三人の棺担ぎ 三
ついでやって来た被告人陳天満は、先程の原告よりも幾分か印象の良い男だった。元々は血色の良い紳士的な男だったのだろうが、この訴訟のせいかすっかり憔悴しており、若干肉が落ちている様に見受けられる。ぼくは出来る限り相手を落ち着かせる為、今度は逆に物腰柔らかな若者を演出してやることにした。
「陳殿、わざわざご足労をおかけし誠に申し訳ない。今回の厄介な争訟の解決のため、わたしは京師から送られて来たのだ。少なくともわたしは、始まりから相手のことを疑ってかかる様なことはしないから、どうか安心してよろしい」
「はい、ありがたいことでございます」
こう言った時には、自分のこの顔が役に立つ。役者の様な顔でにっこりと微笑んでやれば、相手は勝手にぼくに良い印象を抱いてくれるものだ。そこから証言を引き出してしまえば良い。
「さて、ではまず今回原告が訴え出ていることではあるが、其方らは全面的にこれを否認しているわけだな」
「左様でございます」
「それは、その方の正妻である呉氏、また亡くなった阿雄の実母もそうか」
「はい。阿雄は確かに年若くして傷ましくもなくなりましたが、それは赤痢によるもので誰を恨み様もございません。お医者様もそう証言して下さっております。だのに、義理の従兄弟である王がわたくしどもを人殺しと告発して金銭をせしめようとしているのは、まことに痛ましいことと存じます」
「なるほど」
確かに、昨今我が国の世情は荒廃の一途を辿っており、各地で飢饉や疫病、騒乱の話が聞かれる。仮にもお膝元である直隷の地ではまだ目立った話は出ていないが、それでも不穏の気配は各地で見られる様になってしまった。今回の様な争訟もそうしたものの一端が吹きこぼれて来た様なもので、同じ様なことが様々な街や府で起きているのだろう。
「(だが、だからこそ悪人の目は摘めるところで摘まねばならない)」
ぼくは陳の証言に理を認めて頷くと、それでは次に事件の当事者として呉氏と亡くなった阿雄の実母から話を聞きたいと告げた。
「我が妻でございますが、実を申しますと只今病で臥せっておりまして、直接役所にお伺いすることはできませぬ。実母の林氏であれば、すぐにこちらへ寄越す様お伝え出来ますが」
「宜しい。ならばこちらも人をやって、奥方を見舞おう。……『名無し』、ちょっと行って来てくれるか」
「わかりました」
「銀をやるから、途中人蔘や氷砂糖も仕入れていってやるんだ。手ぶらの見舞いというのは無いからな」
「わかってますよ!」
半刻ばかりして、『名無し』は帰って来た。ついでに亡くなった阿雄の実母である林氏も一緒である。ぼくは一旦林氏を別室で待たせ、実際に様子を見たであろう『名無し』に呉氏の様子について問いただした。
「実際のところどうなのだ、その病状というのは」
「かなり悪い様でした。妊娠しているわけでもないのに腹がパンパンに膨れておりまして。ただの赤痢とは思えませんが……まあいずれにしても、あの状態で継子いじめなんて出来るわけがないと思いますがねえ。当人も相当病で気力を消耗しているようでしたし」
「やはりそうか……ありがとう、『名無し』」
「いえいえ」
「……いや、よくよく考えると、ぼくがお前のわがままに付き合ってやってるわけだから、ありがとうはおかしいな。むしろお前がありがとうと言うべきじゃないか?」
「せっかくいい雰囲気で次に行けると思ったのに何で今そんなことをおっしゃるんです?」
まあいい、ひとまずぼくは彼に茶を出して労ってやると、実母の林氏を呼ぶ様にと命じた。直ぐにこれまた質素な格好の女が連れてこられ、ぼくの前に膝をつく。
「ああ構わん、そのまま椅子に座れ、そう緊張する必要はない」
「痛み入ります」
林氏は歳の頃三十後半から、四十路前と言ったところだろうか。年相応の老いの影こそあるが、それでも若い時分の面影が残っており、いかにも品の良い婦人といった風情である。着ている服も消して悪いものではなく、絹ではないにしろ見苦しく継ぎを充てたところは一つもない。
「まず確認だが、今回訴えの焦点となっている阿雄という子供は、間違いなくお前の子か?」
「はい、間違いございません」
「その子が赤痢で亡くなったのも?」
「はい」
彼女はハッキリと答えた。気丈なことだ、実の子に先立たれてからまだ一月そこらしか経っていないというのに。ぼくは内心密かに感心しながら、質問を続ける。
「王子毅との関係は?」
「あれは系図上わたくしの甥にあたる子ですが、最近は付き合いも疎遠で、あまり家に来ることもありませんでした」
「阿雄の弔問にも」
「はい、呼びにやりましたが来ませんでした。今日まで一度も来たことがありません」
「ふうむ」
そうなるとますますおかしい。亡くなった葬式にさえ行かない従弟の為に、ここまでことを大きくする必要はあるのか?むしろあの男には、他に何か良からぬ目的があって、その為に人の死を利用しようとしているのではないか?
「(だが、この点については杜知県もしっかりと調べているはず……)」
ぼくは少し切り口を変えて、失せたという阿雄の骸について話を聞いてみることにした。
「阿雄は亡くなったあと、何処に葬ったのだ?」
「県城の南にある小さな山の向こう側の墓地に土葬致しました」
「その時には誰が?」
「わたくしと主人、それからわたくしの姉の子で、廖阿喜という人がいて、彼が諸々のことを仕切ってくれました」
「その後棺を一度でも掘り出す様なことは?」
「あるわけがございません」
「行方についても?」
「勿論知りません。今日までに一族の者十人以上がこうして役所に呼ばれましたが、誰一人として知っている方は居ませんでした。お役人様もその辺りは、記録をご覧になればお分かりになることと思います」
「なるほど、ではすまないが、これまでのことを供述書に書き取ってもらえないか?」
「畏まりました」
出頭を待つ間、ぼくは杜知県のところまで行って、これまでに見聞きしたことを改めて共有すると共に、一つ頭に浮かんだ可能性について話した。
「もしかしたら、王阿雄の骸を盗んだのは、他ならぬ原告の男ではないか?」
「その可能性は考えましたが、有力な証言者も無く、未だ追及が出来ておりませぬ」
「王阿雄の従兄弟に廖阿喜という者がいるが、彼は尋問したか?」
「いいえ。親戚一同を呼び出した時、この男は県城を離れておりました故」
「直ぐに彼を呼び出して尋問することにしよう。知県も立ち会うか?」
「勿論です」
実際のところ、ぼくの中にも明瞭な根拠があったわけではない。だが、病に臥せっている呉氏は除くとして、残る関係者達は皆骸の行方は何も知らぬと言っていた。そうなると、今日まで一度も尋問されていない彼が何かを知っている可能性に賭けてみるしかない。




