04 包帯
レオは二度、三度、まばたきをした。
目の前に広がっているのは、がれきの山だった。
その下に、まわりに、倒れているのは人だった。
子供も大人もお年寄りも、まるで赤い人形のように転がっている。
風に乗って届いたのは、血の匂いだった。
「……レオさん」
ルースが後ろからマントをかけなおそうとしてくれる。レオは首を振った。
「だいじょうぶです」
ルースを振り返る。
ルースは口をひきむすんでレオを見つめていた。じっと痛みをこらえるような表情だった。それはきっと、レオのためだ。まっすぐに向けられたまなざしからそれがよくわかるから、レオは笑って見せた。
「だいじょうぶです」
繰り返す。
ルースの目じりがぴくりと震えた。
「……行きましょう」
ルースは低い声で言った。レオはうなずいて、肩にファーガスのマントを羽織った。
変わり果てているけれど、そこは、村の中でも家が多く集まる場所だった。レオの家は少し外れた、林の中にあるのだが、村のほとんどの家はこの場所にある。動かない人々の中に見慣れた姿を見つけて、わかった。ここは友だちもたくさん住んでいるところだったから。
進む道には抱き合って倒れている親子がいた。畑では朝の仕事を始めていたはずの人たちが半分土に埋もれていた。井戸の前にも人々が折り重なっていた。鶏や牛や馬も、無残な姿で転がっていた。
「生きているの、おれだけなんですね」
レオは前を向いたままたずねた。
「村を、くまなく回りましたが」
ルースの声はかたかった。
「あなたしか、見つけられませんでした」
「そうですか」
レオは軽く相槌を打った。
「見つけてくれて、ありがとうございます」
それにファーガスもルースもきっと、レオに惨状を見せないためにマントをかぶせてくれたのだ。
「お気遣いも、ありがとうございます」
レオは言った。
ルースが手綱を握りしめたのが見える。
「マント、かぶせてくれて」
しばらくの沈黙の後、ルースははい、と消え入りそうな声でこたえた。
***
森を抜けて、隣のフロス村に入った。
フロス村にはがれきの山もなく人も転がっていなかったが、ひとけがなかった。なぜなのか、レオは聞かなかったし、ルースも言わなかった。しかしやがて、人の声がざわざわと聞こえ始める。
道の両側に広がる畑が途切れ、広場が見える。そこにたくさんの人が集まっていた。人だかりの向こうには、小さな石造りの建物があった。低いが、塔のような形をしている。その隣には厩があった。
「もうつきますよ」
ルースが言う。
そう言いながらも、まっすぐ行けばつくはずの道を進まず、畑の中の細い道を通って茂みの中に入っていく。
しばらく茂みを進むと、さっき遠く見えた建物の裏に出てきたことがわかった。塔のような建物には、蔦がからみつき、苔も生えていた。建物を形作るぽこぽことした茶色っぽい石は、近くで見るとかわいらしさを感じさせる。
ルースとレオをのせたアドルファスは、建物の前を通り過ぎ、厩の中に入った。中には、馬があと二頭いた。みんな群青色の馬具をつけていた。ルースがアドルファスから降りる。レオも滑るようにおりた。ルースはアドルファスをつなぐと、こちらへ、とレオを促した。
レオは厩を出るとき、振り返ってアドルファスを見た。アドルファスもレオを見ていて、視線が合った。どこか悲しそうな瞳をしているアドルファスに、レオはありがとうと手を振った。
ルースは塔の中に入っていく。レオもそれに続いた。
窓はあるが、木戸が閉ざされていて中は薄暗かった。歩くと木の床がみしりと音を立てる。えんじ色の布張りの古びた長椅子が無造作に置かれ、その前には低い机があった。壁には、マントや剣、槍や弓もかけられている。火は消えているが暖炉が備え付けられており、部屋の奥には階段が見えた。
「どうぞ、そこに座っていてください」
ルースが長椅子を示す。
「薬と包帯をとってきます」
レオが思わずきょとんとすると、ルースはレオの左腕を指さした。
「けがをしています。さっき気づきました」
レオは左腕を見た。確かに土で擦ったような傷があるが、痛くはない。
「だいじょうぶですよ」
そう言ったが、ルースは階段をのぼっていってしまった。
残されたレオはなんとなく天井を見上げた。肩にかかっていたファーガスのマントを脱いでたたみ、机の上に置く。
そうしたところで、すうっと身体から力が抜けた。その感覚で初めて、今までずっと身体に力をいれていたことに気づいた。
『レオ、前に走れ!』
突然閃光のように、父の声がよみがえる。
そして頭の中に、あの光景が一気になだれ込んでくる。
真っ白になる世界。
崩れた家。
倒れた木々。
血に染まった人々。
『お、おにいちゃん、にげて』
耳に残る声に、心臓が凍り付く。
レオはよろめいた。
いや、床が動いたのだろうか。
前と後ろが分からなくなる。
どうしよう。
みんな。
父さんも母さんもアシュリンも村のみんなも。
あんな。
あんなに、なってしまって。
死んで、しまった。
今まで何とか自分を保っていた。何も考えないようにして、普通にふるまって。でもひとりになった瞬間、途方もない現実がレオを飲み込んでいた。叫び声が、口からあふれそうになる。
そのときだった。
「レオさん?」
声がした。
引き戻される。
目の前に、ルースがいた。
レオは床にはいつくばっていて、ルースにのぞき込まれていた。
「だいじょうぶですか」
ルースは落ち着いた様子でたずねてくる。
「……えっと」
レオは身体を起こした。うなずいてみせる。
「だいじょうぶです。ちょっと気分が悪くなっただけで」
それを聞いたルースは眉をひそめ、失礼しますと言い放った。なにが、と思った瞬間にはもう遅かった。レオはルースに、ひょいと抱き上げられていた。
「あっ、はあっ?」
思わずおかしな声が出る。
ルースは動じることなくレオを長椅子まで運び、そっとおろした。
「けがを見せてください」
ルースはまじめな顔でレオを見る。レオはどんな顔をしたらいいのかよくわからなかった。
「え、あの、力持ちですね……」
つい間の抜けた感想がこぼれだす。ルースはまた、眉間にしわを寄せた。
「ルプスなので」
あっさりというと、手を差し出して要求する。
「けがを見せてください」
その静かな迫力に、レオはそろりと腕を差し出した。ルースは慣れた様子で手当てをしてくれる。
ルースはレオの腕に包帯を巻きながら言った。
「これから、セントラムに移ってもらいます」
「え?」
セントラムは領主の館がある街だ。またどうしてだろう。
ルースが顔をあげ、緑色の瞳でまっすぐレオを見る。
「ここは危険かもしれないからです」
「危険?」
繰り返すことしかできないレオを見据えて、ルースは続ける。
「サクスム村でも、被害があったのです」
サクスム村は、レオの住んでいたパトリア村の隣にある。レオは絶句した。そしてルプスの詰所があるここも、まだレオの村の隣村だ。
「サクスム村も、パトリア村のように壊されていました。地震が起こったわけでもないのに、あんなことが起こっている。近くのほかの村も、危険かもしれません」
「だから、広場に人が集まってるんですか……?」
避難をするためなのか。
ルースは厳しい表情でうなずく。
「ほかの村を担当している隊にも協力してもらって、フロス村の人々を集めてもらいました。これからみなさんセントラムにお連れします。フロス村だけではなくて、サクスム村とパトリア村と接している村の人々は、みなさん避難させることになっています。領主さまも、迎える準備を進めてくださっています」
「でも、じゃあ」
声がかすれる。
「これからほかの村でも、あんなことが起きるかもしれないって、ことですか」
また、壊される。人が死ぬ。
「もう、あんなこと、起こったらだめだ」
レオはつぶやいていた。
「はい。でもまだ原因もわかっていないので、まだファーガスさんたちが現場に残って調べています。原因がわかればいいのですけれど」
ルースは悔しそうに言う。
レオはこぶしを握り締めた。震える。守ってやれなかった、助けてやれなかった自分が大切な人たちにしてやれることはもうない。ほんとうに何もない。でもきっと、自分にできることは、ないわけじゃないとレオは思った。
ルースの瞳を、真正面から見つめ返す。ルースはたじろぐことなく見返してくれた。
「ありがとうございます」
何のことだというふうに軽く首をかしげるルースにむかって、きれいに包帯を巻いてもらった腕を突き出す。
「ああ……」
ルースは納得した様子だ。しかしそんなのたいしたことないとか言いそうな気配を断ち切って、レオは言った。
「おれにもやらせてください」
ルースがきょとりと目を丸くする。
「包帯……? 巻きたいんですか……?」
「違います」
レオはきっぱりと断じた。
「おれに、ルプスのみなさんのお手伝いをさせてください」