9 女官たちの噂話
その後は舞の予想通り“偶然”を装って会いに来た貴族たちや、面会を希望してきた貴族が大勢いたせいでほとんど部屋にこもったまま日々が過ぎていった。
そして召喚されてから1カ月ほど経った今日、美羽のお披露目が行われることになった。
なぜ1か月もかかったかというと、美羽がヴィルカイン王国の貴族の顔と名前を一致させるのに時間がかかったからだ。
これは美羽の頭が悪いのではなく、単にこの国の貴族の数が多いのが原因である。
そしてこの国で暮らしている美羽の様子を遠目から見て、舞はお披露目のパーティーに出ない事を決めた。
まあ、美羽は地球にいたころパーティーによく出ていたし、なんとか出来るだろう。
それに比べて私はこちらに来てからダンスの練習や作法を無礼にならない程度には習ったが、真剣に教わった訳ではない。
その上地球にいた時もパーティーに出た事があまりない。
作法があまり分からない上に実際の経験のあまりない私はパーティーに出ない方がいいだろう。
それにパーティの感じが好きではないし……。
美羽がパーティーの準備をしていた時に舞は、この世界について詳しく教わっていた。
そのために、パーティーについて習っている時間があまりなかったのだ。
この世界についてそこまで習わず、パーティーについて習えばなんの問題も無くパーティーに出られたのかもしれない。
舞もダンスが踊れないわけではない。
むしろダンスの腕だけなら美羽を超えるだろう。
だが舞はパーティーについて習うよりもこの世界について習う方が有意義だと思っている上に楽しいと感じていた。
だから、この世界について習うことに専念したのだ。
それにしても暇だな。
ミシェナやアリシアたちはパーティーの準備で大変そうだし、賓客の間の探検でもするか。
まだ賓客の間すべてを案内してもらって無いし、ちょうどいいだろう。
流石に今日は偶然出会う貴族も少ないはずだ。
舞はそう結論を出すと部屋から出て行った。
たまに侍女や女官、見回りの兵士らとすれ違い頭を下げられた。
それを気にせずに歩き回っていると、奥まった部屋から微かに声が聞こえてくる。
気になって近づいていくと、口調からして美羽の女官だと分かった。
「わたしは今の王太子妃さまよりもマイ様の方が王太子妃にふさわしいと思うわ。お優しいし。」
「あら、そんなことを言ってしまって大丈夫なのかしら?」
「大丈夫でしょう?ここにいるみんなは今の王太子妃さまよりもマイ様の方が好きでしょう?」
「まあそうね、今の王太子妃なんてただの我が儘娘だし。」
「クスクス、我が儘娘とはピッタリの言い方ね。わたくしも真似していいかしら?」
「ええ、いいわよ。私もピッタリの言い方だと思っているし。貴方たちもそう呼んだらいかが?どうせ私たちだけではなくて侍女にまで馬鹿にされている王太子妃さまですもの。」
「フフフッ、私もそう呼ばせていただきましょう。」
な、なんという事を……。
彼女たちは美羽の女官じゃないのか?
なのに何で自分たちの主を馬鹿に出来る?
しかも、私の方が王太子妃にふさわしいだと!?
私はめんどくさそうだからと言って王太子妃の座を美羽に押し付けたんだぞ。
それなのに私の方が王太子妃にふさわしいとほざくのか?
舞は表情を白黒させながらその場から離れた。
「マイさま?……大丈夫?」
いつの間にか舞の前にはアーシアが立っていた。
混乱した状態のままの舞はそれを不思議に思わず、アーシアにさっきの事を訴えた。
「美羽の女官たちが私の方が王太子妃にふさわしいとか言っていたんだ。美羽は今パーティーに出ているからこの事を言えない。その後も美羽は結婚の準備とかで忙しいだろう。」
「にげる?」
逃げる?
王宮から立ち去るという事か……。
確かに私が居るから美羽が悪いと思われるのだろう。
もし私がここから居なくなれば比べる対象が無くなる。
金銭的問題はあるが、私がここに居て起る問題に比べれば些細な事だ。
今さら王太子妃になる候補などにもなりたくない。
「そうしよう。アーシアは王宮から人に会わないで外に出る道を知っているか?」
「知ってる。」
アーシアは嬉しそうにそう言うと、結わえていた髪をほどいた。
次の瞬間に舞の視界が歪み、2人は暗い所に居た。
はっ?
ここはどこだ?
アーシアが何かしたのか?
舞がさっきとは違う意味で混乱していると、後ろからアリシアの声がした。
「あら、マイ様?どうしてここにいらっしゃるのかしら?アーシアが連れてきたの?」
コクリとアーシアが頷くと、今度はアニシアの声がした。
「どうしてだか教えてくれる?」
なんでアリシアとアニシアまでここに?
というか、本当にここはどこだ?
3人は何処だか知ってるのだろうか。
舞はそんな事を考えながら、アリシアたちのいる方へ進んでみる。
しかし、あたりが真っ暗なので足元がよく見えない。
その上苔で覆われているようでよく滑る。
舞は足を滑らせて後ろに倒れた。
ゴッツーン
パリーン
すると、舞が床に後頭部を打ち付ける音と何かが割れる音がした。
そして黒い煙が舞を包みこんだ。