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09 狂熱

 村の中には化け物ばかりだった。石や蔦や木が、レオを襲ってきた。レオはファーガスの剣を振りかざして戦った。全部叩き切った。戦うほどに、自分が自分でなくなっていくようだった。熱病にうかされたように、レオは剣を振り続けた。そして、倒れてしまった。四日後の朝だった。




***




 目を開けると、見慣れない木の天井が見下ろしていた。

 どうしたんだろう。

 寝ていたのだろうか。

 レオは寝台の上に横になっていた。

 見回すと、寝台以外は何もない殺風景な部屋だ。寝台のすぐそばの壁には窓がついていたが、木戸が閉まっていて外は見えない。

 行かなければ、と思った。まだ終わっていない。

 窓を開けるために起き上がろうとして、レオは眉を寄せた。

 動かない。

 身体が重くて、動かせないのだ。

 でも、動かなければならない。

 まだやることがあるから。

 レオは寝台の上でもがいた。身体中が鉛になったようだ。壁を伝わせた手を窓枠にかける。指先がぶるぶると震えた。


 でも、まだやらないと。化け物みたいな木とか、蔦とか石とか、まだ出てくるかもしれないから。みんなが安心して眠れない。死んだ後も怖い思いをするなんて、だめだ。


 もう片方の手も上げて窓枠につかまろうとする。でも、手が上がらない。力が入らない。 

 どうしてだ。言うことを聞け。

 大声で叫びたかった。

 でも声も出ない。窓枠にかけた手が、ずるりと落ちた。

 まだ、まだなのに。

「レオさん」

 誰かが呼んだ。無理に動こうとしたせいか、もう声のする方を向くことすらままならなかった。

 薄く開いた視界の中に見えたのは、緑色の目をした軍服姿の少女だった。

 ルースさん。

 呼ぼうとしたけれど、うまくいかなかった。

「目が覚めたんですね。ここ、ルプスの詰所です。わかりますか」

 ルースの声は冷静だったが、少しだけ震えているように聞こえた。

 ルースさん、手伝ってください。おれ、行かないと。

 そう言いたくて口を動かそうとする。それなのに、唇が震えて、空気が喉をこするだけだった。

「レオさん」

 ルースがつぶやく。


 みんながまた、ひどい目にあう。これから誰かがまた、ひどい目にあう。もう嫌なんだ。おれにできること、あったんだ。それをやりたいだけなんだ。


「ル、ルース、さ……」

 口からかすかに空気が漏れる。

「い、いかないと、おれ……」

 ルースは感情を押し殺すように唇を結ぶと、静かに言った。

「もうやめてください」

「お、おれ」

 ルースはかがんでレオの目を覗き込む。

「今は、休むことだけ考えてください」


 だめだよ。それじゃだめなんだ。


 レオは必死に首を振った。

「落ち着いてください」

 ルースは言う。

「無理やり落ち着かせますか」

 ルースはまじめな顔で握り拳を作る。殴られようがどうしようが、レオは引くつもりはなかった。

「……休めと言ってもきいてくれないなら、説明します。あなたはここにいなければならないんです」

 どうして。

 ルースがすっと拳を下ろす。つらそうに眉を寄せて、言った。

「レオさん、あなたは、サクスム村とパトリア村を壊し、大量殺人を犯した犯人だと思われています」

 一瞬、何を言われたのか、わからなかった。

 ルースはレオの目を見て、続ける。

「あなたは、動く蔦を切ってわたしたちを助けてくれてから行方不明になったんです。こちらにはけが人もいましたし、すぐに捜しに行くことができませんでした。そのあと、がれきが暴れだした報告を受けた領主さまから待機命令が出て、わたしたち軍は三日間動けませんでした。四日目の朝に特別許可が下りて、ルプスがパトリア村に入ったんです。それであなたを見つけました」

 レオはルースの目に釘付けになっていた。

「あなたは剣を握ったまま倒れていて、村はさらにめちゃくちゃになっていました。だからわたしも、本当はパトリア村とサクスム村を破壊したのはあなただったんだと思ってしまいました。あなたは行方不明になっている間、その続きをやっていたんだと」

 違う。

 村を壊したのはおれじゃない。あの日の朝、何かが光って、それで村は破壊されて、みんな死んでしまった。

 おれがやったんじゃない。

 でも。

 そのあとおれが、村をもっとめちゃくちゃにした?

 守っているつもりだった。

 でも確かに、襲ってくるものは村を構成していたものばかりで。

 レオはそれらを残らず切り刻んできた。

 身体が急速に冷えていく。ぞわぞわと悪寒が走り、吐き気がこみあげてくる。

 ルースは苦行に耐えるように、さらに話した。

「でも、そうは思いたくなかったんです。それにあなたはとても消耗していたから、詰所に一緒に帰ってきたんです。ほかの隊のみなさんや国軍のみなさんに報告すれば、あなたが疑われるだろうとはわかっていました。あなたが蔦と戦っていたのを見たときから、そう疑っていた人もいたので。でも嘘を報告するわけにはいかないので、ありのままを話しました。そうしたら多くの人が、あなたが犯人なのだと言い出しました」

 当たり前だ。

 レオは冷え切った頭でぼんやりと思った。

 だって、村を壊したのは事実なんだから。

 身体の中に熱が渦巻く、得体のしれない力を得てしまったことも、事実なんだから。

「でも、まだあなたに話も聞けていないのに決めつけることはできません。だからルプスの詰所で、話ができるようになるまで休んでもらうことにしたんです。きつい言い方をすると、あなたの身柄は今、軍に拘束されている状態です。勝手にどこかに行くことはできないんです。休んで回復して、すべてを話すのがあなたの仕事なんです」

 言い終わると、ルースは小さくごめんなさいとつぶやいた。

 どうしてルースが謝るのか、レオにはわからなかった。

 謝らないで、とレオは言った。ほとんど声にはならなかった。

 ルースが顔をゆがめる。

「あなたはやっていないと思う」

 ルースもほとんど聞こえないような声でそう言った。

「あなたは超常現象と戦っていただけなんだと思う」

 どうしてルースは、そう言ってくれるのだろう。

「あなたは自分のこと、すごく責めているんでしょう。だからこうなった」

 ルースの言っている意味がわからなかった。

「自分を否定しているのは、あなたが言ったように『何もできなかった』せいなんでしょう。だからあなたではない」

 ルースの姿がぼやけ始める。意識が遠のいていく。

「今はゆっくりしてください。ルプスがついています」

 レオは吸い込まれるように目を閉じた。

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