31.冥門【イグゼアの鬼刃王】
このレイドで推奨されている人数は、パーティー最大の12人。今思えば俺はもう感覚がおかしくなっていたのかもしれない。
(……皆の恐怖が伝わってくる)
表情を見ないでもわかる。そうか、そうだよ……思い出した。俺も初めてこいつと対峙した時は、ここがゲーム内だというのに心底恐怖していたことを思い出した。
(この【イグゼアの鬼刃王】は、物語でいうと中盤以降に戦うレベルのボスだ。ソロでやり続けていたことが仇になった……)
「みんな、ごめん」
返事を待たずに俺は走り出した。こうなったら一人でもやるしかない。皆を狙って向かってくる白銀騎士。その後方から撃ちだされた魔法をこちらもスキルで相殺する。近接の剣をパリィし、追撃してくる奴を蹴り飛ばす。
(……ここで、ゲームオーバーになる可能性はおそらく高い)
こうなってみてわかった。精神のステータスが高い俺と皆が違う事。このレベルの強敵と相対した場合、皆は恐怖で一歩も動けなくなるのだと。
このままだと、皆はやがて迫りくる白銀騎士にやられてしまう。あの王が動きだせば俺でも皆を庇う事は難しくなる。
(でも、だったら……たとえ今回が駄目だとしても、次へと繋げるためにやれることを全てやる!!)
――ドゴ!!
「がはっ……!!」
集中力を欠いたせいで死角からの攻撃に対応が遅れる。吹っ飛ばされた俺はラッシュの足元へ転がり止まった。
ラッシュの視線は真っ直ぐ王に向かっていて、体が震えている。そして、それは彼だけじゃなく、他のコクエやウルカも同様だった。
「ワウ!!」
「……!」
カムイが俺の顔を舐め心配している。いや、これは。
「うん、行こう……カムイ」
「ウォーンンン!!」
俺の前に出たカムイは騎士たちに威嚇し戦おうと構える。心強い。
再び敵陣へと切り込む。今度はカムイの攪乱のおかげで敵に隙が生まれ攻めやすくなった。
「いいぞ、カムイ!!」
「ガウウウ!!」
☆
――怖い。圧倒的な恐怖。力の差で体が動かなくなってしまうほどの畏れを抱いたことは今までにない経験だった。
(……おじい様……あたしは)
皆が大好きです。命をかけて、守りたいと思ったあの気持ちは本心でした。でも、なんで……脚が震えて動かない。
「ラッシュ、コクエ……」
ウルカが震えた声で言う。
「僕わかったよ。リンはずっと、あんなに怖い場所で戦っていたんだね」
あたしはリンへと視線を移す。次々に襲い来る斬撃を躱し、隙間を縫うように死線を潜り続ける。それはもう一つミスれば死を招く曲芸のようにもみえた。
「……ずっと、ずっと……戦ってたんだ。あたしたちを守るために、何度もこの恐怖を乗り越えて」
隣で剣を抜く音が聞こえた。
「今度は俺たちが守る番だよな。行こう」
走り出したラッシュ。その背中は大きく見えた。
☆
――最近兄貴の夢を見る。俺は兄貴に対して「仲間を見捨てて本当に逃げたのか」と問うが、いつも困ったように微笑み姿を消す。
兄貴のもとへ行くことができたら、その答えを聞けるのだろうか。
この俺の中の戦いも終わらせることができるのか。
皆に申し訳なく思わずに済むのだろうか。
戦いの中に命をかけてなにかを残せたのなら、皆は許してくれるのか。
(……兄貴と似ている俺を見るたびに辛い顔をする父さんも、もう苦しまなくてよくなるかもな)
――ガキィイイイインン!!
「!?、ラッシュ!!」
リンへ振り下ろされた剣を盾で防ぐ。ミシミシと軋む体。リンに教わった通り、敵から目を離さずに受け威力を全身で分散させる。
「大丈夫か!!」
「うん、ありがとう」
リンがバックステップし後方へ移動。俺がトップに立ち、少し後ろ左右にコクエとウルカが位置取る。そして一番後ろに司令塔のリン。いつも通りのひし形のフォーメーションで騎士たちを迎え撃つ。
リンがもう既に4体を屠っていたので残り9体。魔法を使う騎士を優先して倒していたようで残りは物理アタッカーにみになっていた。襲い来る騎士の攻撃を盾と剣で捌く。騎士によって獲物が違うので注意深く選定し受けるかいなすか、または回避するかを瞬時に判別。
アタッカーであるコクエとウルカ、カムイが攻撃を当て続けているがなかなか敵は減らない。
(やっぱりリンはすげえな!!こんな奴ら相手に一人で!!)
ウルカの矢が尽きたようで前線へ出てくる。鉈で騎士と切り結ぶ。攻撃をひきつけつつウルカのサポートが仕事に入ってくる。
「ウルカ!あんまり前に出過ぎないで!!できるだけラッシュの側にいて!!」
「りょうかい!!」
後方からリンの指示。だが騎士の動きが異様に早い。火力も今までの敵が比にならないくらいでなかなかウルカから敵視を奪えずにいた。
(くそ、俺がやらないと!!しっかりしろ、ちゃんと守るんだ!!俺は兄貴の――)
――ドゴオオッ!!
「がはっ!!!」
死角から放たれた一撃。ハルバートによる破壊力のあるそれを盾でまともに受けてしまい砕かれる。あまりの威力にリンの足元まで吹き飛ばされた。
「ラッシュだいじょぶ!?」
俺は急いで立ち上がる。
「わ、わりい、大丈夫だ。リンが攻撃あたる瞬間にヒールいれてくれたんだろ?怪我はない……ありがとう」
前線でコクエとウルカ、カムイが必死に騎士たちを食い止めてくれている。早く戻らないと。
「ラッシュ」
「これ」
腰に差していたお守り代わりの兄貴の銅の剣。さっきの衝撃で落としたんだろう。俺はリンから受け取る。
「もしかしたら、これで終わりかもしれない。だから伝えておくよ……この銅の剣は、君のお兄さんが立ち向かった証だ。君のお兄さんは仲間を見捨てて逃げたりなんかしてない」
「え?」
今、なんていった?兄貴が逃げていない……?
「今、思い出したよ……君は以前の俺と同じ目をしていた。色んなものを背負い過ぎていて、そのプレッシャーで死にたくなっていたんだろう。でも、そうはさせない。この戦いが終わって、無事に村を危機から救ったら、君のお兄さんの眠る場所へ行こう。そこに答えがあるから」
リンはポンと背中を叩きこういった。
「最後まで抗って、生き抜くよ。そしてお兄さんに会いに行こう」
『――ラッシュ、行くぞ』
声が聞こえた気がした。あの日から聞くことのなかった声が、確かに。
壊れた盾の代わりに兄貴の剣を握りしめ、俺は再び前へと走りだした。
☆
――ラッシュの銅の剣が青く輝く。それが瞬時に魔力の盾へと変わり白銀騎士の攻撃を防ぐ。
【クエスト『残された剣の覚醒』をクリアしました】
ラッシュの隠しクエスト。これがあの固有武器の解放条件。
昔ネットの情報サイトで見たことがあった。村が滅ぼされたあとにラッシュの遺品として手に入るアイテム【友の慰霊剣】。それはある条件下で強武器へ姿をかえると噂されていた。
あれはSR16『零銘の魔法剣』攻撃力(物):2880 攻撃力(魔):1980
特殊スキル『魔盾』で盾としても使えるタンク専用武器。おそらくラッシュのみが扱える武器だ。
ラッシュが白銀騎士の攻撃を受け流す。たどたどしかった先ほどの彼とはまるで別人の動き。判断力と瞬発力にキレがある。全身を覆う魔力にも澱みが無く、攻撃をガードした時の衝撃をうまくいなしていた。
(レベルがウルカの時と同様、大幅に上がっているせいか……それとも)
――ズンッ
その時、座していた王が沈黙を破った。残りの白銀騎士は4体。まだ少しかかるな。俺が王を引き付けて白銀騎士の方を皆に任せるか?今のラッシュは攻撃をほとんど受けていない。火力不足は否めないが……。
「みんなで!!戦おうよ!!」
「!!」
コクエが叫び、飛び出そうとした俺の気持ちを引き留める。
――ドオオオンンン!!
振り下ろされた王の大剣。ラッシュがパリィし軌道を逸らす。真横に深く突き刺さった。その瞬間床が爆発し吹き飛ぶ。
「……大丈夫?」
あらかじめコクエ、ウルカ、カムイに退くように指示をし、爆発の瞬間スキル『魔糸』でラッシュを救出。
・『魔引』:糸状の魔力を張り付け敵を引き寄せる。対象が自重の3倍あると失敗する。リキャストが長い。
「し、死んだかと思った……」
敵が迫ってきているので手短に解説へ入る。
「あの王の持つ赤い大剣、【ヘルバウダー】は炎の力を宿している。受けたら引くのが基本。そしてもう一つ、青の大剣【ヒョウカゲツ】は氷の力を宿している。あれは直接的に触れてしまうと凍らされて即死だ。気を付けて」
「え、待って?知ってたんなら教えといてほしいんだけど?」
ラッシュの頬がひくひくと引き攣り、笑みを浮かべる。
「実際に見たほうがいいかと思って。さあ、行こうか!」
「「おー!」」「えぇ……」「ワン!」
若干引いている様子のラッシュ。対して俺は高揚していた。ラッシュのあの動き、王のあの剣速を見切ってパリィできた事実。初見であれを受け流せるプレイヤーは中々いない。
もしかするとスキルに『見切り』でもあるのかもしれない。まあ、それでも凄いんだけど。
(これなら、白銀騎士を倒しきっても大丈夫そうかな)
「コクエ、ウルカ、カムイ!私とラッシュで王の相手をするから残りの白銀騎士を処理してくれ!」
「りょーかい!」「わかった!」「ワンッ!」
ラッシュが王へと突っ込んでいく。大剣による連撃を捌いていく。受け流した時に生じるHPの削りを回復させつつ俺はアタッカーのHPも管理する。タンクがいなくなったアタッカー陣はHPの消耗が早い。一つ間違えれば即死亡につながる。
(まあウルカがガード系のスキル『精霊の加護』を発動してくれているみたいで急所に当たって即死なんてことは無さそうだけど。やっぱり頼りになるな)
ウルカは動きが良い。さりげなくやっているから目立たないけど、ポジション取りが上手く、ヒーラーやタンクからするとすごくやりやすい。彼女はまるでこちらの気持ちを汲んでくれているかのような動きをする。
――ガシャァーン!!
白銀騎士が残り2体となった。王の力が増していく。
(さて、ここからが本番だ……!)
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