三人の棺担ぎ 二
翌日の昼、休暇の請願が受理されたので、ぼくは早速馬車を用意して邯鄲県に向かった。無論現地の知県殿には先触れを出し、あくまでも協力者という立場でだが、知恵を貸そうということは伝えておいた。そこまで長くもない道すがら、ぼくは知県から寄せられた事件の資料を読み込み、考えを巡らせていた。
「単純な事件かとも思ったが、もしかしたら意外と根が深いものかも知れん」
「何故そう思うんです?」
「資料には王子毅とやらの主張がつらつらと書き連ねてあるが、どうにも理路整然とし過ぎているのだ。実の弟ならばともかく従兄弟、それも連れ子として他所の家に引き取られていった者のことをそう事細かに語れるものだろうかと思うし、仮にそこまで細かい事情を察しているのであれば、何故助けに行かなかったのかという疑問が湧いてくる。それ故、もしかしたらこの事件、もっと大きなものが隠れているかも知れないと思ってな」
「なるほど」
京師を出て二日後、ぼくらの一行は無事に邯鄲の県城に辿り着いた。既に先触れが出ていた為、向こうのほうでもぼくが来ることはすっかり把握しており、わざわざ城門に役人達が総出で迎えに来ているというから、ぼくは慌てて、
「出迎えは最小限にしておいてくれ。事件がかえってこじれる」
と使者を送って伝えさせた。また、県城の庁舎に入るときも正門からではなく、わざわざ裏の通用口の方へと回らせ、極力騒ぎにならない様努める。そうしてぼくは何とか政庁へと到着し、今回の一件を依頼して来た杜知県と顔を合わせることができた。
「殿下、この度はご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありません。さりながら此度の一件、いささかわたくしの手には余りまして」
「いいや、むしろ単純なものと見てすぐに片方を罰することのないあたり、其方は随分と思慮深い性格をしている。無論ここまで来たからには、わたしも力を貸そう。だが、あくまでも主役は其方だ、わたしは脇役に過ぎん─そうだな、あ奴らには、わたしは都から来た新人の巡検ということにでもしてもらおうか。名前は『永』だ。永巡検、本日より着任致しました、と言ったところだな」
「どうぞ、よろしくお願い致します」
「早速だが、関係者にもう一度話を聞いてみることに致しましょう、知県殿。原告の王と被告の陳、どちらからでも良いので、お白洲に呼んでみては?」
「すぐに手配致します」
杜知県は大変に仕事の早い人間の様で、すぐさま手を回して原告と被告の両者を県城へと出頭させた。ぼくはまず、原告である王子毅なる男の尋問から取り掛かることにし、彼を仕事部屋へと呼び出した。
「王子毅に間違い無いか?」
「へえ、お役人様」
「わたしは京師から着任した永巡検である。知県殿の命を受けて、其方らの一件の取り調べを担当することになった。既にここに其方の訴え出た訴状があるが、改めてその趣について問おう。異論は無いな」
「勿論でごぜえますよ、お役人様」
原告の王は見たところ、いかにもその辺りに幾らでもいそうなごろつきといった風情の男で、艶のない髪の毛を乱雑に纏め、痩せた頬には無精髭を生やしていた。来ている着物もあまり良いものとは言えず、着古した木綿の服に何回も継ぎを充てたようである。
「まず、『弟を殺された』ということについてだが、其方が殺されたと主張する王阿雄は、本当に弟だったのか?」
「ええ、間違いございませんや。あれは俺の弟も同然の可愛いやつだった。だけど、あの陳とかいう悪い輩に捕まったのが運の尽き、嫉妬深えおかみさんに虐め抜かれ、遂には死んじまったんでさ。全く可哀想なことですよ、ええ」
「虐め抜かれたというのは?」
「そりゃあもうひどいもんですよ、おっかさんの居ねえところで叩いたりするのは勿論、まるで下女にそうする様に棒で叩いたり、お前は『淫売の子だ』なんて言い聞かせたり。話を聞いた時、あっしは怒りに震えて言葉が出ませんでしたよ」
「そして、挙げ句の果てに子供は毒殺された、と」
「ええ、ええそうですよ。本当に可哀想に、体を何度も折り曲げて、血を吐いて死ぬおっそろしい薬を取られて死んだんです。骸を見ましたが、顔はすっかり青緑色になって、骨はあらぬ方向に曲がって、もう見ちゃいられませんでした。お役人様、あの陳夫婦は人殺しでさ、どうかさっさと、絞首刑にでも何でもしちまって下さい」
まるで立て板に水の勢いである。王はまだ若いぼくを与し易しと見たのか、自分に都合の良いことをべらべらと聞かれた端から捲し立てた。やれあの夫婦は昔から悪い噂があっただの、陳という人間に碌な奴はいないだのと言いたい放題。だが、その余りの勢いはかえって怪しく感じられてならず、ぼくは訊かずにはいられなかった。
「では、そこまで従弟の事情を具に把握していながら、どうして自分のところへ引き取ろうとしなかったのだね?」
「……そりゃあ、そのう─あっしはどうも、男寡でございますし、それに旅から旅で商売をしておりやして。そのせいで、いざ引き取ろうて思ったときにゃもう手遅れだったんです。こうなるってわかってりゃ、あっしは旅の商売なんぞしませんでしたのに……」
おいおいとくぐもった声で泣き始めた彼を醒めた目で見ながら、ぼくは命じた。
「まあ、その方の言わんとするところは大体わかった。最後に紙を用意したから、ここにその方の供述を書いておけ。後日審理の証拠に致す」
王子毅が証言の供述書を書いて立ち去った後、ぼくはそれを『名無し』に手渡しながら問うた。
「どう思う、お前は」
「さあ?わたしにはよく分かりませんねえ」
「お前がぼくを連れて来たんだろうがっ!」
「いだだだだ!足を踏んづけないでください!」
ふん、少し甘い顔を見せたらすぐこれだ。あまりつけ上がらせると今後の教育にも差し障りが出そうだ。近いうちに厳しく躾けてやるべきかも知れない。そんなことを考えつつ、ぼくは供述書の内容に目を通す。ミミズののたくった様な酷く下手くそな文字だった。