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羅刹の鳥 二

 さて、いざ仲人になってみたはいいものの、およそ男女の結婚に関して仲人がやることはそう多くはない。


 お見合いの際、ぼくは屋敷の一室を貸してお茶とお菓子を用立てたが、結局話し合いはあれよあれよという間に纏まってしまい、ぼくは「仲人もそれでよろしいですか?」と問われて「よきにはからえ」としかいう必要が無かった。


 実際のところ、五番目の紹業とやらは確かに少し間抜けなところがありはしたものの、旗人の息子としては悪くない男ぶりであり、それに惚れ込んだという文家のお嬢さんもまずまずの美人であった。といってもこの場合、美人云々というよりは性格の方がものを言ったのであろう、彼女は控えめだが芯の強い人のようで、この間抜けな男のことも根気強く支えてやろうという気概を持っていた。これが父である天祥老の琴線に触れたわけである。


「親王殿下、わたくし、このお方を愛しております。何卒、よくお話がまとまります様、お引き回しのほど、よろしくお願い申し上げます」


「へへ、ど、どうぞよろしくお願いいたします」


 お嬢さんに続いてぺこりと頭を下げる夫候補。将来きっと嬶天下で尻に敷かれるであろうことが容易に想像できたが、ぼくは敢えてそのことには触れず、ひとまずめでたい話がまとまったということで、おめでとうと頷くにとどめたのだった。


 そうして婚約がまとまり、結納やそのほか諸々の儀式を手早く済ませ、半月の後にはいよいよ結婚式の当日ということになった。これが終わればぼくもお役御免、目玉が飛び出るほどの金額だった細君の持参金の一部を報酬として受け取れるわけではあるが、別にそんなことはどうでも良かった。


 その時のぼくは、とにかく初めての勤めがうまくいったことに安心しており、どこか気が抜けていたことは間違いない。このことが後になって悲劇を招き寄せることになったかと思うと、今でも悔やまれる次第だ。


 夕暮れ時、花嫁の乗った豪奢な駕籠が実家を出発し、仲人であるぼくに先導されて内城の蒋家の屋敷へ向かっていた時のこと。


 これまでにぼくは何度か、他人の結婚式に参列したことはあるが、その日仲人として参加した式はこれまでのどれにも劣らない、煌びやかで豪華なものであった。手始めに露払いの先導役が数名進み、その後ろを仲人であるぼくが行き、朱塗りの箱に嫁入り道具を詰めた荷物持ちが続く。


 行列の真ん中には花嫁を乗せた絢爛な駕籠があり、八人の駕籠かきがこれを支えている。朱の漆を塗った上に鳳凰や麒麟といった瑞獣を彫金で模ったこの駕籠は、代々文家に伝わる家宝だったものだと聞いた。沿道に詰めかけた人々のため息さえも耳に入ってくる。


 と、この様な豪華極まる行列の様子を詳しく語っていては、いくらあっても話が進まないからこの位に留めておくことにしよう。


 そうして、ぼくらは門から内城へと入り、蒋家の邸宅へ行く途上、さる六部の高官の邸宅の門前を通り過ぎることになった。その時、これまで雲ひとつなかった夕暮れ時の空に不吉な紫色のたなびく靄がかかったかと思うと、俄かに土煙を巻き上げた突風が吹きつけて皆の視界を奪ったのだ。


 すぐに収まるかと思われたのだが、それは執拗にぼくらの周りを回る様にして吹き荒れ、皆目に入った砂を落とそうとしゃがみ込んでしまうほどだった。


「大丈夫ですか、永暁さま」


「ああ。畜生、それにしても嫌な風だ。いささか幸先が悪すぎやしないか?」


 そう毒づきながらも、行列は進めなくてはならぬ。ぼくはもう一度馬の手綱を引き締め直し、改めて行列を先導して新郎の待つ屋敷へと向かった。後に従う人々も、困惑しつつ笛を吹いたり鉦を鳴らしたりして目出度い日を祝福する。


 ところが、その様にして行列が新郎の屋敷の門前にたどり着いた時、最初の事件は起こった。ぼくは馬を降りて駕籠から花嫁の手を引いて下ろしてやり、早速待ち兼ねている新郎のもとへ連れて行こうとした。しかし、


「お待ちくださいませ、殿下」


 そう凛とした女の声がしたかと思うと、なんと駕籠の中からもう一人、『同じ花嫁』がぬうと姿を現したのである。あっ、とぼくが声を上げることもできずに立ちすくんでいると、彼女は頭に被っていた羅紗布の衣装をとって顔を見せた。


 その下にあったのはこれまで何度も目の当たりにして来た花嫁と顔貌から化粧から、何まで全く同じ姿の女性であった。ぼくが慌てて隣に立っている花嫁の衣装を捲り上げると、瓜二つの顔が不思議そうに見つめていたので、いよいよどちらが本物なのかわからなくなってしまう。


「おい『名無し』、これはどうしたものか」


「恐らくはどちらか妖魔の類が化けているのじゃありませんか?」


「とはいえ、そのまま連れていくわけにもいくまいし、万一取り違えればことだ」


「ひとまず新郎がお待ちかねです、連れていくことにしましょう。妖魔の類ならばじきに尻尾を見せるはずです」


 それより他に無いか。ぼくは頷いて二人の花嫁についてくる様に命じ、屋敷の中に足を踏み入れた。そして、予定通り新郎の家族と花嫁『達』を引き合わせる。


「おおこれは、どうしたことじゃ」


「さあ、わたしとしても何が何やら分かりませぬ」


 ぼくと天祥老が困惑した顔で話をしている間、当の新郎本人はなんとも気楽なもので、


「おやあ、やったあ、一人を娶るつもりが二人になった。それも大層な美人ときている。いや父上、きっと文殿は双子の娘があるのを今日まで隠しておっただけでございましょう?」


 などとふざけたことを言って、二人の瓜二つの花嫁と戯れあっている。もちろん疑いの眼を向けられた文大人は慌ててそれを否定し、父親である自分にも見分けがつかないと言った。


「なら仕方がない、ひとまず二人の花嫁を両脇に置いて、式を進めることにしよう」


 ぼくは中央に新郎を立たせ、その両脇を花嫁で固めさせる様に儀式の差配を変更して、ことを運んだ。神前で婚姻を報告する時にも、あるいは親戚たちと共に宴をする際にも、真ん中にはひどく顔の緩んだ新郎が座り、その両脇に全く同じ姿の花嫁が並ぶ奇妙な絵面。


 正直なところ楽しむどころでは全く無かったが、一先ずめでたい席であるから、ということで誰も何も言わずに恙無く全ての式次第が終了する。


「親王殿下、この度は仲人のお勤め誠にありがとうございました」


「は、はあ」


 お礼として、ぼくは銀両がぎっしりと詰まった重たい箱を新婦の家族から受け取ったが、なんとも釈然としない終わり方である。ひとまずここから先は夫婦の時間であるから、ぼくら仲人は早めに退散しなくてはならない。


「では、お床入りというところで……」


 新郎と新婦『達』が夫婦の寝室に消えていったことを見届けると、ぼくは『名無し』を引き連れて外に待たせていた駕籠に乗り込もうとする。


「やれやれ、本当に面倒な仕事だったな」


「まあ、たまにはいいじゃありませんか。報酬もたんまり頂けたことですし」


「いや、それにしてもだ。結局新婦に化けた妖魔は尻尾を見せなかった。もしやしたら、妖魔ではなく何か別の─」



 悲鳴。耳をつんざく様な男と女の鋭い悲鳴が、突如としてぼくらの両耳を貫いた。続いて聞こえたのはバタバタと何かが羽ばたく音。すわ返事かと思い、ぼくと『名無し』は再び屋敷の中に駆け込んで、起き出して来た下男達と共に悲鳴の聞こえて来た夫婦の寝室へと急ぐ。


「おい、大丈夫か!しっかりしろ!」


「……返事が無いな」


 『名無し』が扉を激しく叩いて呼びかけるが、返事が返ってこない。やむを得ない、ぼくは無礼を承知で鍵のかかった扉をぶち破る様命じる。彼が二度、三度と体当たりを喰らわすと、ばきっとへし折れる音がして重い錠前が落ちる。そのまま中に駆け込んだぼくらが目の当たりにしたのは、余りにも凄惨な閨の光景であった。


「見るな、永暁!」


「構わん、ぼくを前に……」


 思わずぼくも言葉を失う。床には夥しい量の赤黒い血が流れ出しており、寝台の上には新郎と新婦一人がほとんど裸のまま倒れていた。しかも、より酸鼻であるのは、二人とも両の目を何者かに抉り取られており、ぽっかりと真っ黒な穴が顔の真ん中に広がっているばかりであった。


「急げ、助けを呼んでこい!医者だ、早く医者を!」


 狼狽える家人達に指示を飛ばしながら、ぼくは倒れている二人のそばに駆け寄って、着物の裾が血で汚れるのも構わず傷を調べた。幸い二人にはまだ息があり、手当てをすれば助かるだろうと思われる。


「おい、見てみろ『名無し』。この二人の目だが、ちょっと傷口が違う様に見えるぞ」


「あんまり残酷なもの見たくないのと、この人らの介抱で忙しいので、簡潔に結論だけ教えてもらえますか?」


「夫の方はほら、眦まなじりのあたりが裂けているから、何か強い力で抉り取られた様だ。一方妻の方は抉られたというより『取り出された』、抜き取られた様に見える」


「なるほど?」


 う、うう、と苦しげなうめきを漏らす二人の体を抱き上げ、ぼくらは外に駆けつけた医者達に二人を引き渡した。ひとまずあとは医者に任せるに如かずだ。掃除夫の連中が来る前に、一旦部屋の調査を終えてしまおう。


 ぼくは血溜まりが広がる床に蝋燭を近づけ、詳しい様相を調べる。流れ出した液体はまだ温かみを帯びており、そう時間が経っていない事は明らかだった。ぬちゃぬちゃとした粘っこく生々しい感触に顔を顰め、直接肌が触れないように注意を払う。


「羽が落ちているぞ、『名無し』」


「羽、ですか」


「そうだ。何かこう、鴉めいた黒い羽があちこちに散らばっている。さっきの羽ばたいた音はこれが原因だろうか」


 ぼくは服の袖越しに羽を拾い上げ、『名無し』の持っていた巾着袋の中に押し込んだ。彼はひどく嫌な顔をしていたが、こればかりは仕方がないと割り切ってもらう。ぼく自身、上等な蟒袍の裾がひどいことになっており、恐らく白銀数十両を費やして仕立て直さなくてはならないだろうから。


「じいやがひどく嫌な顔をするぞ。他人の血というのはどうも気分が宜しくない」


「全く同感ですよ」


 やれやれ、せっかくのめでたい結婚式でさえ、ぼくらが参加すれば血生臭い事件に早変わりなのか。この時ばかりは、ぼく自身本当に嫌になっていた。心ならずも引き受けた月下氷人の役割を、それなりに楽しんでいた証拠なのかも知れない。

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