番外編 王太子妃つきの従僕の話
なぜ美羽が嫌われているのかという疑問にお答えするために作りました。
ネタばれがあります。
ご注意ください。
俺はグラウニーと言う。
現在は魔王様のご命令により王太子妃の側に居る。
本来は従僕などになるような身分ではないが、魔王様の命ならば従うほかない。
何しろ魔王様は俺が剣を捧げた相手なのだから。
しかし、この王太子妃は本当に演技が上手い。
最初に挨拶した時は礼儀が正しいお嬢様だと感じた。
それが王太子が部屋に来てから態度が変わった。
おそらく王太子が何か言ったのだろう。
突然我が儘な人間となった。
我が儘なだけならいいが、女官などに嫌みも言う。
まるで自分は始めからこういう性格だというような感じだ。
『さっきまでは緊張してたから本調子じゃなかったの』という声が今にも聞こえてきそうである。
本当にすごい演技力だ。
おかげで人間たちはコロッと騙された。
だが上級魔族の俺を騙せると思うなよ。
魔族を騙すには心を見せないようにしなければ駄目だ。
上級では皆が心を読めるのだから。
まあ、魔力の問題で俺は人間の心しか読めないが。
なかでもすごい奴は魂の色まで見える。
有名なのはクロスディア家のアーシアだな。
あいつは自分より魔力を持つ奴の魂まで判別する。
流石に心は見えないようだが。
それでも魂が見える奴はすぐに相手がどういう奴かを理解してしまう。
その反動かアーシアは言葉に不自由しているようだ。
まあ、そんな事はどうでも良い。
言いたいのは俺が王太子妃の本心を読んだという事だ。
本心は押し込めている思いが強ければ強いほど読みやすい。
今の王太子妃は同じ部屋に居るだけで分かる。
随分と心を押し込めてる。
その内心が壊れるな。
もしかしたら魔王妃になる人物かもしれないんだから壊れる前に何とかしなければ。
魔力が無いので魔王妃の可能性は限りなく低いが、少しでも可能性がある限り守る必要がある。
という事で俺は王太子妃と2人になった時に『なぜそんな無理に我が儘や嫌みを言うのか?』と聞いた。
俺は分かっているんだぞという空気を身に纏って。
そうしたら王太子妃は泣きだした。
やっぱり限界が近かったではないか。
召喚した後に自分はお前が好きだ的な事を言っておきながら王太子は何をしているんだ。
これで俺が惚れられたらどうする!
俺には魔の大陸に妻がもういるんだぞ。
まあ、そんな心配はすぐに打ち消されたが。
どうやら王太子妃は王太子の事が好きだそうだ。
ふ~ん。
いや、別に俺は何とも思ってないぞ。
確かに王太子妃は可愛いが、俺の妻の方が可愛いし。
王太子妃の話をまとめるとこういう事らしい。
王太子の事が好きだから王太子に頼まれた嫌な性格のふりをする事はしっかりとやりたい。
王太子は王太子妃が嫌な性格のように見せかけ、過激な第2王子派の人間を口で攻撃する事によって王太子妃ないしは王太子を襲いその証拠をつかみたいらしい。
また、隠れた第2王子派の人間が王太子妃がいかに嫌な奴かを吹聴して回るため表だって分かってくるとのことだ。
王太子妃の評価は王太子の評価にも直結してくるしな。
しかし嫌な人間のふりをするのは思ったよりも大変で1人では耐えきれなくなった。
そこに俺が出てきて少し楽になったとのことだ。
王太子も少しは王太子妃の精神面を配慮しろよ。
好きなんだろう?
まったく。
そもそも王太子の計画もあまり上手くいきそうにないしな。
前半の過激派をどうにかする事は出来るかもしれないが隠れは無理だ。
王太子妃は一般の女官や従僕にも嫌われているんだから。
そこからして計画崩壊を起こしている。
王太子は意外と頭が悪いのか?
実は王太子妃が嫌いとか?
よく分からんが、とりあえず様子見でいこう。
王太子妃の精神面を慮りつつ王太子の様子を見て日々を過ごしていった。
すると、王太子妃のパーティの日に召喚された片割れが侍女ごと居なくなった。
あちらが魔王妃だったようだ。
しかも侍女は全員魔族だったようである。
これは俺の見る目が無いという事か?
いや、王太子妃についている魔族は他にも居るはずだ。
俺は落ちこぼれではない!!
本来はここで魔の大陸へと帰るべきなのだろうが、王太子妃の様子が気になる。
だから俺はこの件が落ち着くまで人間の大陸に居るとしよう。
そうやって暮らしていくうちに王太子妃と王太子の結婚の前日となった。
これまでに2人の女官が辞めた。
間違えたのは俺だけではなかったようだ。
よかったぞ。
その日の夜に俺が王太子の部屋の前を通ったらドアが開き、王太子に呼びとめられた。
てめえのせいで王太子妃の精神的疲労が激しいんだよ。
少しイラッとしつつ王太子を見ると王太子も疲労が激しそうだ。
目の下にくままで出来ている。
な、何があったんだ?
王太子の健康管理はしっかり行われているはずなのだが……?
唖然としていたら王太子によって部屋に引きずり込まれた。
な、何をする。
俺は男色じゃない!
おいしくないぞ!!
止めておけ。
お前には王太子妃が居るだろう。
あんなに健気で可愛い子がいるというのに男色に走るなんて許さん。
えっ?
違う?
王太子妃の様子が知りたい?
俺とした事が。
ついつい勘違いをしてしまった。
だが、王太子妃の様子なら見に行けばいいじゃないか。
王太子妃は王太子のために頑張っているのだから。
どうやら王太子が以前立てた第2王子派に対する計画が上手くいかず、あわせる顔が無いらしい。
やはり失敗したのか。
これはもう計画が悪かったとしか言いようがない。
失敗するのは目に見えていた。
だが、王太子妃の努力を無駄にするのは許さん。
王太子妃が可哀想だ。
魔族として俺が力を使えば何とか出来るだろう。
仕方なく王太子に俺が魔族であることを明かし、王太子妃に術をかける事を提案した。
当然のことながら王太子は反対した。
人間の魔族に対する思いは酷いから仕方ない。
だが、あのままだと王太子妃が可哀想なので反対しても術をかけて影から経過を見守ろう。
俺が黙って立ち上がると黙ってしまった王太子が『本当に今の状態から脱却できるのか』と聞いてきた。
出来るに決まっているだろう。
俺は上級魔族だ。
人間なんか取るに足らない存在でしかない。
『対価は何だ』と聞いてきたが俺はそんなものを要求するつもりはない。
あえて言うなら王太子妃を幸せにして欲しい。
あの王太子妃の健気で可愛い所は俺の妻と被る。
どうも他人事とは思えくなってしまう。
王太子は約束を守ると言ったので、王太子妃の部屋に行き寝ている王太子妃に術をかけた。
これは王太子に悪意を持ち第2王子に善意を持つ者が王太子妃の話を聞くと嫌みに聞こえ、その他の人間にとっては良いように聞こえるといったものである。
しばらく様子を見る必要はあるが、これで王太子の計画通りにいくだろう。
……たぶん。
起きた王太子妃にその事を話した。
すると王太子妃が最初にした事は女官や従僕に謝る事だった。
いや、謝るなよ。
いくら術をかけたからと言っても大胆すぎる行動だ。
まあ、王太子妃はずっと謝りたかったんだろうな。
謝られた女官や従僕はかなり戸惑っていた。
そりゃそうだ。
嫌みな我が儘お嬢さんが急に謝ったのだから戸惑うだろう。
しかし1週間もすると本来の王太子妃にも慣れ、女官や従僕たちは普通に接するようになった。
反対に第2王子派の人間は王太子妃の事がさらに嫌になったようで計画通りだ。
もしもの時の事を考えて王太子妃に防御用結界を掛けておくか。
対象は魔術攻撃、物理攻撃、毒にすれば良いだろう。
これも何度か役立った。
その後の経過は良好で、3か月ほどしたら王太子に呼び出された。
王太子の当初立てた計画が上手くいったらしい。
王太子は感謝の意を述べてきた。
最初のうちは礼儀正しいんだなと思ったが、1時間を過ぎるころにはもう嫌になってきた。
1時間感謝の言葉を言い続けるってどんだけだよ。
もっと手短に『ありがとう。助かった。』でいいじゃないか。
まだ長々と続きそうな王太子の感謝を遮り、魔の大陸に帰る事を告げた。
すると王太子は少しさびしそうに『分かった』と言った。
寂しそうにするなよ帰りにくくなるだろう。
続いて王太子妃にも家に帰る事を伝えると哀しまれた。
これからも訪ねに行くのは良いかもしれない。
良い気分で魔の大陸に帰ると、魔王様に『人間の王太子妃に剣を捧げるか?』と言われた。
ひどい。
俺にとって主は魔王様だけなのに。
また、家に帰ると妻に浮気者と呼ばれ殴られた。
グハッ
俺は吸血鬼族だ。
ドラゴン族に本気で殴られたら死ぬだろう!
とっさに防御用の部分的結界を張ったから助かったものの。
みんな俺の扱いが酷いと思う。