6 舞と魔王とクマのぬいぐるみ
舞はアリシアたちがお茶会の後片付けを終えた後、ひとりにしてもらった。
そして暗い表情でベットに腰を下ろす。
すると舞の腰に何かが当たった。
舞がそれを掴み顔の前に持ってくると、それは大きなクマのぬいぐるみだった。
「……、く、ま?」
しばらく誰も使っていなかったはずの部屋にあるとは思えないようなそのぬいぐるみを抱きかかえると舞はポツリとこぼした。
「ヴィルカイン王国に召喚されて少しした時点で日本に帰れないとは思っていたんだ。だが、魔族からもそう言われるのはつらいものだな……。」
そう言って舞はクマのぬいぐるみの頭に額をつけた。
独り言とはいえ一度言い始めると止まらなくなってしまい言葉を続けていく。
「だいたい勝手に召喚しといて帰す事は出来ないなんておかしいだろうが。魔族なら出来るかと思ったが、やはり無理なのか。それとも嘘を言っているのだろうか……。まあ、帰れたところで母様も父様は喜ばないだろうな。寧ろいなくなった事に喜んでるかもしれない。DNA検査の結果親子だと分かったがそのせいでさらに困っていたし。なにしろ血が繋がっていると分かっても親族から私に対する風当たりは強かったから。」
舞は目を閉じてクマのぬいぐるみをきつく抱きしめる。
すると上から声が降ってきた。
「なぜ血のつながりがあると知ってもお前の親族は態度を変えなかったんだ? 人間とは血筋にこだわり、家族は大切にするんだろう?」
舞が声に反応して顔を上げると、魔王がいた。
舞は無神経な事を言う魔王を睨み付けながら口を開く。
「確かに人間は親族に対して愛情を持つ事が多いでしょう。ですが、どんな事にも例外があるんです。」
「ふむ、そうなのか。私は魔の大陸から出た事が無いから分からなかった。傷つけたようですまない。」
「……、別に構いません。」
舞がそう言って俯くと、突然何かが舞を覆った。
驚いて視線を上げると魔王が舞をクマのぬいぐるみごと抱きしめている。
「なっ、なっ?」
な、しか言えなくなっている舞の様子を気にもせず魔王は腕に力を込める。
そして頭上から囁いた。
「泣くな。お前が泣く必要は無い。」
「泣く?私は泣いてなんか……。」
舞は手で目元を触ろうとしたが、魔王に抱きしめられているため手が動かせない。
そこではたと舞は我に返った。
「は、離して下さい。何で魔王様が私を抱きしめているんですか!?」
その場の空気に流されそうになっていた舞が我に返ってもがくが魔王の腕は外れる気配がない。
とはいえ魔王もなぜそうしたのか分かっていないようだ。
「なぜ、なぜだろうな?自然とこうなった。」
「……、そうですか。では腕を外していただけませんか?この態勢は少し苦しいので。」
「分かった。」
魔王が腕をようやく離したので、寝室にある椅子に舞と魔王が向かい合う形で座った。
相変わらず舞はクマのぬいぐるみを膝に乗せて。
それを見た魔王が舞に微笑んだ。
「そのぬいぐるみは気に入ったのか? 膝の上に絶えず置いておくほど。」
言われるまでぬいぐるみを持っていることすら忘れていた舞は焦ってベットへぬいぐるみを置きに行こうとする。
しかし魔王はそれ手で制した。
「別に置きに行かなくていい。気に入ったようで良かった。」
「あ、う、このぬいぐるみは魔王様が下さったのですか。とても嬉しいです。ありがとうございました。」
「いや、妻になるかもしれない人物に贈り物をするのは当たり前だ。だが、宝石のほうが良かったのではないか?」
「いえ、私はぬいぐるみのほうが好きです。多くの人間は宝石のほうを好むでしょうが私はこちらの方が温かみが感じられるので嬉しく思います。」
そういえば、父様や母様からプレゼントをもらった事がなかったな。
普通よりも良い生活をさせてくれてはいたが……。
まさか異世界に飛ばされて、しかも魔王様からプレゼントをもらうとは思ってもいなかった。
贈り物というのは本当に嬉しいものだな。
舞は自然と微笑んでいた。
それを見て魔王は軽く目を見張ったが、舞が気付く前に無表情に戻る。
「では、これからも贈り物をする時は煌びやかでないものにしよう。」
「い、いえ、私に贈り物などお金の無駄ではないですか? 衣食住の面倒を見ていただいているだけで十分ですのに。」
それを聞いて魔王は少し微笑んだ。
「安心しろ。この国はお前ひとり養うのに困るほど金がないわけじゃない。むしろ変なところに金を使わない分人間の国よりも金があるぞ。」
舞は自分の失言に気づき青くなる。
「申し訳ございません。そういう意味で言ったわけではありません。」
「分かっている。そんなに気にしなくても大丈夫だ。それよりも自己紹介をするとしよう。初めて会った時にしなかっただろう?」
したような気がしなくもないが、してなかったか?
いや、そういえばミシェナが“こちらが西の魔王様です”的な事を言って終わりだった気がする。
舞が自己完結をすると魔王が口を開いた。
「納得したか?私の名前はジェラルド・ズドバーン・ディルガルドだ。知っての通り西の魔王をやっている。」
「私はこのたび魔王妃候補となりました舞・雨宮と申します。」
「ふむ、ミドルネームがないのか。こちらの世界では母親のファミリーネームが子どものミドルネームとなっているのだが……。まあ、親族がヴィルカイン王国の王太子妃しかいないゆえ別に問題は無いだろう。」
少し考えながら魔王が言った。
それを聞いて舞に疑問が生まれる。
「こちらの世界でも血筋は重要視されるのですか?」
「いや、重要視するのは人間ぐらいだ。なにしろ魔族は自分の子どもに対する愛情すら希薄であり、魔力量で位も決まるからな。それに神族は生まれた時から使命が決まっているゆえに両親よりも使命が大切だ。まあ、誰が誰と関係があるのかが分かるからあると便利なんだがな。」
「使命ですか?」
「そうだ。神族は生まれた瞬間から自分は花の最高神だ、どこどこを流れる川の神だというように役割が決まっている。その上ほとんどの場合が親と関係がないそうだ。」
「そうなのですか。」
「ああ。ところで、まったく話は変わるが、やはりその敬語と魔王様というのはやめて欲しい。」
「ですが、それはさすがに……。」
言いよどむ舞に魔王が追い打ちをかける。
「やめないならお前の事を魔王妃候補殿と呼ぶ事にしよう。」
嫌だ。
それは嫌だ。
魔王妃になるかなんか決めてないのに魔王妃候補と呼ばれると魔王妃になれと言われているように感じる。
慣れればいいんだろうが、慣れるまでにどれくらい時間がかかるか分からない。
それに敬語をやめろというのは初めて会った時にも言われた。
という事は私が折れるまで諦めないだろう。
それならば今のうちに条件を付けて望み通りにした方が良いか。
舞は一度目を伏せた後魔王を見た。
「分かりました。2人の時に限り出来るだけ敬語をゆるめ、ジェラルド様と呼ばせていただきます。」
魔王は少し考えるそぶりを見せたが舞に同意する。
「まあ、それ以上は無理か。慣れてきたら普通に話しジェラルドと呼んでくれ。」
魔王はそう言うと立ち上がり魔王の寝室へとつながるドアを開け舞の寝室から出て行った。
……結局魔王様は何をしに来たんだ?
自己紹介か?
まぁ、疲れたし今日はもう風呂に入って寝るか。
舞はクマのぬいぐるみを椅子の上に置いて立ちあがった。