0 召喚の儀
魔の大陸
魔王の執務室では今、銀色の長髪の青年と翠髪で長髪の青年が向かい合って話をしていた。
「魔王様、今日こそは魔王様のご正妃となれるだけの魔力を持つものの召喚を行ってもらいます。」
「なぜ私がそんな事をしなければならない。」
「なぜかですって?そんなのは魔王様と体の関係を持てる者が魔界に存在しないからに決まっているでしょう!!」
「面倒だ。私は一生独り身でいい。」
「何をおっしゃるんですか!魔王様ほどの魔力をお持ちの方にお子が出来たらお子も強い魔力を持っている可能性が高いのですよ!!」
「くどい。子供なら魔力の強い者を養子にすればいいだろう?私がそうだったように。」
「確かにそうですが、先の魔王様にだってお子はいましたよ。」
「……それは誰だ?」
「まさか、ご存じなかったのですか!?」
「知っていたら魔王なんぞという面倒なものはそいつに押し付けている。」
「…………。まあ、それは聞かなかった事としますが、とりあえず魔王妃様の召喚は行ってもらいます。」
そう言った途端魔王と呼ばれている青年から威嚇するような魔力が溢れ出る。
しかし、翠髪の青年は怯える素振りも見せず言葉を返す。
「それを知りたければ魔王妃様の召喚を行ってください。召喚を行ってくださればお教えしましょう。」
「……。」
「それに魔力が強い者ほど美しいと言いますよ。」
「……。」
「他にも、魔王妃様を召喚したら政務を魔王妃様に手伝ってもらう事も可能です。」
「本当に政務を手伝えるのか?」
今まで無反応であった魔王が翠髪の青年の言葉に反応した。
その事に細く微笑んで翠髪の青年は言葉を付け足す。
「ええ、魔王様の政務を手伝えるのは魔王妃様だけですから。」
「ふむ、それならば召喚してみるのもいいだろう。だが、もし知能の無いようなものが出てきたら始末する。」
「分かりました。しかし、気に入らないからと言って殺すのはやめてくださいね。」
「それは分からないな。私にだって好みがある。では、今から広間で召喚の儀を行うとしよう。」
「い、今からですか!?」
今まで平然としていた翠髪の男が急にあせり始めた。
それに対して魔王は何でもないように言う。
「何か文句があるか?」
「文句も何も準備が整ってません。」
「別に問題ないだろう。」
「どこがですか!!いくら魔王様でも魔法陣も書かないで異世界から召喚なんてしたら何が起るか分かりません!」
「何かあったらあっただ。気にするな。」
そう興味なさそうに言うと魔王は広間に転移した。
それから少しして翠髪の青年も広間へ転移していった。
人間の大陸
時は魔の大陸の出来事の1年前に遡る。
金髪の男性2人が王太子の執務室で向かい合っていた。
両方とも金髪で顔も少し似ているが、目の色は違った。
1人は目の色が紫色で、もう1人は青っぽい色をしている。
そして、青っぽい目の色をしている方は青年と少年の間のようで、顔は大人なのに浮かべる表情はまだ子供といった感じである。
その青っぽい目の少年は紫色の目の青年に何かを訴えている。
「義兄上、今日こそは王太子妃を決めていただきます。」
「またその話なのか。」
うんざりしたように紫色の目の青年が言うと、青っぽい目の少年は何枚かの写真を見せた。
その写真を見て紫色の目の青年はため息をつく。
「この中から私の妃を選べというのか?」
「はい。この中から選んでいただきます。」
「前と変わらない気がするんだが……。」
「ええ、変わっていませんよ?」
それがどうかしたのかというように青っぽい目の少年は首をかしげる。
そんな義弟の様子を見て紫色の目の青年はもう一度ため息をついた。
「私は前の時に却下と言ったはずだが?」
「確かにそうですが、この女性たちしか義兄上の身分と釣り合いません。」
「前にこの女たちと会ったが王太子妃という地位に対する執着に吐き気がした。この女たちは絶対に却下だ。誰が好き好んで媚薬や睡眠薬を盛るような女と結婚などしたいと思うか!」
「ではどうすると?ほかの国から王太子妃を求めますか?」
「それも考えものだな。今、この国と他国とはつり合いがとれている。下手に均衡を崩したくない。他に何か良い方法はないのものだろうか……。」
そう言って異母兄弟は考え始めた。
しかし、いくつか出た案はすべて無理がありそうなものであった。
暗い雰囲気が漂い始めたころ、義弟の青っぽい目が輝いた。
「義兄上!そういえば召喚の儀を行うという方法があります。」
「それはどういうやり方だ?」
義兄がパッと顔を上げた。
その顔には何か縋るような感じがある。
それを見た義弟は一度唾を飲み込み説明し始めた。
「えっと、範囲を決めてそこから1番結婚相手に相応しい者を召喚するというものです。」
「それは術を行った者が1番良いと思う者か?」
「いえ、そうではなくて、精霊たちに選んでもらうというものです。」
「ほう。だがそれでは、精霊が術を行った者に相応しい相手を選び出すのではないのか?」
「そういう事も出来ます。しかし、他にも対象者を決める事が可能です。」
「そうか。それならば私の正妃をそれで決めたい。どのようなものになるかは分からないが、あの女たちよりは絶対にましだ。」
ホッとした顔で義兄が言った。
その顔には結婚の話になるといつも出現していた眉間のしわが初めて無くなり明るい表情に彩られている。
そんな義兄の表情を見て義弟も笑みがこぼれた。
義弟としてはせめて結婚くらい義兄のしたいようにさせたいと思っていたのである。
「分かりました。ですが、それですといろいろと大変なので召喚の儀を行うまでに時間がかかってしまうと思います。それでもよろしいですか?」
「かまわない。時間をかけず酷い目に会うよりは時間をかけて欲しい。」
「では、父上に話しを通しておきますね。」
義弟はそういうと急いで部屋を出ようとした。
しかし、そんな義弟を義兄が呼び止める。
「ちょっと待て。」
「?」
「その召喚の儀とは大規模なものか?」
「はい。魔術の中ではは1番難しいと言われています。」
その言葉で義兄は顎に手を当てた。
義弟は義兄が何を考えているのか分からず首をかしげる。
「それは国を上げてやってもおかしくはないか?」
「ええ、なにしろ義兄上の結婚相手の召喚ですし、まったくおかしくないと思います。」
「そうか。」
弾んだ声が返ってきて義弟は訳が分からずに首をかしげる。
そんな義弟に向かって義兄は驚くような提案をした。
「それならば、跡取り問題も一緒に解決しないか?」
「えっ?あ、ああ、私が召喚の儀を受け持てばいいのですね?」
「そうだ。」
「では、すぐに父上に言って準備を始めます。」
「頼む。だが、本当にお前が王にならなくていいのか?」
いつもよりも気持ちがこもっている気がする礼を受けた義兄は最後の確認だというように聞いた。
それに対して義弟は微笑みながら答える。
「王なんていうめんどくさそうなものになるつもりはありません。私は魔術師になって義兄上の右腕となりたいのです。」
「そうか……。お前の魔力は国1番だ。国としては嬉しい事だろうな。」
残念そうに義兄が言うのを聞こえないふりして義弟は王太子の執務室から出て行った。