06 故郷
藍色の空に、ちらちらと星がまたたいている。細った月は青白く弱い光を発している。
木々が倒され変わり果てた林の中、レオはじっと立っていた。
気が付くと、ここにいた。
家の前の、林だったところ。
なんだかすごく走ったような気もするけれど、その割に身体は疲れていなくてとても軽かった。
木の中に置いてきたはずのアシュリンは、そこにはいなかった。
ふらふらと歩いて家の方に向かう。
石の山になったそれは、ずいぶん前に壊れた遺跡のように見えた。今朝までは、大切な家だったのに。
がれきの前に、白い布が見えた。月の光は頼りないのに、その布はやけにはっきりと照らし出されていて、発光しているように見える。
レオは布の前にひざまずいた。下に何かあるのか、膨らんでいる。
布を少しめくる。
足。
見慣れた靴を履いた足が見えた。
レオは布を全部取り去った。
三人の家族が、そこに横たわっていた。
レオはよろりと立ち上がると、アシュリンの隣に横になった。
見上げた夜空がきれいだ。
穏やかな風が吹いてくる。
レオは目を閉じた。
***
遠くから声が聞こえる。
だんだん、近づいてくる。
名前を呼ばれている気がする。
目を開けても、まぶしくて何も見えなかった。
「レオ、だいじょうぶか」
そばで聞こえた声に、ほとんど無意識にうなずく。
目が慣れてきて、目の前の人の顔が分かった。
「ファーガス、さん」
レオはつぶやいた。
ファーガスは仰向けに寝転んだレオの頭の横に座って、心配そうにのぞき込んでくれていた。その隣にはジュードもいる。
「よかった、目が覚めたか」
ファーガスはほっとしたように目元を緩める。
レオはあたりを見渡した。明るい。朝が来たようだ。レオの横にいたアシュリンには、また白い布がかけられていた。
「どういうつもりですか」
突然とがった声が降ってきて、顔を向ける。
レオの足元に、ルースが立っていた。ルースは射貫くようにレオを見据えている。
「どうしてこんなところにいるのですか。セントラムへ行ったはずではなかったのですか」
レオは身を起こした。どうして村に帰ってきたのだろう。確かにセントラムに向かっていたはずだ。レオはゆっくりと、身体中を支配したあのわけのわからない感覚を思い出した。
「すみません、おれ」
「いいじゃないか、無事なんだから」
ファーガスが言って、レオの背中をぽんとたたいた。
「でもびっくりしたよ。パトリア村に戻ってきてみたら、レオがいるもんだから」
「はい……」
まだ頭がうまく回らない。ぼんやりしていると、黙っていたジュードが口を開いた。
「昨晩はとりあえず詰所に戻って夜を明かした。それで仕事の続きのために戻ってきてみたら、おまえが倒れていた」
ジュードは生真面目な顔で説明してくれた。
「そうなんですね……」
レオがゆるゆるとうなずいていると、ルースが言った。
「そんな説明、今必要ですか。それよりもどうしてレオさんはここにいるのですか。市民は立ち入り禁止ですよ。こんな危険な場所にいるなんて」
「ルース」
ファーガスが少し咎めるような声を出した。
「驚かせて、すみません」
レオは素直に謝った。
「ちょっと、家族に会いたくなったのかもしれません」
ルースが唇をかむ。
そうだ。
みんなと一緒いきたかった。
いや、自分だけ死んだのならよかった。
ここに来れば、なんだかそれがかなう気がした。かなわなかった、ようだけれど。
「みなさん、昨日からずっとありがとうございます。家族も、集めてくれたみたいで」
アシュリンをギルとエリンのところに連れてきてくれたのは、ルプスの三人をはじめとする軍の人たちだろう。
三人は黙り込んだ。
「こんなことしかできないが」
やがてファーガスがレオの背をさすりながら言う。
「今日はみなさんの埋葬をするために来たんだ。国王陛下も人をよこしてくださった」
今回の知らせは、すでに領主だけでなく国王にも届いたようだ。
「ありがたいです」
レオはそっと笑みを浮かべた。
「まだ原因はわかっていないんだ。でも調査はおれたちと国軍が協力して続ける。だからレオはセントラムで待っていてくれ」
「はい。勝手に来てしまってすみません」
「それはもういい」
ファーガスはやさしく笑って言ってくれた。
ジュードが黙って頭を撫でてくれた。端正な顔に似合わないくらい、かたくて武骨な手だった。
「わたしが送っていく」
ジュードが言う。レオはあわてた。
「おれ、ひとりで行けますよ」
「心配だ」
真正直な言い方をされて、レオはかえって言葉に詰まってしまった。
「黙って送られてください」
ルースが言った。ルースはしゃがみこんでレオと視線を合わせ、じっとレオの目を見ていた。
「差し出がましいことを言うようですけれど」
ルースの緑色の瞳は真剣だった。
「あなたはあまり」
そのときだった
「ルプス!」
大声が空気を切り裂いた。
「構えろ!」
その切羽詰まった誰かの叫びを聞いた瞬間、ルプスの三人は立ち上がった。
「西から……っ」
声がぶつりと途切れる。
西。
その方角を見る。レオは思わず目を細めた。
何か、くる。あれは、何だ。