1 魔王様と御対面
舞がミシェナによって連れて行かれたのは書類を見ている銀髪の男の前だった。
太陽のもとで腰くらいまである長い髪が結われることもなく、きらめいている。
はっ?
この男は誰だ?
それ以前にここは何処だ?
私は賓客の宮を歩いていて……。
アーシアによって暗い場所に連れていかれた?
あそこは何処だったんだろうか。
いや、それよりもここが何処かの方が問題だろう。
舞は今日の自分の行動を思い出していったが、不可解な事が起り過ぎていて戸惑った。
分からない事が多すぎるのだ。
そんな舞の様子に気づいたミシェナは目の前の男に一礼をし、舞に説明を始める。
「ここは魔王宮の中の中枢の宮にある西の魔王様の執務室です。」
「……、西の魔王?」
「はい。今マイ様の御前にいらっしゃるのが西の魔王様です。」
「魔王というのは魔の大陸にいると言うあれか?」
「ええ、そうです。西の魔王様は魔の大陸の西側を統べるお方ですから。」
舞はもう驚きすぎて言葉が出なかった。
西の魔王だと?
魔王は1人じゃないのか?
さらに魔の大陸と人間の大陸の間は死の海で囲われていたんじゃなかったか?
酷い海流で生きて渡るのは不可能に近いというあの海流に。
だが私は海を渡った記憶が無い。
どうなっているんだ?
異世界だからテレポート的な事が出来るのか?
魔術もあるのだし出来るのかもしれない。
いや、それよりもなぜ私が魔王の前にいる?
魔王っていうとラスボスだろう?
倒せというのか?
何の装備もしてないぞ。
確実に死ぬ。
死亡フラグがたっている。
「クックック」
舞が極度に焦っていると目の前の魔王が笑った。
そこで初めて舞は魔王の顔をまじまじと見る。
鮮血のような目がすごく印象的だ。
顔全体を見ても、とても整っている。
その目に自分が移るのが恥ずかしくなるくらいの中性的な美貌だ。
王子たちは人間的な美しさだったが、魔王は血の通っていない人形のような美しさだな……。
そんな顔で笑った事に舞は少し違和感を感じた。
「私の事をあれと呼ぶなど、すごい娘だな。本当に人間か?先ほどもおかしな事を考えていただろう。」
「変な事を考えていたつもりはありませんし、人間を辞めたつもりもありません。」
「そうか?」
笑いをおさめ、再び無表情になった魔王が聞いてきた。
舞は自分が馬鹿な事を考えていた事を恥じていたが、その変化に驚く。
「はい。それよりもなぜ私は此処にいるのでしょうか?」
「ミシェナが連れてきたのだから魔王妃候補だろう。」
はっ!?
王太子妃になることから逃れたはずなのに今度は魔王妃候補なのか!?
こ、これなら王太子妃になった方が人間と結婚できたな……。
まあ、あの王太子と結婚しても良い関係は築けそうになかったし王太子妃になるのは止めてよかったのだろう。
さすがに従姉妹の事が好きな人物と結婚したいと思わない。
比べられたくないしな。
それにしても異世界トリップとは絶対に何らかの役職がつくものなのだろうか?
美羽から聞いておけば良かった。
私には有難迷惑な代物だが……。
「では、魔王妃候補とはどういう事なのでしょうか?」
現実から目を背けようとするのをなんとかこらえ、舞は魔王に向き合う。
すると魔王はちらりとミシェナを見た。
「ミシェナから聞いてないのか?他にもクロスディア家の三つ子もお前の侍女だったはずだが?」
「聞いておりません。そのクロスディア家の三つ子とはアリシアとアニシアとアーシアの事であっていれば、ですが……。」
「あっている。」
「私の侍女の事までよくご存じですね。」
話し方からして自分の侍女が全員魔王とつながりがあると気づき舞は驚く。
しかし魔王は1ミリも表情を変えない。
「シュドルク達が話していた上に、魔王妃候補を見極めろと言ったのは私だからな。」
「シュドルクとはどなたですか?」
「私の騎士だ。」
「そうなのですか……。」
舞はあまりに簡潔すぎる答えにどう言葉を返していいか分からなかった。
だが魔王はそれさえも気にしていないようで普通に話しを続ける。
「ああ。そうだな、魔王妃候補の事についてはミシェナにでも聞いておくといい。」
「わかりました。」
そういえばミシェナは魔王が話し始めてから一度も話してないな。
どうしたのだろうか?
魔王が話し始めたら対象の人以外は話してはいけないのだろうか?
よく分からん。
ようやくヴィルカイン王国の文化になれてきた所で魔の大陸に来たということはまた1から覚えなおしか。
はぁ。
覚えるのって大変なんだよな。
それに今度の魔王妃候補っていうのは逃げ道が無さそうだ。
腹をくくるしかないか。
「あとは公の場以外で敬語を使わなくてもいい。」
「申し訳ありませんが敬語を使わせていただきます。慣れたらた普通の言葉でも大丈夫かもしれませんがすぐには抵抗があるので。」
さすがに魔王に対して敬語を使わないのもどうかと思い舞は魔王の申し出を断った。
舞が敬語を使い続けるという事にあまり関心を見せず魔王は頷いた。
「そうか。部屋は私の宮の空き部屋を使うといい。ミシェナ案内をしてやれ。」
ミシェナに支持を出すと魔王は再び書類に視線を落とした。
話しはこれで終わりか。
書類を見る速さといい、魔王は意外と忙しいのかもしれない。
魔族の事はよくわからないが、国?を治めているのだろうし。
そんな事よりも私はここにいなければならなくなったのか。
美羽の様子が気になるしヴィルカイン王国の事が少しでも分かればいいのだが……。
高望みだろうか?
舞がそんな事を考えている内にミシェナが魔王に一言言って一礼をする。
「おおせつかまつりました。」
ミシェナは次に舞の方を向く。
「では宮に向かいながら部屋の希望をお聞きしたいと思います。」
「ああ、わかった。」
舞が頷いたのを見てミシェナは退出の礼をする。
そんなミシェナを見て舞も真似をするべきかと思いぎこちなく礼をした。
「失礼しました。」
「失礼しました。」
「クックック、別にお前まで礼をしなくていいんだぞ。」
さすがに耐えきれなくなったというように書類で顔を隠し魔王が笑った。
これにはさすがに舞も真っ赤になる。
な、なんてことだ。
だが、そんな事は知らなかったぞ。
ミシェナが礼をしたんだから私もした方がいいと普通は思うだろうが!
それに誤ちは誰にでもある。
そんなに笑わなくても良いじゃないか。
「なぜ私はしなくて良いんですか?」
「ああ、お前は魔王妃候補という事で族長と同じくらいの身分を持ってるからな。」
「族長?」
「……、そこらへんも教えてやれ。」
「分かりました。では、これで失礼します。」
再びミシェナが礼をして2人は魔王の部屋から廊下へ出た。