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正義の味方は、おかず持参

作者: 森 高陽
掲載日:2026/09/30

米。もとい、※。


もともと『ゴハン戦隊スイハンジャー』というタイトルだったのですが、同名や似た名前の戦隊があちこちにいたので、ちょっと遠慮して引っ込めることにしました。炊飯ジャーから自然に生まれる駄洒落なので、まあ重なりやすいんでしょうね。


しかし、作中の戦隊まで引っ込めるわけにはいかないので、そちらはそのままにしました。同名の別組織だと思ってください。それでは、はじまりはじまりー。



 正義の味方の募集要項に「まかない付き」などと書くべきではなかった。


「ごはん、出るんですよね。ここ、そう書いてありますけど」

 秋田こまちは、求人のチラシを机に広げた。

 いちばん上には、〈ゴハン戦隊スイハンジャー 新メンバー募集〉と、太いゴシック体で印刷されていた。


 自転車のかごに入れてきたらしく、紙の端が少し折れている。そこを手のひらで伸ばしてから、隣に三段重ねの弁当箱を置いた。風呂敷に包まれ、丁寧に運ばれてきた様子だった。

「出ます」

 笹西志基は胸を張った。

「ただ、先に申し上げておくと、俺たちの仕事は地球の平和を守ることで——」

「おかずは、どんなのです?」

 こまちは、ほどきかけた風呂敷の結び目から顔を上げた。

 志基の視線が、机の端へ移った。

「……ひかり。説明してやって」

「私に振らないでよ。私、ごはんのこと書いとけ、としか言われてないもの」

 越野ひかりは、チラシの小さな文字を爪で示した。

「ほら。『炊きたてごはん支給』。それだけよ。おかずなんて知らないわよ」

「お前……俺たちが倒しに行く方の人みたいな説明の仕方してるぞ」


 こまちは二人を見比べ、それから弁当箱の留め具を外した。

「まあ、そんなこともあるかなーと思って。うち、弁当屋なんですけど、お客さんに『ごはんサービス』って言うと、たいていおかずも期待されるんですよね。分かりますけどねえ。白いところだけ増えても」

 蓋の下には卵焼きが並んでいた。二段目は唐揚げ、三段目にはきんぴらと、胡麻を振った青菜。まだ少し温かいらしく、醤油と揚げ油の匂いが立った。


 志基は、テーブルの上に置いていた面接用紙をもう一度、手にした。

「採用です」

「ちょっと。名前しか聞いてないじゃない。志基、あと一つくらい聞いて。何のための紙なの」

「それもそうだな。秋田さん、人々を守りたいという気持ちは、お持ちでしょうか」

 こまちは少し考えた。

「ありますよ。配達先のおじいちゃん、道路を渡るの遅いんです。途中で立ち止まって、こっちに話しかけるんですよ。今日の煮魚は何だとか。魚はあとでいいから、まず渡ろうよって、毎回」

「十分です。そういう身近なところから始まるんです、正義というのは」

「話、まだ途中なんですけどね」

 こまちが笑いながら言ったところで、研究室の奥から、がこん、と重い音が響いた。

「その先は、乗ってから聞こうではないか」

 白衣の老人が、脚立を下りてきた。

 胸の名札には〈Dr.ハエヌキ〉。

 一段ごとに足の位置を確かめる慎重さで降りてきたわりに、最後の一段だけ「とうっ」と派手そうに飛んだ。


 背後には、胴体が巨大な炊飯器になった人型兵器が立っている。

 両肩に蒸気口、背中にしゃもじ。腹の液晶表示が、ゆっくり明滅していた。

〈内釜がセットされていません〉

「博士、釜を忘れてる。また」

「忘れてはおらん。今洗っておるのじゃ。水気が切れておらんものを、慌てて入れるわけにはいかんじゃろう」

 博士は濡れた手を白衣で拭きかけ、ひかりの視線に気づいてタオルを取った。そのタオルも怪しかったので、ひかりは棚から新しいものを渡した。


「巨大ロボ・メシヲクワンカーじゃ。三人の操縦者がそろえば、ようやく出せる。いやあ、待ったぞ。釜の方は、ずいぶん前から仕上がっておったんじゃが」

「三人でいいんですか。ふつう戦隊モノって、五人くらいいません?」

 こまちは壁の募集チラシを見た。〈三名募集〉の下に、空席を示す白い人型が三つ描いてあった。

「むろん募集は続ける。しかし、五人そろうまで悪の方に待ってもらうわけにもいかんでな」

「そうですかあ。うちも求人出したまま、お正月のおせちを二人で作ったことあります。あれは、しんどかった」


 博士が何か言おうとしたとき、天井の赤いランプが回った。

 ピーピー、ピーピー。

 こまちは弁当箱に蓋をしながら、炊飯器の方を見た。

「炊けました?」

「敵襲じゃ」

「だから音を変えようって言ったのに。この前、私、お茶碗出しかけたんだから」

 ひかりは立ち上がり、壁の通信モニターをつけた。

「炊けたときは、もう少し嬉しそうに鳴るから、分かると思うんじゃが」

 違いが伝わらないことを、博士は残念がっていた。


     *


 駅前広場に、大きなカプセルが立っていた。


 赤と白のつるつるした胴体から、手足と、やけに立派な口髭が生えている。

 胸の帯には金文字で〈プレミアム〉。

 駅前の花壇に何本も突き立てられた旗には〈超健康帝国ヘルシオン〉とあった。


「皆さま、毎日のお食事、大変ではありませんか!」

 怪人は拡声器を持ち、駅から出てくる人へ大きく手を振っていた。足元には試供品の箱が積んである。そこだけ見れば、ずいぶん熱心な実演販売だった。

「献立を考える! 買い物へ行く! 作る! 食べる! 皿を洗う! そこへ、おかわりと言われる! こちらはもう洗い始めているのに!」

「ああ。それは、ありますねえ」

 自転車を押してきたこまちが、思わずうなずいた。


 ひかりが、肘でそっとつつく。

「共感しなくていい。敵だから。今、目が合ったでしょ」

「でも、あるじゃないですか。もう、何でゴム手袋の前に言ってくれなかったのって」

 怪人の口髭が、ぴんと上がった。


 拡声器の先が、三人の方を向く。

「そうでしょう、お嬢さん! 今のお話、こちらへ来てもう一度していただけませんか。できれば、その箱をお持ちになって」

「行かなくていいからね」

 ひかりが先に釘を刺した。

「そんなあなたに、わたくし、栄養怪人サプリキングがお届けするのが、こちら! 完全完全栄養カプセル!」

 サプリキングは、指先につまんだ小さな粒を掲げた。


 ひかりは、同じ商品名が書かれた旗を見上げた。

「完全が二回あるけど。印刷を間違えたんじゃなくて、それで合ってるの?」

「よくぞお尋ねくださいました! 従来品の二倍です!」

「量が?」

「完全さが!」

 ひかりの口が開きかけたが、志基はその前に彼女の腕を引いた。


 広場の隅で、年配の男が弁当を取り上げられていた。

 荷車には紙袋や弁当箱が山と積まれ、そのそばに昼食の持ち主たちが集められている。立ち去ろうとする人は、棍棒を持った戦闘員に押し戻されていた。

「そこまでだ!」

 志基は二人の前へ進み出た。配られかけた試供品を手のひらで押し返し、怪人を指さす。

「俺たちは、ゴハン戦隊——」

「お申し込みですね! 初回はなんと九百八十円。しかも、今なら持ち運びに便利なケースも——」

「申し込みなんかするか! 人の話を最後まで聞け。お前たちが奪っているのは、ただの弁当じゃない。人々が午前中の仕事を頑張って、ようやく」

「では、まず無料相談から」

 サプリキングは笑顔のまま、折り畳み椅子を差し出した。


 志基は一瞬、それを受け取りかけて手を引っ込めた。

「俺たちは! お前たちの悪事を止めにきたんだ!」

 怪人の笑顔が消えた。


 椅子を丁寧に畳み直すと、背後の戦闘員へ渡した。

「……購入のご意思がない方とのお話は、これ以上、長引かせるわけにはまいりませんので。着色兵!」

「チャクショク!」

 荷車の周りから、色鮮やかな戦闘員が飛び出した。


 青色一号。青色二号。赤色二号。黄色四号。

 胸にプリントされた太いゴシック体の番号が、走るたびに上下する。

「二号、右へ回れ!」

 二人が同時に走り出し、肩をぶつけた。

「青い方! 青い方の二号! 赤い二号はそこで待て、今、順に指示を出すから!」

 怪人が交通整理をしているあいだに、志基とひかりは変身の支度をした。


 腰の小さな炊飯器を開き、米粒型の鍵を差し込む。蓋を閉じると、それぞれの指先に青い光が灯った。

「炊飯(スイハン)!」

 もわもわんと、真っ白な蒸気が二人を包んだ。

 こまちは、湿気をかぶらないように弁当箱を胸元へ引き寄せた。


 やがて蒸気が晴れ……そこに白い戦士と、白い戦士が現れた。

「二人とも白なんですね。あの、格好いいと思いますけど、遠くで手を振られたら、たぶん分からないです」

「胸に名前がある。慣れれば大丈夫だ。俺たちも、最初は少し困ったが」

 志基の胸には〈ささ〉、ひかりの胸には〈こし〉と太いゴシック体で書いてあった。


 志基はしゃもじ剣を高く掲げた。

「粘り抜く正義の一粒、笹西志基!」

「越野ひかり。志基、右の二人、お願い」

「お前も何か言えよ。せっかく二人そろってるんだから」

「おばあさんの袋が破れたの。ほら、玉ねぎ。踏まれる前に行くから、続きはあとで」

 ひかりは走った。逃げようとして買い物袋を落とした老婦人と、追ってきた赤色二号の間へ滑り込み、鍋蓋の盾で棍棒を受け止める。


 志基も剣を構え直し、青色一号へ向かった。

 こまちは自転車のスタンドを立てた。転がってきた玉ねぎを拾って配達かごへ入れると、老婦人の手を取った。

「おばあちゃん、こっち。裏の道から帰れるから。お買い物は、あとで届けますよ。うちのお店、分かる?」

「通さんぞ!」

 行く手に、半透明の兵士が立ちはだかった。ゼリーに人の形を与えたような身体で、足元がゆっくり広がっている。

「我ら増粘兵トロミン! この広場からは一人たりとも——」

 両足が、粘る地面を引き延ばしながら持ち上がった。

「——逃がさ——」

 こまちは老婦人と顔を見合わせた。


 それから、二人で脇を通った。

「——ん!」

 横断歩道の手前で振り返ると、まだ着地していなかった。

 老婦人を裏道へ送り出して戻る頃には、二人の戦士は増粘兵の扱いに困っていた。


 志基のしゃもじ剣は、一体の肩に刺さったまま抜けない。ひかりの盾には、トロミンを間に挟んで青色一号が張りついていた。ひかりが盾を振るたび、青色一号も揺れた。

「何であなたまでくっついてるの! 暴れないでよ! そっちから引いてくれれば」

「チャクショク! チャクショク!」

「分からないって言ってる? 困ってるのは分かるけど、私も困ってるんだから」


 青色一号は、ひかりの盾の縁を両手でつかんだ。

 こまちは、その脇で倒れていた荷車を起こした。取り上げられた弁当は、幸い、どれも蓋が閉まっている。紙袋を拾い集めていると、丸い影が手元を覆った。

「お嬢さん。それはもはや時代遅れの非効率です」

 サプリキングが、こまちの背中へ語りかけた。

「お弁当ですよ。誰のか分からなくなると困るんで、ちょっと待ってください」

「いえ、ですから、その手間そのものが不要になるのです。これから人間は食卓に縛られることなく、空いた時間を、もっと有意義な——」

「あ、それ、梅田さんの」

 怪人の足の下から、こまちは紙袋を引き抜いた。


 印刷された店名の横に、黒いペンで〈梅田様・煮魚〉と書いてあった。

「膝が痛いから、配達を頼んでるんですよ。今日は病院へ行くからって、駅前で渡す約束だったの。梅田さんをどこへやったの」

「お食事の代わりになるものを、ご案内していたところで」

「食べるの、楽しみにしてるんです。昨日、わざわざ電話してきたんですから。明日の魚は何だって」

 こまちは紙袋の底を払い、荷車に戻した。


 少し曲がった持ち手を直してから、志基を呼んだ。

「笹西さん。勤務時間と、お給料は、あとでちゃんと相談していいですか」

「もちろんだ! 俺たちは、仲間とごはんを何よりも大事にする。それは約束する!」

 剣を引き抜こうと踏ん張っていた志基が、勢いよく答えた。

「その話と、お給料の話は別にしてくださいね」

 こまちが手を出すと、志基は腰の予備ベルトを外して投げた。

 彼女は受け取り、自分の腰に巻きつけた。

「このボタンでいいんですか。書いてある字が、小さくて」

「そっちは保温! 隣の、大きい方!」

「お年寄りだったら、ここで負けてますよ」

 押し直すと、ベルトが低く唸った。


 こまちは足をそろえ直した。

「炊飯(スイハン)!」

 蒸気の中から三人目の戦士が現れた。白かった。


 胸には〈あきた〉。こまちは胸元を見下ろしから、顔を上げた。

「おかず持参でまいりました。秋田こまちです。まず、その人たちを放してもらえますか」

 荷車の取っ手を握る。


 変身した腕に力を込めると、車輪に絡みついていたトロミンごと、荷車が持ち上がった。

「あら」

 こまちは、右へ、左へと荷車を動かしてみた。変身するとパワーが増大するのである。

「これ、配達がすごく楽になりますねえ」


     *


 広場の時計が正午を告げたのは、その直後だった。

「休憩!」

 サプリキングが片手を上げると、戦闘員たちが一斉に止まった。青色二号などは、振り上げていた棍棒をいったん背中へ収め、それから腕時計を確かめた。

「待て! こっちは、まだ——」

 しゃもじ剣を引き抜いたばかりの志基が叫ぶと、サプリキングは口髭を撫でた。

「お食事を大事になさるんでしょう? わたくしどもにも、休憩を取らせていただきたい。まさか、スイハンジャーともあろうものが、空腹のまま戦え、なんておっしゃるんじゃないでしょうね」

 志基は言葉をなくし、剣を下ろした。


 背後で、こまちが弁当箱を載せ直す音がした。研究室では一つも食べられなかった唐揚げを思い出し、腹が小さく鳴った。

「……分かった。ただし、先に捕まえている人たちを帰せ。弁当も返すんだ。昼休みというなら、全員の昼休みだぞ」

「はいはい。そのあたりは現場の判断で。ソルビン、昼食を」

 保存兵ソルビンが、保冷箱を載せた台車を押してきた。防腐の呪文が刺繍された上着を着た、腰の低い兵士だった。


 縁石に戦闘員を並ばせ、手際よく弁当を配り始める。

「一号さん、お茶もお持ちください。二号さんは、こちら。赤い二号さん、先週お箸を返されてませんので、あとで確認を。トロミンさんは、はい、いつものスプーンです」

 ひかりは盾を地面へ置き、青色一号が最後の粘りを断ち切って離れていくのを見送った。ふと目を上げると、サプリキングまで割り箸を割っていた。

「ちょっと。あなた、食事はいらなくなるって言ってなかった? それ、どう見ても幕の内弁当だけど」

「わたくしは販売部門ですので」

 サプリキングは、割り箸の先をきれいにそろえた。

「利用者としてのご感想をお求めでしたら、別の担当者をご紹介いたします。休憩後でよろしければ」

「……もういい。卵焼き、落ちそうだよ」

 怪人は慌てて弁当を持ち直した。

 三人が噴水の縁に座ったのは、それから少ししてからだった。


 取り上げられた昼食を持ち主に返し、最後に梅田さんをバス停まで送ってきたこまちが、弁当箱を広げる。博士が小型運搬機で届けたごはんからは、まだ盛んに湯気が立っていた。

 変身を解いた志基は、茶碗を両手で持った。指先に温かさが伝わると、ようやく肩から力が抜けた。

「戦いの最中に、こんな昼飯を食えるとはな。まあ、平和っていうのは、こういう時間のことで——」

「唐揚げは、いま三つずつにしますね。残りは午後の分。うちのお父さん、一度に全部出すと、あるだけ食べちゃうんで」

 こまちは取り箸を動かした。志基は彼女の話に相槌を打ちながら、隣の盆を見た。

「ひかりの方、大きくないか。いや、数は同じだけど、三つ合わせたら、かなり」

「遠近法じゃないの」

「隣にあるが」

 ひかりは自分の盆を少し向こうへ滑らせた。

「ほら、これなら」

「そっちへやったら、ますます怪しいだろ」

「食べる前に一つ交換します? 冷めますよ。大きいのも、小さいのも」

 こまちに言われ、志基は箸を取った。


 弁当箱の留め具が、ぱちん、と閉じた。

 そのとき、風が止まった。

 噴水の音が急に近づいた。


 石畳の目地を這っていた砂が、細い柱になって持ち上がる。柱は人の背丈まで伸びると、ゆっくりとほどけ、長い外套になった。つばの広い帽子が、その上に浮かんだ。

 帽子の下には、男女とも、老人とも若者ともつかない顔があった。


 ひかりは箸を持ったまま、身体を固くした。

「……砂の魔法使い(サンドウィッチ)」

 こまちも振り返った。


 砂はまだ、魔法使いの足元で小さく渦を巻いていた。

「お知り合いですか」

「いや、一度見たことがある。砂の魔法使いだ。味方か敵か分からないけど、前のときは、誰かが困ってるところを見て、ほくそ笑んでいた」

「そうですか。名前だけ聞くと、お昼に一緒にいてもよさそうなんですけどねえ」


 サンドウィッチは、こちらを見た。

「お気遣いなく。私は、ほんのひと粒でよい」

 ひんやりするような声だ。離れたところに立っているのに、すぐ隣から話しかけられたように聞こえた。


 こまちは自分の茶碗を見た。

「ごはんですか。ひと粒といわず、少しくらいなら」

「いや。持ってきた」


 外套から、細い指が現れた。

 親指と人差し指の間に、何かが光っている。

 志基が目を細めると、魔法使いはその指先を、彼の方へ向けた。


「何しに来た。あいつらの仲間か」

「どこに混ざるかなど、砂は気にせぬ」

「砂じゃなくて、あんたに聞いてるのよ」


 ひかりの言葉に、サンドウィッチは少しだけ首を傾げた。

 それから、指をすり合わせた。

 ひとすじの風が、広場を横切った。

 紙ナプキンの端がめくれ、サプリキングの旗が一度だけ鳴った。


「どうぞ。温かいうちに」

 魔法使いは、外套の中へ手を戻した。

 何も起きなかったように見えた。


 青色一号が、ごはんをひと口食べた。

 志基も食べた。

 サプリキングも食べた。


 じゃり。


 不愉快な歯触りに、三者が同じ角度で首を傾げた。

 志基は箸を置いた。


 舌の先で、口の中の何かを確かめる。米ではなかった。もう噛まなければいいと思ったが、一度噛んでしまった感触が歯の間に残っていて、舌を動かすと、また別のところで小さく鳴った。

「……じゃりだな」

 縁石の方で、青色一号が何度もうなずいた。

「チクショ……チャクショク!」

「ああ。そうだよな。今のは分かる。俺も、お前とたぶん同じことを考えてる」志基は言った。


 サプリキングが、箸を握り締めて立ち上がった。

「ソルビン! ちょっと来い! お前、何を保存したんだ、これは!」

「私が詰めたときには、入っておりませんでした。確かに確認しましたので、その点は」

「入っていないことを確認したのか、それとも入っているところを見なかっただけか、どっちだ!」

「そんなこと言われましても!」

 黄色四号が水筒を振り回し、赤色二号は口を開けたまま、うつむいていた。

 トロミンは指を口へ入れて砂を取ろうとしたが、今度は指が抜けなくなった。

 こまちは弁当箱の留め具を、もう一度確かめた。


 ひかりは水を配りながら、自分の茶碗へ何度も目をやった。

 手をつけていなかったが、どこまで見ても、普通のごはんだった。それがかえって嫌だった。

 水道の前では、志基と青色一号が蛇口を譲り合っていた。

「先に使え。俺は一度ゆすいだから。お前、さっきから口を閉じられてないじゃないか」

「チャクショク……」

「いいって。こういうときまで、敵も味方もないだろ」

 青色一号は棍棒を志基に預け、水を両手で受けた。


 志基はしばらく棍棒を持っていたが、それから少し考えて、足元に置いた。


「よいものだな。譲り合いというのは」

 サンドウィッチが言った。

 帽子の影が深く、表情が読めない。志基は濡れた口元を手の甲で拭き、何か言おうとしたが、その前にサプリキングが声を上げた。


「おい!」

 怪人が、魔法使いへ向き直った。

「何がしたいんだ、お前は。金か? 何か売りたいのか? だったら、まず話を——」

「売るほどは、入れておらぬはず」

「量の話をしているんじゃない!」


 サンドウィッチは、怪人の箸の先に目を留めた。

 つままれた、ごはんのかたまりがそこにあった。


「そのひと口を、まだ食べるかね」

 サプリキングは、箸を見た。

 口へ近づけかけて、止めた。


 魔法使いは、帽子のつばに指を添え、ひんやりと言った。

「それでは、ごゆっくり」

「待て! 元に戻していけ! 入れられるなら、出せるだろうが!」


 外套の裾が、風にほどけた。

 魔法使いの輪郭が崩れ、帽子も顔も細かな砂になっていく。


「砂を出せば、もう安心して噛めると思うかね」

 サプリキングの箸が下がった。

 志基も、自分の茶碗を見た。

「次のひと口でも、きっと私を思い出すだろう」


 声だけが、耳元に残った。

 砂は広場の向こうへ流れていった。

「帰るな! 今、話をしているだろう!」

 サプリキングは追いかけかけたが、数歩でやめた。

 風だけになった相手へ、箸を突きつけて立っていた。

 やがて噴水のそばへ戻ってくると、少し声を落とした。

「なあ……あいつを、先に倒さないか。われわれの件は、そのあとでいいと思うんだが」


 志基は、冷め始めた茶碗を見た。

 敵の言葉ではあるが、すぐには退けられない気持ちだった。


     *


 先に立ち直ったのは、こまちだった。


 取り分けたおかずを盆ごと包み、弁当箱を開けて、中身を確かめる。こちらは風の来る前に蓋をしていた。

「残しておいたおかずは大丈夫です。ごはんは、お店に取りにいきますね。今日、少し多く炊いてるので」

「悪い。俺たちの分まで」

「三人分くらいありますよ。まあ、けっこういろいろありそうなお仕事ですねえ」

 こまちは少し笑い、包みを自転車のかごに収めた。

 彼女が角を曲がるのを見届け、志基はようやく立ち上がった。


 サプリキングも、弁当の蓋を閉めたところだった。

「やはり危険なのです! 食事などというものは! 今の一件で、よくお分かりいただけたことと思う!」

「危険だったのは砂の魔法でしょ。ごはんは、何もしてない」

ひかりが言った。

「毎日三回、あの危険にさらされるのですぞ!」

「毎日三回来るみたいに言わないで。朝も、昼も、夜も、あの人が来るところを想像しちゃったじゃない。すごく嫌なんだけど」

 サプリキングは輪ゴムを諦め、弁当をソルビンへ押しつけた。


 背中を伸ばすと、口髭の左右をぴんと張る。

「よかろう。説明を尽くしてもご理解いただけないのであれば、あとは実際の効果をご覧に入れるほか、ありませんな!」

 胸の〈プレミアム〉の帯に指をかけ、一息に引き剥がした。


 下から、新たな文字が現れた。

〈今だけ増量〉

 丸い胴体が膨らみ始めた。


 足元から影が伸びる。

 駅の屋根を越え、時計塔を越え、それでもサプリキングは大きくなった。着色兵たちが弁当を抱えて逃げ出し、ソルビンが台車を押して後を追った。

 志基はひかりを連れ、広場の外へ駆けた。見上げると、怪人の靴底が広場のタイルを覆おうとしていた。

「大きくなっただけだ! それで、俺たちが怖がるとでも——」

『その大きいのが困るんじゃ。強がっておらんで、二人ともロータリーへ走れ!』

 通信機の向こうで、博士が何かのスイッチを叩いた。


 駅前のロータリーが開き、地下から巨大な炊飯器がせり上がった。

 腕が開き、脚が伸び、背中のしゃもじが陽を受けて輝く。胸の液晶には、今度こそエラーの表示はなかった。

〈メシヲ、クワンカァァァー〉

 町じゅうの窓を震わせる、厳かな声だった。


 ひかりは走りながら片耳を押さえた。

「あれ、もう少し優しくできないのかな。食べなかったら叱られそう」

「俺は好きだぞ。迫力がある。地球を守るなら、このくらいの」

「はいはい。気に入ってるのは知ってるから、足元見て」

 二人は昇降口へ飛び込み、操縦室まで上がった。


 椅子は三つ。その前に盆が三つ。

 防御用のレバーは肘の位置に寄せられ、箸を動かす範囲には何も出っ張っていなかった。

 志基が中央、ひかりが右へ座る。


 空いた左の椅子を、天井のセンサーが確かめた。

〈一名様、まだおそろいではありません〉

「来る。もうすぐ来るから、先に動けないか」

〈それでは皆様おそろいになりましたら、お声がけください〉

「店員か!」

 通信機が鳴った。


 志基は、まだ来客確認を続けるセンサーに手を振りながら応答した。

『ごはん、持ってきました。駐輪場ってどこですかね』

「秋田さん、そこに置いてきていいから! 足元に入り口がある!」

『でも配達用なんですよ。お店の名前も入ってるし。あの、大きい人に踏まれたら、午後の配達が』

 モニターの端で、こまちが自転車ごと昇降口に入っていくのが見えた。


 ひかりは、安全帯を締めながら言った。

「すごく、ちゃんとした人だね」

「うん。採用してよかった」

 間もなくこまちが操縦室へ入ってきた。保温容器を盆の間に置き、博士の説明を聞きながら、左の椅子へ座る。

『三人そろったな。米の栄養を動力へ変換し、全身へ送る。主砲にもじゃ。まずは食べること。それぞれ、茶碗を取ってくれ』

 盆の下から、三つの茶碗がせり上がった。


 こまちは自分の手を拭き、保温容器を開けた。白い湯気が上がる。

 しゃもじを入れると、炊きたての匂いが操縦室へ広がった。

 志基は受け取った茶碗を、しばらく見つめた。

「……大丈夫かな」

「お店を出てから、蓋は開けてませんよ。しゃもじも、中にしまってきました」

「うん。そうだよな。でも、さっきのも、見た目は普通だったから」

 自分でも情けないことを言っていると思ったが、箸が進まなかった。


 ひかりが自分の茶碗を持ち、彼の方へ少し身体を向けた。

「志基。一緒にいこう」

 三人は箸を持って、うなずき合った。

「いただきます」

 最初のひと口は、ゆっくり噛んだ。

 やわらかかった。


 志基は目を閉じた。ジャリは入っていない。噛んでも噛んでも米だった。もう一度噛んでから飲み込むと、腹のあたりまで温かさが下りていった。

操縦室の照明が明るくなった。

〈炭水化物、充填開始〉

『よし、動いた! ようやくじゃ。三人で食べれば動くとは分かっておったが、実際に針が振れると、これは、なかなか』

 博士の声を、激しい衝撃が遮った。


 サプリキングがロボの肩を殴りつけたのだ。志基はとっさに茶碗を胸へ寄せ、ひかりは盆を押さえた。

「非効率! 非効率ですぞ! 貴様らが食べているあいだに、わたくしは何回殴れるでしょうか!」

 もう一発が飛んできた。


 志基が叫ぶより早く、ひかりの肘が防御レバーを押し込んだ。ロボの腕が上がり、内蓋シールドが拳を受け止める。

「ひかり、右だ! もう少し——」

「分かってる。今、飲み込むから、そんなに話しかけないで」

 ひかりは茶碗を持ち直し、こまちを見た。こまちは足元のペダルを確かめている。

「これ、前へ踏めば、前に出るんですか」

『そうじゃ。かかとで引けば後ろへ下がる。両手は食事のために空けておけるよう、苦労したぞ』

「なるほど。そこは、うまくできてますね。自転車に乗るとき、お弁当を持って片手だと危ないですから」

 こまちがかかとへ体重をかけると、ロボは半歩さがった。


 目の前を、サプリキングの拳が通り過ぎた。

 食べるたびに、動力計の針が進んだ。


 志基が一杯を平らげると、両肩の蒸気口から白い煙が噴き出した。しかし主砲の表示は、まだ途中で止まっていた。

〈七十二パーセント〉

「博士、足りないぞ。結構食べたんだが」

『おかわりじゃ。君の盆の脇に、もう一つしゃもじがある』

「いや、おかわりはする。するつもりだけど、ごはんだけだと、だんだん」

 盆に、唐揚げが置かれた。


 こまちが弁当箱を開け、取り箸を持っていた。

「だから、おかずを持ってきたんです。ごはんは食べたいんですよね。食べたいけど、おかずは欲しいんですよ」

 志基は素直にうなずいた。


 続けてごはんを口へ運ぶ。唐揚げのジューシーさで食が一気に進む。さっきまで茶碗の中に多く見えていた米が、急に足りなくなりそうな気がした。

 ひかりも空の茶碗を差し出した。

「私にも、半分くらい」

「このくらいですか」

「もう少し。……うん、あと、そこにくっついてる分も」

 こまちが茶碗を返すと、ひかりは、誰も何も言っていないうちに付け加えた。

「おかずが残ると、困るから」

 主砲の充填音が高くなった。


 三つの茶碗から上がった湯気が、天井で混ざり合う。正面の計器が明るくなり、目盛りの最後の一つが灯った。

〈百パーセント〉

『今じゃ! 撃ったあとは蓋が熱くなるから、触るでないぞ!』

 メシヲクワンカーの胸が開いた。


 黄金色に輝く内釜の底へ、光が集まっていく。回転しながら前へせり出した光は、釜の縁からあふれ、広場を照らした。

 サプリキングは両腕を交差させた。

「初回限定バリア!」

 透明な壁が立ち上がった。

 表面には、細かな利用規約と免責事項がぎっしり浮かんでいる。


 ひかりは照準用の望遠画面を拡大し、右下の一行へ指を当てた。

「志基。あの盾、最初の一回だけだって。ただし同一世帯は——」

「最初の一回だけなら、それでいい! あとの字は、あとで読んでくれ!」

 志基は発射ペダルへ足を載せた。


 茶碗を盆のくぼみに戻し、改めて正面を見据える。

「おこめビィィィーム!」

 光の束が、まっすぐ敵へ走った。


 サプリキングの巨体が後ずさり、踵がロータリーを削る。

 バリアの文字が震え、一文字ずつ剥がれかけたが、壁は壊れなかった。やがて光が弱まり、ロボの胸から細い湯気が上がった。

「ふはははは! ご覧いただけましたか! こちらの防御性能、実際にご体験いただける機会は、そうそうございませんよ!」

 怪人は両手を広げ、左右を見渡した。見物している市民はいなかったが、引っ込みがつかなかったのか、ていねいに一礼した。


 その前で、バリアが消えた。

 操縦室では、こまちが保温容器を傾けていた。

「まだありますよ。底の方ですけど、三人で分ければ、ちょうど」

 志基とひかりは、茶碗を差し出した。


 サプリキングの笑いが止まった。

「……待て。今、何をしている」

「おかわりだ!」

 ひかりが内蓋シールドを構え直した。その陰で、三人は最後の唐揚げと、ごはんを口へ運んだ。


 怪人が慌てて殴りかかってきた。機体が揺れるたび、こまちは保温容器を膝で押さえ、ひかりは茶碗を少し高く持ち上げた。

 再び、内釜が光り始めた。

「お待ちください! 二回目以降のお客様は、別途お申し込みが必要です! まず、ご住所とお名前を——」

 志基は飲み込み、空の茶碗を置いた。


 こまちも箸を置き、ひかりがうなずくのを見た。

「おこめビーム、おかわり!」

 三人がそろって、発射ペダルを踏んだ。


 今度の光は、怪人の胸をまっすぐ貫いた。

〈今だけ増量〉の文字が弾け、つるつるしたカプセルの表面に、幾筋ものひびが走った。

「効果にはぁぁぁ! 個人差がありまあああす!」

 サプリキングは爆発した。


 空高く舞い上がった小さなカプセルが、ひゅるひゅると遠くへ飛んでいった。最後まで口髭だけは取れなかった。


     *


 夕方、研究室の机に、正式な採用書類が置かれた。


 こまちは袖についた米粒を取り、書類を汚さない場所へ弁当箱を寄せた。

「勤務時間は、基本、配達の合間でお願いします。土日は忙しいので、毎回は出られないかもしれません。あと、運動会のある日なんかも」

「分かった。地球の都合ばかり押しつけるつもりはない。店の方も、守るべき暮らしの一つだからな」

 志基はうなずき、面接用紙に書き込んだ。


 午前中には名前しかなかった紙が、ようやく埋まり始めていた。

「それと、おかず代は別ですよ。今日の分はいいです。ご挨拶ですから。でも、毎回これだけ作ってきてと言われると」

「……分かった」

「志基、そこだけ返事が小さい。今のもちゃんと書いて」

 ひかりが紙をのぞき込んだので、志基は〈おかず代〉と書き足した。

 こまちが署名を終えると、博士は満足そうにうなずき、壁の募集人数を〈三名〉から〈二名〉に書き換えた。空席を示していた人型の一つに、〈あきた〉と書き込む。

「これで本格始動じゃ。次の応募も楽しみになってきたのう」

「次も白なんですか。今日、遠くにいる二人を呼ぼうとして、ちょっと迷ったんですけど」

「むろん白じゃ。米じゃからな」

「じゃあ、字はなるべく大きくしてください。『あきた』は三文字だからちょっと小さいんですよねえ」

 博士は図面を取り出そうとしたが、こまちは先に、机の上の皿を重ねた。

「その前に。皿洗いの話なんですけど、今日、私が作りましたよね」

 志基は顔を上げた。


 ひかりも、書類から目を上げた。

「二人で洗っていただけると助かります。店へ戻ったら、あっちも片づけなきゃならないので」

「ああ、もちろん。それは俺たちが。食べた分くらい、働くさ」

 志基は皿を受け取った。

「そういえば、わしはせにゃならんことがあるんだった」

 博士は急に用事を思い出して奥へ引っ込んだ。


 やがて、小さな車輪の軋む音が近づいてきた。

「ついでに、こいつも頼もうかの」

 博士の押す台車には、メシヲクワンカーの内釜が載っていた。


 大人が六人は入れそうだった。志基が背伸びをして中をのぞくと、遥か底の方に、米粒が三つ、くっついていた。

「たわしは使うなよ。コーティングが傷む。柔らかいスポンジで、こう、円を描くようにな。傷をつけると、その次から米がくっつくようになるんじゃ」

 博士は、同じところを何度も手で撫でた。


 志基は内釜の縁に手をかけたまま、しばらく黙っていた。

「……あの敵、皿を洗わなくていいって言ってたよなー」

 隣で、ひかりがゆっくりと彼を見た。

「ちょっと、志基」

「いや、言ってたなと思っただけだ。裏切らない。裏切らないが、あいつ、人が困っているところは、よく分かってたんだな」

 こまちは声を出して笑った。


 それから流しの横でスポンジを二つ見つけ、洗剤を含ませて二人に渡した。

 外で、さらりと風が鳴った。

 三人は同時に窓を閉めた。

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