方を見るとヴェルシアは困惑した顔をして何かを考えているようだ。
少しして舞の視線に気づくとどこからか模擬剣を取り出す。
「えっと、もう一回振ってみていただけませんか?」
舞が無言でもう一度剣を振り上げると今度は別の方向に飛んで行った。
「げっ!危ない!」
剣が飛んで行った先には打ち合いをしている人がいた。
しかし、その人物は上から降ってきた剣を結界で弾き飛ばし何もなかったように続行する。
「すごいな。」
思わず感嘆の声が漏れた。
「この程度の事が出来なければ実戦では一切役に立ちませんので。」
ヴェルシアはさも当然だと言うが微かに誇らしげだ。
それを見て舞はクスリと笑った。
しかしヴェルシアは舞に向き直ると眉をしかめた。
「申し訳ありませんが、マイ様には剣の才能が相当ないと思われます。上達するのにどれくらいかかるか分かりませんが、剣の練習をなさいますか?」
「いや、剣は諦めるよ。」
あれでは上手くなる見込みもなさそうだ。
逆にあそこまでいくと才能だろう。
なぜ飛んで行く。
余程私の事が嫌いなのだろうか?
ここ数日でくせになったため息を吐くとヴェルシアがナイフを渡してきた。
「これは?」
「あまりにもきれいに剣が飛ぶので、もしかしたらナイフ投げの方が向いているのかもしれません。」
それは関係ないだろうと思いつつも近くにあった的に向けて投げてみる。
すると真ん中に近い場所に当たった。
お、当たった?
そう言えば日本に居たころはダーツが得意だったな。
少しは関係があるのだろうか?
考えつつもヴェルシアが渡してくれるナイフを次から次へと投げる。
すると、すべてが的に当たった。
「どうやらナイフ投げは素晴らしい腕前のようですね。ここより少し後ろから投げてみてはいかがでしょうか?」
そう提案されたがまずはすべてを真ん中に当てる練習をする。
何度か繰り返すと、的からあまり離れていなかったおかげかほとんどすべて真ん中に当たるようになった。
今度は少しずつ的から離れて行きながら投げる、
夢中になってナイフを投げていると、いつの間にか夕方になっていた。
そろそろ部屋に戻るか。
昼食を食べてそう時間が立たないうちに外へ出たから結構時間がっ立っている。
一応居場所の把握は出来ているだろうからあまり心配されてはいないだろうが。
ヴェルシアにお礼を言って分かれる。
どうやらドラゴン族はもう少し鍛錬をするらしい。
少し夢中になり過ぎたな。
腕が重い。
筋肉痛になりそうだ。
とは言え15メートルほど離れた場所からナイフを投げて2回に1回真ん中に当たるのはかなりの好成績じゃないだろうか。
今日初めてやったのだし。
ナイフ投げの成果に嬉しくなりながら部屋に転移すると、心配そうな顔をしたミシェナに怒られた。
さすがに少し探索すると言って5時間近く戻らないのはまずかったようだ。