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羅刹の鳥 一

 「瀏親王殿下、どうか我が家の仲人をやっていただけませんか?」


 日毎に蒸し暑くなっていく、初夏のある日のことであった。京師の内城に住む正紅旗人の蒋天祥老がぼくの屋敷を訪ねて来て、そう頭を下げた。


 この人はぼくと同じグサに属している漢人で、かつては父と共に西域で戦っていた前歴のある人である。その為ぼくとしても無碍に扱うわけにもいかず、ひとまず話を聞いてみる運びとなった。そうして屋敷の今に迎え入れ、ひとまず冷えた茶で一服した後、といったところ。


「仲人というのは、まさか其方が新しく嫁を迎えるということではあるまいな?」


「まさか!迎えるのはわしの愚息、紹業でございますよ」


 天祥老には息子が五人おり、すでに上の四人は別の旗人の娘を嫁に迎えて立派にやっているらしいのだが、少し抜けたところのある末息子の紹業だけは娘を嫁にやろうという家がないらしく、随分と難儀をしていたそうだ。ところがこの度、彼の知己で年頃の娘がある文何某と言う、京師沙河門外に屋敷を構える富豪が見合いの申し出をして来たという。


「どうやら、そこのご息女がわしの愚息に惚れ込んでしまったらしく、わしとしてもぜひ渡りに船と思ってお受けしたいのでございますが」


「それならば受ければよかろう。何故わたしに仲人を頼むのだ?」


「はは、実のところ申しますと、此度の見合いにあたりまして、妙な噂を立てられましてな。曰く蒋家が文家の財産を狙って、抜け作の五男を押し付けようとしている、などと……」


「ははあ、それでわたしに仲人をやらせて、そういった噂を切り捨てようと言うわけだな?」


「はい、左様で」


 まあ、よくある話だとぼくは思った。実際のところ、まま聞く話である。出来損ないの息子に財産目当てで嫁を縁付けたり、逆に醜女や行き遅れの娘を身売り同然で素性の怪しい男に嫁がせたり。月下氷人が見れば顔を顰めるどころか吐き気を催すような結婚の諸相がこの国のどこかで毎日繰り広げられているのだが、今回もその類と世間に見られてしまったのだろう。


「だが、元来仲人というのは世帯を持ったものがやることだ。ぼくはまだ一人も妻を迎えてはおらんぞ。それでも良いのか?」


「はい。何しろ殿下は我らが旗グサの君主でいらっしゃいます故、殿下御自ら取り持って下さったご縁ならば、誰も下らぬ中傷など致しますまい。それに、こうなったからにはわしの愚息も、一人前の男として立ってくれることでございましょう」


 果たしてそれはどうかな。そんな意地の悪い思いが腹の中で浮かんだが、ぼくは黙って引き受けてやることにした。


「分かった、仲人を引き受けよう。だがわたしはあくまでも仲介人であって、婚姻が成り立とうが成り立つまいが一向に構わんぞ。作法もしきたりもよく知らぬわけだし。それでも構わんか?」


「はは、ありがたいことでございます」


 天祥老のお帰りを見送った後、『名無し』が井戸水で冷やした大ぶりな西瓜を切って、ぼくのところへ持って来た。彼はにやにやと笑いながら、


「永暁さまが仲人など、随分と危険なことをなさいますねあのお方は」


「どういう意味だ!」


「いえいえ、何しろ高級妓楼の看板妓女を骨抜きにしてしまうほどのお美しい親王が仲人とは、女の方が夫そっちのけで夢中になってしまうのではないかと危惧したのです」


「お前、随分早々と喧嘩を売ってくるじゃないか。それとも何か、夏は喧嘩がしたくなる季節なのか?さっさと表に出ろ」


「まさか。冗句ですよ永暁さま……ただそれにしても、よりにもよってこんな普通の依頼がこの屋敷に持ち込まれるとは、思ってもみませんでした。本当にお引き受けなさるんですか?」


「二言はしない。それに、別にぼくは妖怪退治や込み入った事件の解決だけを引き受けているわけではないからな。要は近所の世話焼き婆さんのようなもので、知り合いの悩みに首を突っ込んで解決してやって、後は風のように去っていくだけだ」


「掻き回すだけ引っ掻き回して、『解決した』と言い張っているだけ、とは言われないようにしたいですね……ってあいた!西瓜の皮を投げないでくださいよ!」


「おっと失礼。あんまり生意気な態度が鼻についたのでな、やってしまった」


 京師の季節は両極端だ。夏は汗で体が溶けてしまいそうなほどに暑く、冬は時として骨の髄まで凍るほどに寒い。その間にごく短い春と秋とがあって、カゲロウよりも儚い一時の平穏を与えてくれるのである。


「さて、何事もなければよいが」


 少し西に傾き始めた太陽を窓越しに眺めながら、ぼくは呟いた。緩くなったお茶は、ほんの少し甘く感じられた。

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