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【短編】ホラー短編シリーズ

弁当を温める女

作者: 烏川 ハル
掲載日:2026/03/31

   

「お弁当あたためますか?」

「はい、お願いします」

 俺の問いかけに対して、澄んだ綺麗な声で返してきたのは、赤いコートを着た女性。

 毎晩のようにやってくる常連客だった。


 このコンビニで俺が働くのは週3回。その(たび)に見かける客だが、まさか俺のシフトの日だけ狙って来店しているはずもなく、おそらく俺が不在の日も来ているのだろう。

 赤いコートはフード付きで、そのフードをいつも目深(まぶか)に被っていた。よほど恥ずかしがり屋な性分なのだろうか。

 目元まで完全に覆い隠されていて、これでは彼女も前が見えないだろう、きちんと歩けるのだろうか、とこちらが心配にもなるほどだ。

 すらりとした鼻や、薄くて形の良い唇など、見えている範囲内では「きっと美人に違いない」と思わせる顔立ち。フードで上半分を隠しているのが、余計に勿体なく感じるくらいだった。


 そんな彼女が買っていくのは、いつも弁当ひとつ。(ほか)には何も購入しない。

 手順通り「温めますか?」と尋ねれば、必ず肯定の返事。耳に心地よい声で「はい、お願いします」あるいは「はい、温めてください」と返してくれるのだ。

 会話というほどでもない、ほんの些細なやり取り。でも、俺はこれがとても気に入っていた。それほど彼女の声は魅力的で、大袈裟にいえば、まるで脳が(とろ)ける感覚だったのだ。


 彼女の声を、何度も頭の中で反芻する。バイト中だけでなく、帰宅後ベッドに入っても、ふと思い出す瞬間があるくらいだった。

 聞いたままの「はい、お願いします」や「はい、温めてください」だけでなく、二つ繋げて「お願いします、温めてください」にしたり、二つの間に妄想で一言(ひとこと)加えて「お願いします、私を温めてください」にしたり。

 それが俺の(ひそ)かな(たの)しみだったが……。


――――――――――――


「お弁当あたためますか?」

「いえ、結構です。そのままでいいです」

 思いもよらぬ返答に、俺はハッと顔を上げて、彼女を直視する。


 一月半ばの出来事だった。

 いつも通りの赤いコートで、フードは目深(まぶか)。相変わらず表情はわからなかったが、声がいつもより暗いのは、はっきりと聞き取れた。

 たまたま今日は、何か調子が悪いのだろうか。だから買って帰ってもすぐに食べるつもりはなく、それでここでは温めないのだろうか。家で(あと)で温めるのだろうか。

 そんな事情まで想像してしまったが……。


「お弁当あたためますか?」

「いえ、そのままで結構です」 

 その日以来、二度と彼女が弁当を温めることはなかった。

 声質そのものは一応、綺麗なままだったが、そこに暗い(かげ)りが感じられる以上、魅力も半減。何よりも、大好きだった「お願いします」や「温めてください」という言葉が聞けなくなってしまい、すっかり俺は意気消沈してしまうのだった。


――――――――――――


 それから一週間ほどが過ぎた夜。

 バイトのシフトは入っていない日で、のんびり部屋で休んでいたら、ちょっと小腹が()いてきた。

 軽く何か食べる物を買ってこよう。そう思ってアパートから出て、大通りを歩いていると……。


「おや? あれは……!」

 通りの反対側に見えたのは、赤いコートの女性が歩く姿。

 フードを目深(まぶか)に被って、手には弁当用のコンビニ袋を下げている。

 間違いない、いつもの彼女だ。

 そういえば、ちょうど彼女が弁当を買う時間帯。歩く方向から考えても、コンビニから帰る途中だろう。


 偶然の遭遇に、なんだか俺は嬉しくなった。

 いや道路の反対側なのだし、厳密には遭遇でも何でもない。たとえ顔を合わせたところで言葉を交わすような間柄ではないし、そもそも店外では、彼女は俺を知り合いと認識できないだろう。

 それでも、せっかく彼女を見かけたのだ。これも何かの縁かもしれないし、この機会を逃すのは勿体ない。

 俺は急いで信号を渡り、通りの反対側へ。彼女が歩く数十メートル後ろから、こっそり追いかけることにした。


 ストーキングという言葉が頭に浮かぶが、別に俺はストーカーではない、と自分に言い聞かせる。

 こうして彼女を追いかけるのだって、具体的にどうこうしようという目的や計画があるわけではなかった。

 ただ何となく、どの辺りに彼女が住んでいるのか知っておきたい、というくらいの気持ちだった。

 そんなことを考えながら、同じペースで歩いて数分。

 彼女の姿が突然、フッと消えた。


「えっ!?」

 一瞬、焦ってしまうが、すぐに冷静になる。

 あれは左へ曲がる脇道がある箇所だ。おそらく彼女は、そこを曲がっていったのだろう。その先の住宅街に、彼女は住んでいるのだろう。

 慌てて駆け出したりはせず、少し遅れて同じ曲がり角に到着する。立ち止まって脇道を覗き込むと、もう彼女の後ろ姿は見えなかった。

「あれ……?」

 まっすぐの脇道だ。まだ歩いている途中ならば、その姿が視界に入るはずなのに……。

 かといって、すぐ近くの家に入った様子もない。ドアが開くような音も聞こえなかったし、それらしき気配も感じられなかった。


「おかしいな。一体どこへ消えたのか……」

 不思議に思いながら、改めて周囲を見回せば……。

 俺の注意を引いたのは、曲がり角に立つ電柱。そこに縦長の看板が括りつけられていた。

 派手な宣伝文句や広告などではなく、簡潔な文字だけが書かれた看板だ。


「『1月13日』といえば、ちょうど彼女が、弁当あたためなくなった頃だな?」

 冒頭の日付を目にした時は、まだ俺も呑気な口ぶりだった。

 しかし読み進めるうちに、それが嘆きの言葉に変わる。

「ああ……。やっぱり前、見えてなかったのか」


 看板に記されていたのは、次のような文章だった。


『1月13日の夜この場所で人身事故が発生しました。

 ()かれたのは赤い外套の女性です。

 目撃した(かた)は〇〇警察署交通課までご連絡ください』




(「弁当を温める女」完)

   

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