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魅了を捨てた悪役令嬢は、他の魅力で無双する

作者: ジュレヌク


トン  トン  トン


深夜、アゼリアの家のドアを、誰かが遠慮がちにノックした。


薬草を煮詰めていた彼女は、杓子を混ぜる手を止め、耳を澄ます。


この隠れ家は、入らずの森と呼ばれる魔獣が多く生息する場所にあり、住み始めてから客が来たことなど一度もなかった。


しかも、急に訪れた冬のせいで、外は一面の銀世界だ。


普通なら、こんな日に命がけで危険な森を徘徊する馬鹿などいないだろう。


しかし、


トントントン


再び、催促するような強めの打音が響いた。


音の間隔の短さに、相手の苛立ちが感じられる。


アゼリアは、鍋を火から下ろし、杓子の代わりに火かき棒を握りしめた。


ドン!ドン!ドン!


今度は、巨大な何かが体当たりしているのか、建付けの悪い扉がガタガタと揺れ始める。


こうなると、もはや、面倒事の予感しかしないが、このまま放置すれば、戸を打ち破られそうだ。


「ふぅーーーー」


アゼリアは、諦めのため息をつくと、扉まで行き覗き穴から外を見た。


「あらあら、まあまあ」


チラチラと粉雪が振る中で、多くの魔獣が小さな子供に身を寄せ、寒さから守っていた。


家に体当たりをしていたのは、一番大きな虎のような魔獣だろうか?


その周りを、発光する物体がブンブン飛んであたりを照らしている。


子供の方は、目深にフードを被っている為目元しか見えないが、黒曜石のような美しい瞳をしていた。


その澄んだ眼差しが、真っ直ぐにこちらを見ている。


「お嬢ちゃん、こんな夜更けに、なんのようかしら?」


戸を開けぬままアゼリアが声をかけると、


「ファルム王国公爵令嬢、セリーヌ・デュボアと申します。貴女にお願いがあり、ここまで参りました」


子供らしからぬ返事が返ってきた。


身長から見るに、年の頃は、7,8歳か。


立派な受け答えと幼い姿にアンバランスな印象を受けるが、不思議と警戒心はわかない。



「まぁ、いいわ。お入りなさい。貴方達は、外で待つのよ!」


アゼリアは、ついて入ってこようとする魔獣達に火かき棒を向けながら、奇妙な訪問者を中へといれた。


「そこに座りなさい」

「はい。ありがとうございます」


アゼリアは、セリーヌに椅子を勧めると、ミルクを温める為に台所に消えた。


実は、内心、可愛いお客様に、少しワクワクし始めていたのだ。


冷え切った体を癒やしてやろうと、少し砂糖も加えてやる。


長い間一人暮らしを続けていると、会話に飢えてしまうのだ。


お盆に自分の分のカップも載せ、居間に帰ってくると、セリーヌは、椅子の座面に上半身を乗せて手足をバタバタさせていた。


どうやら、椅子の高さが彼女の身長と合わず、よじ登ろうとして失敗し、降りるに降りれなくなっていたようだ。


「ふふふふふ、ごめんなさいね。この家には、私しか住んでいないから貴女に合う椅子はないのよ」


一般女性より、かなり高身長のアゼリアに合わせ、すべての家具が通常の1.5倍程の大きさになっている。


「はーい、失礼するわねー」

「あわわわわ」


フワリとアゼリアに抱き上げられたセリーヌは、その豊満な胸の間に収まった。


「はぁ……はぁ……いえ……こ、こちらこそ……見苦しい姿を……お、お見せして申し訳ございません」


セリーヌは、お上品にお礼を言いたかったが、荒い息は、抑えきれない。


しかも、赤子のように抱きしめられ、益々顔は赤くなった。


「あ、あの……椅子に座らせていただけないでしょうか?」

「そう?私は、抱っこしたままでも良いのよ」

「いえ、私の精神衛生上宜しくありませんので、ご容赦ください」


あまりに必死に頼むので、アゼリアは、仕方なくセリーヌを椅子に座らせた。


ただ、残念なことに、座高も短いセリーヌの顔が、テーブルより上に出ることは叶わなかった。


「うっ……屈辱ですわ」


恥ずかしさにプルプル震えながら、セリーヌは、手を伸ばしテーブルの上に分厚い手紙を置いた。


「これは、なにかしら?」

「先ずは、お読み頂けると助かります」

「あら、そう?じゃぁ、読ませてもらうわね」


アゼリアは、封筒を開けて一枚目の便箋に目を落とした瞬間、目を見開いて動きを止めた。


その手紙の出だしは、

 





拝啓 業火の魔女アゼリア様


私の『魅了』を封印してください





であった。





          











魔女の起源は、定かではない。


神の祝福か、悪魔の呪いか。


老いる事なく、美しい容姿のまま、不可能を可能にする魔法を司る存在。


現に、アゼリアも、齢数百年と言うのに、ゴージャスでマーベラスな大柄美女だ。


魔女は、魔女からしか生まれない為、その昔、欲深い者達が、彼女達に偽りの愛をささやき、生まれてきた子を奪おうとする事件を幾度となく起こした。


それらは全て未然に防がれたものの、人間に愛想を尽かした魔女達は、この世から完全に姿を隠したのだ。


その後、いくつもの王朝が生まれては消えた。


今では、魔女は、架空の存在とされるようになっていた。


アゼリアは、一瞬、このまま手紙を破り捨て、セリーヌを家から追い出そうかとも考えた。


しかし、そうもいかない文字が便箋に並んでいた。


それは、数少ない同胞、姉妹の名前。


大雑把ではあるが、彼女達の隠れ家がある地域なども記載されており、これが公表されれば、信じるかは兎も角、仲間が危険にさらされる可能性がある。 


眉間にシワを寄せて読み進めると、この得体のしれない子供は、初めて会ったはずのアゼリアの過去についても事細かに書き込んでいた。


アゼリアには、過去に一度だけ本気で愛した男がいた。


アゼリアとは正反対の、小柄で痩せぎすだが、心は海より大きな男の中の男だった。


魔女であるアゼリアを心底慈しんでくれ、命つきるまで共に生きてくれることを約束してくれていた。


そんな彼が、ある日、魅了持ちの女にナイフで刺されて、呆気なく亡くなったのだ。


刺殺理由は、自分を愛さなかったから。


「真実の愛」を知る彼に、偽物の愛は効果を発揮しなかったのだ。


結婚を反対する姉妹達を説得するために、アゼリアが各国を回っていた間の出来事だった。



「貴女、何者?」

「私の心を覗いて頂くのが早いかと」



アゼリアは、目を細めて注意深くセリーヌを見つめた。


彼女の周りに、ユラユラと白い湯気のようなものが立ち上っている。


これは、生命力の色で、どの人間も一色しか持ち合わせていない。


しかし、セリーヌには、別の色が混じっていた。


それは、赤。


純真で清廉な白が、燃えるような赤に侵食され始めていた。



「ちょっと、失礼するわね」



アゼリアは、右の掌をセリーヌの頭の上に置いた。

 

そして、魔力を流して記憶に直接触れる。  





二十八歳


社会人


転生


乙女ゲーム


悪役令嬢


断罪






聞き慣れぬ言葉と共に、目の前のセリーヌとは違う女の記憶が読み取れた。


どうやら、セリーヌは、階段から落ちたショックで、前世である十和田ユカリという女性の記憶を思い出したようだ。


そして、自分が、魅了により学園を混乱に陥れ、最後に断罪される乙女ゲームの悪役令嬢であると知った。



「なるほど。これは、口で説明されても分からないわ。それで、私は、乙女ゲームでは『お助けキャラ』という役どころなのね」

「はい。ヒロイン用ではございますが」

「ふぅーん、迷惑な話だけど、傍で見てるだけなら退屈しのぎになりそう」

「退屈しのぎで殺されたくはないのです。このままストーリーが進んだら、私、断頭台に立たなくてはいけなくなります。私の推しは、攻略対象ですらありませんのに。本当に、口惜しい」



セリーヌは、口唇をかみしめ、泣きそうな顔で俯いた。


その肩で、セリーヌにこっそり付いてきた小型魔獣が小躍りし始める。


時々生まれる『魅了』持ちは、本人の意志とは無関係に異性を引き付ける。


狂ったように踊り続ける小型魔獣も、外で少女を待つ大型魔獣達も、セリーヌに魅了されているのだろう。

 

傾国の美女などと呼ばれた歴史上の人物達は、ほぼ、その能力を持っていたと言われており、それ程幸福な最後を迎えてはいない。


アゼリアが、そっと匂いを嗅ぐと、セリーヌからは、苺のような甘い香りがした。


これは、『魅了』特有の誘惑香だ。


子供の割に、なかなか香りが強い。


この匂いは、成長すると更に濃くなり、いずれ抗い難い求心力を持ち始める。


セリーヌは、前世の記憶を取り戻してから、怖くて仕方なかった。


母は、病気で早逝。


唯一の肉親である父は、それはもう、セリーヌを可愛がってくれている。


その溺愛が、『魅了』という得体の知れぬ力で生み出された偽物の愛だと突きつけられた気がして、毎日涙も止まらなかった。


だから、封印してもらおうと思ったのだ、魔女アゼリアに。


そして、父一人子一人、ゆるやかで優しい愛情を育みながら、普通の公爵令嬢として、人並みの暮らしをするのが望みだった。



「事情は、分かったわ。で、私への対価は、お幾らかしら?」

「え?お金を取られるのですか?」

「当たり前じゃない。利もないのに、協力する奴はいないわ」

「で、では、他の魔女の皆様の情報は、死んでも話しません!それで、いかがでしょうか?」

「それって、脅し?それなら、今ここで、貴女の口を封じないといけないわ」



笑顔のままのアゼリアから、目に見えぬ殺気が立ち昇ると、楽しげに踊っていた小型魔獣がガタガタと震えだし、腰が抜けたセリーヌは、椅子から滑り落ち床に転がった。


「私が、業火の魔女と呼ばれている理由、ご自慢の『攻略本』には載ってなかったのかしら?」

「お、思い出しました!知っております!知っておりますから、お待ち下さい!」


セリーヌは、魅了を封印することに必死になりすぎて、すっかり重要事項を忘れていた。

目の前の美魔女は、愛する男を殺した女を今も異空間に閉じ込め、死なぬ魔法をかけた状態で、恨みの炎で焼き続けているのだ。

この世に残る魔女の中で、最も美しく、最も優れた能力を持つ、最も危険な魔女。 



「な、な、なんでも、一つだけ言うことを聞きます!私、まだ子供ですの。お金は持っておりません!」


セリーヌは、地べたに這いつくばり、頭を地面に擦り付けた。

ジャパニーズ式、最上位謝罪だ。



「へぇ、なんでも?」

「ひ、一つだけならば。あと、命だけは、差し上げることは出来ません!」

「ふーん、まぁ、私も最近暇を持て余していたし。分かった。貴女のお願い事を聞いてあげるわ。その代わり、家に帰る時、私も連れて行くのよ」

「え?」



言葉の意味が分からず、セリーヌは、間抜け顔でアゼリアを見上げた。



「『魅了』を封印した後、貴女が、どう生きるのか。とーっても興味があるの」



妖艶に微笑えんだアゼリアは、呪文を唱えると、瞬く間に大型猫の定番とも言えるメインクーンへと变化した。


「ほら、お持ち帰りしやすくなったでしょ?」


アゼリアは、満足げに顎を上げて天井に顔を向けているが、小さなセリーヌは、この巨大猫を抱き上げられる気が全くしなかった。













「アゼリア様、お助けくださいませ」



今日も、アゼリアの前で、セリーヌは両手をすり合わせてお願いをしている。


魅了を封印してもらい、恐る恐る屋敷に戻った彼女を待っていたのは、今まで以上の父の溺愛だった。


愛娘が王都から領地に向かう途中の雪山で遭難し、二日後に見つかったのだから、心配性に拍車がかかっても致し方ない。


だが、それが、一週間、一ヶ月、一年経っても、減るどころか増す一方。


魅了のせいで溺愛されていると思い込んでいたセリーヌは、嬉しいやら恐ろしいやでパニックになりかけたのだが、


「何を言ってるの、父の愛は真実の愛にも勝るとも劣らない本物の愛よ。たかが魅了ごときにに左右されるはずないでしょ?」


とアゼリアに笑われた。


結局、アゼリアの父、ルシウス・デュボア公爵は、筋金入りの親馬鹿だったのだ。


今日も、宰相としての仕事を部下達にサクサク振り分けて、定時退社を目論んでいる。


こうして、父と娘の関係は、今後思春期なども挟みつつ、これまで以上に深くなっていくのだろう。


しかし、一難去ってまた一難。


セリーヌの抱える問題は、それだけに留まらなかった。


「教会の洗礼で、女神の祝福を頂いてしまいました。これ、正ヒロイン限定のステータスです!絶対、おかしいですわ!!」

「くれるって言うなら、貰っておけば良いじゃない」

「嫌です。女神の祝福を得た娘は、王太子妃選定試験に強制参加させられてしまうのです!」


涙目で縋られても、既にセリーヌには数々の加護やらスキルやらが授けられている。


アゼリアは、鑑定眼を使ってセリーヌのステータスを覗いてみた。

  


魅了(封印済)

聖獣の加護

精霊王の愛子

女神の祝福 NEW 

王太子妃候補 NEW



スキル

多言語自動翻訳(前世、翻訳家)

異種格闘技(前世、趣味格闘技)

精神耐性MAX(前世、パワハラ上司あり)

エトセトラ

※転生前に取得した能力は、自動継続される転生者特典発動



聖獣とは、アゼリアの家に体当たりした、あの虎のような魔獣。


精霊王とは、セリーヌの周りをブンブン飛んでいた金色の物体の中で、一際輝いていた奴だ。


単身で、入らずの森に入ってきた小娘に、彼らが惹かれたのは、勿論魅了の力が原因だった。


しかし、その後、自らの意志で魅了を封印してもらい、ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶセリーヌの姿に彼らは興味を持ったのだ。


だから、アゼリア同様、姿を変えて、セリーヌに付いてきた。


ただ、おねだりばかりで全く役に立たない。


「そろそろ諦めたらどーじゃ?それより、おやつを所望する。貢物を用意せよ」


トラネコに姿を変えた聖獣が、伸びをしながら、甘味の催促を始めた。


「そうだ、そうだ、今日は、シフォンケーキを食べたいぞ。イチゴジャムを用意して!」


マンチカンの仔猫に変身した精霊王も、グルグルと喉を鳴らして、セリーヌの足に顔を擦り付けてくる。


「精霊王様!貴方には、王としてのプライドは、ございませんの?」


精霊王を抱き上げたセリーヌは、結局フワフワの毛の手触りの良さに負けてギューッと抱きしめた。


「あら、精霊王ばかりズルいわ!カワイイ仔猫に変身するなんて、あざといのよ!」


ピーンと尻尾を立てたアゼリアは、シャーーと精霊王に威嚇をする。


「それなら、君も、子猫になればいいじゃないか、業火の魔女」

「やめてよ、そのセンスのない渾名!昔から嫌いなのよ!」

「セリーヌ、そんな二人は放っておいて、我にケーキを持って来るのじゃ」



三人、もとい、三匹の声は、セリーヌにしか聞こえない。


侍女達は、セリーヌのベッドの上で戯れだした三匹の猫を、慌てて捕獲しようと動き出した。


わーわー、バタバタ。


皆が騒ぐ中、一人、セリーヌは、


「魅了を封印したら、全部上手くいくはずでしたのに」


眉を下げて、口をへの字にした。


その横に、まるで最初から居たかのような自然さで、一匹のシャムが座っていた。


それが、教会から付いてきた女神であることに気づき、更なる大騒ぎになるまで、あと数秒。 


後に、女神に、何故自分に加護を授けたのか聞いたところ、


「(魔女等の守護者が)一杯いて、(自分が守らなくても)楽そうだったから」 


と言われた。


ますます人間離れしていくセリーヌだった。





















魅了を封じてから4年の月日が経ち、セリーヌは、12歳になっていた。


とうとう、乙女ゲームの舞台となるソラリス学園へ入学する年齢となったのだ。


とはいえ、物語が始まるのは、『女神の祝福』を持つ平民の正ヒロインが、治癒能力に目覚める15歳の時。


まだ、3年の猶予はある。


しかも、転生者特典をフル活用し、2年前に入学を果たしているのだ。


そうすれば、同い年のヒロインや、3つ上の王太子やその側近たちと同じクラスになることはない。


主人公と攻略対象さえ避ければ、あとは、自由に過ごせると思い込んでいた時期が、セリーヌにもあった。


「やぁ、セリー。今日も、可愛いね」


友達とカフェテリアで団欒している所に、王太子が側近達を引き連れてやってきた。


「殿下、愛称で呼ぶのは、未来の花嫁だけにされたほうが宜しいかと」


「だから呼んでいるんだよ、セリー。これも、良からぬ思いを抱く者達への牽制だよ」


チラリと側近たちに鋭い視線を向けた後、人当たりのよい微笑みを浮かべながら、王太子、サルベール・ファルムは、勝手にセリーヌの隣りに座った。


セリーヌは、王太子妃候補に名前を連ねたままではあるが、頑なに拒否を続け、父の援護射撃もあり、正式な婚約者にはならずに済んでいた


ただ、2年も早く入学を果たした頭脳明晰さや、社交界の花と呼ばれた亡き母生き写しの美貌、剣術大会で騎士科の生徒を差し置いて優勝した腕前を理由に、セリーヌを王太子妃へと推す者が多い。


この状況に、自業自得だとアゼリアは呆れ、自重できぬのに無駄な努力はやめろと聖獣が笑い、女神は無言を貫き、どんなセリーヌも好きだよと精霊王に慰められている。


「殿下、何度も申し上げておりますが、私には、思い人がおりますの」


「知っているさ。今までに、何千回も聞かされてるからね」


前世28歳まで生きたセリーヌに、15歳の攻略対象達は、お子様過ぎて恋愛対象になど見れない。


セリーヌは、あらゆる人に、何度も、何度も、何度も、何度も、自分の推しについて話してきていた為、この事を知らない者はいないほどである。


「巷を賑わせるS級冒険者、竜殺しのファントム・メナス。誰一人、本名を知らない、怪しげな男だ。セリーヌだって、一度も会ったことない者に、君を譲るつもりはないよ」


サルベールは、愛しい婚約者候補の頭をヨシヨシと撫でた。


「殿下、お止めください!髪が乱れてしまいます!」


語気は強めなのに、控えめにフルフルと顔を横に振り、眉を下げることしか出来ないセリーヌに、この様子をコッソリ伺っていた周りの者達も目尻を下げる。


普段のツンツンした態度とは裏腹に、押されると強く拒否できないセリーヌは、陰でツンデレセリーヌと呼ばれ、かなりの隠れファンを得ていた。


知らぬ間に、どんどんと支持基盤を増やしているセリーヌ。


うっかり、今日入学してくるはずの正ヒロインの監視を怠ってしまっていた。


しかし、何も心配する必要はない。


「女神の加護」をセリーヌに横取りされてしまった彼女は、逆に、「料理人」という無難にして最高なスキルを手に入れ、現在、王都一番の有名店で修行中だ。


「セリーヌ、本当に、今日も可愛いよ!」


魅了を封印したのに、全方位から溺愛されるセリーヌは、自分が持つ攻略本情報が、既に役立たずになっていることに気づいていない。


まず、セリーヌを断罪するはずだったサルベールは、虎視眈々と彼女を正式な婚約者に据えることを企み、腹黒さ全開で根回しをしている。


後ろに控える攻略対象達も、それを阻まんとわざわざ側近になり、サルベールの画策を未然に防いでいるのだ。


中でも、剣術大会でセリーヌに惜敗をきした騎士団長の息子は、父親も巻き込んでリベンジ後の告白を目論んでいる。


「ふふふ、知らぬは、本人ばかりなりね」


見てて飽きないセリーヌに、今日も、アゼリアは、窓辺で満足げに日向ぼっこをするのだった。



END






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