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05 発露

「無理です」

 レオの言葉に驚くこともなく、ルースはさらりと言った。

「無理ですね」

 もう一度言う。レオは身を乗り出した。でもレオが口を開くより先に、ルースが言いつのった。

「ルプスは領主直属の軍隊の中の一機関です。ルプスに入れるのは軍人だけですよ。あなたは普通の村人でしょう」

 当たり前のことである。そんなことわかっている。

「お手伝いを」

「できません」

 ルースは切り捨てるように言った。

「あなたに手伝えることはありません。あなたの助けなどいりません。領主さまのご命令でルプス以外のほかの隊も動いてくれていると言ったでしょう。あなたは市民ですから、おとなしくしていてくれればいいんです」

 ルースの言葉は冷たくて、でもレオを見据える目は少しだけ揺れていた。レオはぎゅっとこぶしを握り締めた。

「できることがないとは思いません」

「思ってください」

「思えません」

「根性出して思うんです」

「おれ根性ないので」

 レオはルースから目をそらさなかった。

「何もできなかったから」

 喉をこするような声が出る。

「せめてこれからは何かしたいんです」

 ルースがなぜかもどかしげに唇をかむ。

「おれにできることだったら、何でもやりたいんです。これからどうなるか、詳しく教えてください。そうしてくれたら、勝手に何ができるか考えますから。お願いします。おとなしくしているだけは嫌です」

 ルースが目を伏せた。

「レオさん」

 つぶやくように呼ばれて、背筋を伸ばす。

「はい」

「あなたは」

 ルースは言いかけ、首を振った。

「なんでもありません。気持ちはうれしいですが、ルプスの手伝いはしてもらえません。危険なので。もうすぐ、広場に集まっている人たちがセントラムに向けて出発します。先導と護衛ははほかの隊がします。あなたも一緒に行ってください。セントラムでは、宿や市民の家が解放されるそうです。そこで、手伝えることはあると思いますよ」

 ルースは教えてくれた。

「ルースさんはどうするんですか?」

 たずねると、ルースは静かにこたえた。

「わたしは戻ってファーガスさんたちと合流します。原因の特定と見回りが必要です。もしかしたら、まだ取り残されている人もいるかもしれませんし」

「危ないじゃないですか」

 思わず言ってしまう。ルースはふっと表情を和らげた。

「これがわたしたちの仕事です。任せてください」

 自分はセントラムで、きっとできることをしようとレオは決めた。




***




 セントラムに向かって歩いていたレオは、ふと振り返った。遠い山に、赤い夕日が沈んでいくのが見える。

 レオは目を見開いた。

 それは血のような赤だった。

 突然に、まわりの景色がかすむ。

 目の前に広がったのは朝の凄惨な光景。


 みんな死んだ。


 その事実が再びレオを襲ってくる。そして、考えないように閉じ込めていたものが、顔を出す。


 みんな死んだのに。

 おれは生きてる。

 どうして。

 どうしてだ。


 わかっている。


 守られたから。

 あのときアシュリンが背中にすがりついてくれなければ、きっと死んでいたのはレオだった。

 でも、レオは死なずにアシュリンが死んだ。

 ギルもエリンも村の人々も、死んだ。


 死ねば、よかったのに。


 ぽつりと雨粒が水たまりに落ちるように、そう思った。波紋が静かに広がっていく。


 おれが。


 おれが死ねばよかったのに。


 何もしてない。

 誰も守れてない。

 誰も助けられてない。

 ただ守られただけで。


 なんで生きてるんだ。


 死ねばよかったのに。


 当たり前のように思った。心から思った。何度も何度も繰り返し思った。最初は思うだけだった。でも繰り返すたび、身体が反応し始める。


 自分に向けた言葉が、収拾がつかないほどに膨らんでいく。止めることができない。レオは初めて経験する感覚に支配された。


 臓物が壊れてぐちゃぐちゃになって、腹の中でぐるぐるとまわるようだ。血が暴れまわって身体が内側から引きちぎれそうだ。


 レオはふらりと集団から離れた。

「どうしたの?」

「だいじょうぶだよ」

「こっちだよ」

 一緒にセントラムへ向かっていた人たちが声をかけてくれるのが、ぼんやりと聞こえる。

 でもレオは、その言葉に反応することができなかった。


 熱い。身体の中が熱い。

 あふれてきそうだ。

 もう、閉じ込めておけない。

 レオは駆けだしていた。

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