ワルツを眺めていたいだけー元カレ編ー
【登場人物】
アスター:文官兼配達人。第一皇子付き剣技指南役、第九師団顧問。
ステファン:第一皇子。
オリガー:アスターの父。第二騎士団長。
ロビン:アスターの弟。近衛騎士。
フランソワ:第九師団長。
ツバァイスワー家は、一代限りの男爵家である。
この国では本来、爵位と共に少しばかりの領地と城を賜り、次代の一代限りの男爵家が現れるまでそれを守る、形ばかりの名誉職だった。
しかし、ツバァイスワーは違った。
彼は、爵位と百人の騎士を賜った。
城と領地はいらないと一度は断ったが、国王陛下から、
『好きに使って良い』
と笑いながら、耕作地ではなくカラバン渓谷と、その一帯の森林を賜ったのである。
そんなバントーレ王国で今一番有名な男爵は、隣国の視察団を迎えるため、第一騎士団長らと共に、視察団が飛来するであろう王宮の、やり過ぎなくらい巨大で頑丈な第一解錠門前で直立していた。
「まだ来ないんですかねぇ。いい加減、飽きてきました」
「仮にも宰相が、そんな軽口叩かないで下さいよ」
少数の選ばれた精鋭騎士達と共に、疲れたようにそう話す案内役の宰相。
その隣で、今回の視察団の目的である第九師団長が呆れ顔で嗜めていた。
ひどく気安い雰囲気の二人だが、それもそのはずで、彼と彼女は正真正銘の親子である。
ツバァイスワー師団長の父娘とは違い、とても仲が良かった。
「フランソワの良い縁談話でも、溢れ落ちてこないかなぁ」
「嫌ですよ、同職者は。私の婿には文官が良いです」
「そうだなぁ……良さそうな人がいないか聞いてみよう!」
「よろしくお願いします」
大規模な見合い会場じゃないんだから。
二人の朗らかな会話に、後ろに控えていた者達が心の中で盛大にため息をついた。
「騎士だとね〜……うちの顧問より強い男じゃなきゃ、認められないもの」
楽しそうな声とは裏腹に、フランソワ・リンデル師団長の纏う空気が一気に張り詰めた。
今まで寡黙に佇んでいた男爵も、思うところがあったのか、ぴくりとこめかみを動かした。
その時だった。
空の一部が歪み、空間が切り裂かれる。
潮騒と共に、隣国の視察団一行が宙に浮かんで現れた。
「敬礼!!」
彼女の勇ましい声で、バントーレ王国騎士団側の者達が一斉に同じ格好を取る。
「お久しぶりでございます、リンデル宰相殿。騎士団の皆様方もお出迎えいただき、感謝申し上げます」
海原の波の上を歩くような慎重な足取りで、空に作られた道と階段を一番に降りてきた男が、恭しく頭を下げた。
柔和な笑顔に爽やかな声を乗せて、シードリャック皇国の第三皇子が挨拶をしたのだった。
※※
そもそも、この国の王侯貴族達が金を稼ぐことに抵抗が無いのは、主な収入源が税収ではないからである。
この国は、莫大なエネルギー源である雷煌石の産地である。
それが建国の由来でもある。
王侯貴族達の主だった仕事は、国から分配された輸出品による利益を、それぞれの領地に還元することだった。
例えば、ライフラインの速やかな運営や道路などの整備である。
そして、騎士団への入隊義務。
世界中のあらゆる機械に使われているソレを各国へ輸出することで、国庫の九割が賄われているほどだ。
雷煌石でできた地盤の上にできた国だと揶揄されるほどの輸出量を誇るが、逆に言えば、下手に掘ればすぐに掘削地となってしまうため、観光施設や商業施設が建てづらい。
加えて、爬虫類系の生き物の一部が、雷煌石の放つ煌炎という特殊な光線によって生態系に影響を受け、なぜか巨大化、および凶暴化した。
この【センプター】と呼ばれる雑食の生き物には、年に二回産卵期があり、その時期はより凶暴化する。
それらは生来の性分で、見境なくセンプター以外の動く生き物を襲う。
そのため、センプターへの対策費という名の軍事費は跳ね上がり、年々数を増やし、学習していくソレらに対抗するため、騎士達の実力も引き上げざるを得なくなっていった。
昔は資源を狙われ、侵略戦争を仕掛けられたこともあった。
しかし、いかんせん当時より数が増えたセンプターの根城のような国になっている現状では、手を出した側が侵略どころか上陸する前に壊滅しかねない。
世界会議などで話し合われた結果、近年では隣接する国や被害が深刻な国と共同戦線を張り、軍の応援を送り合うなど、友好的な立場を確保していた。
前提はここまでになる。
つまり、大規模なセンプター討伐が年に二回ある。
そうなると、その年によって場所は変わるが、僻地へ人がごっそり動くため、その二回の時期は討伐先の地方都市にとっても書き入れ時なのだ。
そして、この時期には石の輸出ができなくなる。
掘削地の周辺に、センプター達が好んで産卵用の巣を作るためだ。
普段は、岩肌のいかついカラバン渓谷やドバロ山脈に引っ込んでいる。
国の収入が無くなる間、遠征による出費は一年で最も多くなる。
騎士団に割く金へ全てを振るため、王侯貴族を含めた全ての者達が、自分達の生活を自分達で守らなければならなくなるのだ。
つまり、年二回、税金が徴収される。
普段、公共料金や学費等に税金は一切徴収されていないが、年二回だけ、この国民税は一律で取られる。
そして、それが愛国心を育てることになった。
『バントーレ王国は、何者にも手を差し伸べる。雷煌石の恩恵を、皆に分け与える義務がある。そのかわり、王国に住まう者達に年二回の忠誠を問うとする。愛無き者は、育め。愛を嘲笑う者は、去れ。怠惰な精神は、心身を醜く肥大化し、また崇高な信念は、心身を美しく磨くであろう。我々は世界を護る騎士を誇り、その死すら尊ぶ。全ての民に愛を捧ぐ国であり、全ての民から愛を返される国であろうではないか』
三代前の皇太子妃の言葉である。
その時、彼女の言葉が、ただの武闘家であったツバァイスワーの魂を揺さぶった。
そこから一門は武を磨き、愛国心を育み、今世、オリガー・ツバァイスワーの代にして、漸くその魂を完全なものとしたのだ。
「シードリャック皇国の者が、やけにバントーレと我がツバァイスワーについて語るじゃないか」
「昔、学院時代に留学してきた奴から、耳が痛くなるほど語られたもんでね。お返しに、私もシードリャック皇国への愛を語り返しましたよ」
「それは……ひょっとして」
背の高い、見目の良い二人組の男達が、他愛ない会話を楽しみながら喫煙している。
そこへ、ノックの後に扉を開け、また一人、喫煙しに来た者がいた。
喫煙所の一角はテラスになっており、階下にはシードリャック皇国一団を迎えた第一解錠門と、その後ろに続く演武場が見渡せた。
今は、数刻前に迎えた一団と共に合同訓練が行われているところである。
「休みじゃなかったのか? お前」
「非番だったけど、第三秘書室の秘書がやらかしたから、緊急の書類運搬で呼び出された」
「第三秘書室。アイツら、次は何やらかした? お前の格好見るに、起きてすぐ来たんだろ?」
「兄さん達の近衛騎士団にも飛び火するから、他人事みたいに笑ってられなくなるよ」
「お前……それ、誰かの首が飛ぶんじゃないか?」
「さてね」
女は、いつもは纏めている髪を無造作に下ろし、うんざりした顔で煙草に火をつけた。
煙草と言っても、この世界で嗜まれているものは、ほぼ薬のようなものだった。
氣を練る者の昂った気持ちや血流を鎮める効能が主だ。
ただし匂いが独特なので、吸わない者の鼻にはつく。
いつものきっちりと着込んだ平時の制服姿ではなく、訓練着を適当に着崩している彼女。
普段の隙の無い彼女らしくない服装と髪型で、言われなければ本人だと気づかないほどだった。
「そういや、アスター。お前の元カレって、コイツか?」
「分かってんなら、今聞くなよ。ユアン、こっち見んな。見たら、あの耄碌した馬鹿が喫煙所ごと私達を吹っ飛ばしかねない」
「良かった……無視されるような別れ方してないつもりだったんだけど。感動の再会で、熱烈なハグかますとこじゃないの?」
「「あーもう、ほんとバカ」」
「えぇ〜?」
うちのツバァイスワー男爵は、地獄耳だって散々言っただろうが。
と、彼女が言い終わる前に、雷が喫煙所へ直撃した。
ちなみに、化物兄妹とシードリャック皇国の化物が三人がかりで必死に城の喫煙所を守り抜いたので、何物にも傷一つ付かないで済んだのだった。
「今回の視察は、実に有意義でありますねぇ」
「お恥ずかしい限りです……」
シードリャック皇国の第三皇子リアンと、バントーレ王国の第一皇子ステファン。
リアンの方が三歳年上であるが、二人はとても仲が良かった。
そのため、この騒動は彼らの長年の親睦により、使節団の報告書からは省かれることになる。




